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高らかに響く鐘の音を聞きながら、ギルバートは不機嫌を隠そうともせずイライラと腕組みをした。
教会の結婚式の準備は滞りなく進んでいる。
あとは、新郎であるギルバートが式場に入ればいいのだ。
王族も少なく、さして堅苦しいしきたりもない。領土も少ない、農耕の国。そんな小さな国でも、ギルバートには跡継ぎが必要だった。
しかし、ギルバートに近隣諸国からの輿入れの話はなかった。小さな国に娘を差し出すメリットがなかったし、何より近隣諸国に年頃の姫がいないのだ。
「私は納得していない。此度の強引な所業、怒りでどうにかなってしまいそうだ」
「そうですか。それでは国王様、お時間です。とっとと神に永遠の愛を誓ってきてください」
国王ギルバートに怒鳴り付けられた男は、怯むことなく王の背中を押した。
世継ぎの心配をした臣下達が、ついにある侯爵家の娘を王妃にと祭り上げたのだ。
何しろ、別れてから半年が経とうと言うのに、ギルバートはいまだ事あるごとにアニーの名を叫び他の娘に見向きもしない。
「愛だと? ふっ。ならば、アニーを連れてこい!! すぐに誓ってやるよ」
ギルバートは、身を捩らせて叫び続ける。
(……それは無理だ)
ギルバートの背中を押していた執務官トマスは、心の中で舌打ちをした。
王の相手に王の素性を明かし金を握らせたのは、このトマスだ。
相手の女は、王の身分を知るや青ざめながら、しかしきっちり差し出された金を握りしめ、二度と王に近づかぬと誓約を立てた。
金持ち貴族との火遊びのつもりだったのだろう。
夜会や舞踏会で自分に優しい女しか知らぬ王は、アニーの挑戦的な仕草にまんまと運命を感じてしまったようだが、女は身を引くことを即決した。
それほど王に執着していなかったようだ。
「なぜ私が結婚しなくてはならない?」
「国の世継ぎが必要です」
真っ白な衣装で、ギルバートは最後の抵抗を試みる。
「私が抱かなければ、世継ぎなど産まれんよ!」
「しばらくはそれでも構いません。まあ、その後はいくらでもやりようはあるのです。とにかく、貴方が結婚している事が重要なのです」
「あ、悪魔め……」
ギルバートはありったけの殺意を込めてトマスを睨み付けた。
しかし、どんなに抵抗しても無駄だった。
それから半刻もしないうちに教会で王と王妃の結婚式が執り行われた。
ギルバートは臣下への怒りで、式の内容を全く覚えていない。自分の妻になる女の顔も見なかった。
誓いのキスは手の甲にして誤魔化した。臣下の口車に乗せられ、のこのこ城に来た女が気に入らなかったのだ。
思うのはアニーの事ばかり。
こうして、ギルバートにとって最悪な新婚生活が始まった。