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「実家の事情をお知りになって……、それで優しくしてくださるのですか?」
ギルバートの腕に抱かれながら、エミリはずっと不安に思ってきた言葉を口にした。プレゼントを贈られても、ドレスを褒められても、素直に受け取れない自分が嫌になっていた。素直に嬉しいと思いたかった。けれど、嬉しさを全てさらけ出すのは、たまらなく不安だった。自分は愛されているわけではないと、いつも心の奥から警鐘が鳴っていた。
けれど、エミリはギルバートを諦めたくない。
嬉しいと、心から叫びたかった。
「ご実家は、何故それほど?」
この国は手放しで遊んで暮らせるほど裕福とは言いがたい。けれど、爵位を返上するほど侯爵家が貧困に喘いでいるとは、ギルバートには驚きだった。
「貴族の出身ではない母を妻にした父に、親族は厳しかったのだと思います。侯爵家を存続させるだけの、華美なパーティーや講演会を支援して融資してくださる方がいないのです……。親族が暗に圧力をかけていると、最近わかって……。慎ましく生活していくだけなら領地の収入でまかなえますが、両親の結婚以前に融資していただいた分の返済が……」
全ては、エミリの生まれる以前に起こってしまった出来事だ。
領地を治めやりくりするだけで精一杯なのに、融資がないのを知りながら華美なパーティーの開催を強要する親族達。思い出すだけでため息が出る。それでも、父や姉は粘り強く親族を説得していた。子供の頃から繰り返された日常だった。
「では、国が後ろ盾になれば持ち直すかもしれないな」
「それは……」
すぐには無理だが、きっと最大級の信頼を以って支援者が見つかると思う。
だが、エミリはそうだと頷く前に、ひどく落ち込んでしまった。
「申し訳ありません」
「何が?」
表情を曇らせるエミリを気遣うように、ギルバートはエミリの頬を優しく撫でた。
「私は、結局、ギルバート様と仲良くなりたいと思いながら、実家を救う為に結婚を利用して……!」
「エミリ、もう一度」
「え?」
深刻な表情のエミリに対して、ギルバートは何故か幸せそうに微笑んだ。
「もう一度、言って」
「あ、じ、実家を救ううために……」
「その前」
話をするために少しだけ離れていた顔が、またぐっと近づく。
「ギルバート様と仲良くなりたいと思い、な……がら」
じっと間近で見つめられ、エミリの頬がさっと赤くなった。その様子に、ギルバートはにこやかに話を続けた。
「しかし、君のご両親は私にとっても大切な父母だ。両親を救うために、私も尽力を惜しまないよ?」
それでは話があべこべのような気がする。
上手く丸め込まれた気も。
エミリはギルバートに抱きしめられて、くらくらしながら何とかそれだけを考えていた。
「君の実家の事で私が優しくなったと? その返事はイエスでありノーだ。君の実家の事は、私がいかに君を愛しているか気づかせてくれた。だから、私が君にドレスを贈るのも抱きしめるのも、ただ君を愛しているから」
「あ、愛……」
その言葉には、さすがにもうダメだった。
エミリはすべての思考を放棄して、呆然とギルバートを眺めた。
ギルバートは一旦言葉を切って、エミリから一歩離れた。
そして、静かに片膝を折り頭を垂れる。
「私は、君に想い人が居ると、ひどい誤解をしてしまった。その間、不安で辛くて、身を裂かれる思いだったよ。そして、自分が君にどれほど残酷なことをしていたのかも知った。どうか、許して欲しい」
「お、おやめ下さい、ギルバート様」
王が自分に服従の姿勢を取るなど……!
エミリは慌てて自分も跪こうとしたが、ギルバートは首を振りそれを制した。
「エミリ、私の心に、いつも君がいるんだ。許されるなら、私の本当の妻になってくれないか?」
すっと顔を上げたギルバートの表情は見たこともないほど真剣なものだった。
あまりの事に、言葉が出ない。
目を見開き、エミリは立ち尽くした。
「エミリ、手を」
言われるまま、手を差し出す。
ギルバートはその手をそっと取り、親愛の口づけを落とす。
「返事を、聞かせて」
「あの……」
自分の声がひどく掠れていて、身震いが起きたのを感じた。
それでも、エミリはぐっと腹に力を込めた。
「私は、……私、ずっとギルバート様のお側に居たいです」
今まで一度も言葉にしたことはなかった。思ってはいけないとどこかで考えていた。一度思いを深めると、辛くなるだけだと自分を必死に抑えていた。
けれど、エミリは全身の力を込めて、ギルバートを見つめ返す。
「愛しております、ギルバート様」
瞬間、ギルバートは素早く立上がりエミリを強く抱きしめた。




