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朝食を済ませ、執務室へ向かう。会談や公式訪問など特別な公務がない限り、ギルバートが即位してから欠かさず行ってきた習慣だ。
最近、その習慣に一つ厄介な習慣が加わった。
「おはようございます、陛下」
「……ああ、エミリ……おはよう」
ギルバートの自室から執務室に続く廊下で、王妃エミリはにこやかにギルバートに声をかけた。
「今日は午後から雨が降るそうです。きっと遠乗りのご予定は中止ですね」
「……いや、まだ中止になるとは……」
しかし、外は既に黒い雲が太陽を覆っており、激しい雨が降ることは間違いないだろう。
「いかがですか? 今日は小ホールでお茶でも……」
「悪いが、雨なら予定を一つ繰り上げなければいけない」
何か言いたげなエミリの視線を感じながら、早々に話を切り上げる。
挙式から一月が経った。
エミリはこの一月の間、飽きもせずギルバートに朝の挨拶をしに来るのだ。
寝室を共にしていないので、朝の挨拶ができないのは分かる。
だが、何故わざわざ挨拶しに来るのか。
必ず断られると分かって、何故ギルバートを誘うのか。
ギルバートは毎朝目覚めると、まず王妃の誘いを断る算段をはじめるようになった。
「健気ですね。毎朝断られるのはさぞお辛いでしょうに」
「……トマス。何が言いたい?」
ギルバートは隣を歩く執務官を睨み付けた。
そもそも、臣下達が強引に縁談を進めなければ、自分は毎朝こんな苦労をしなくても良かったのに!
いずれ結婚するにしても、多少は自分の意見を取り入れてくれると思っていた。
それが全くかなわず、ギルバートは怒っているのだ。
そんな状態のギルバートの事など考えず、毎朝現れるエミリも気に入らなかった。
もう、王妃と言う立場をくれてやったのだ。この他に何を望むと言うのか。
ギルバートは執務官に辿り着くと、ため息をつきながら仕事を探した。
「繰り上げる予定はありませんでしたね」
トマスの冷ややかな視線が降り注ぐ。
この執務官は、国王である自分に容赦がない。
「だから、お前は何が言いたい?」
「いえ、別に」
実際、王妃から逃げ回るため、毎日仕事にいそしみ、今すぐできる仕事がない。
「城内の視察をしよう」
「……散歩は1刻で切り上げてください。城の者が緊張しますので」
やはり容赦がない。
ギルバートは顔をしかめて、椅子に腰をおろした。