12
昼の休憩を利用して、ギルバートはドレスのカタログをパラパラとめくり見ていた。
エミリには想い人がいて、それは自分ではなくて、でも彼女は自分の妻で。あの日の、手紙を抱えて眠るエミリの姿が、どうしても頭からはなれない。
自分が国王だと知って離れていったアニー。彼女のことをずっと思い続けるものだと思っていた。けれど、今はすでにアニーは過去の人になっていて、彼女のことを考えても心は痛まない。そのことに気づいたのも、最近だ。そして、エミリのことを思うと、胸を掻き毟りたくなる。他の男を思う妻に、嫉妬でどうにかなってしまいそうだった。
だが。
だが、エミリは自分の妻だ。
ギルバートは自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返す。
Mと言う男が見ているかもしれない。それを考えると、エミリが自分の贈ったドレスを着ていることで優越感に浸れた。お前はただ手紙を書くことだけだ。私は、妻にドレスを送ることもできるし、抱き寄せることもできる、と。
「またドレスですか?」
昼食を終えたトマスが執務室に戻ってきた。開口一番、呆れたような口をきく。
「なんだ、お前に文句を言われる筋合いはないぞ。全て私の私財から購入しているじゃないか。それに、たまには視察に同行してもらいたいし……、だとしたら、外遊用のドレスも必要だろう?」
「はあ、まあそれは必要ですが、あまりたくさん贈られても、困惑されるだけでは……」
数ヶ月前の、エミリを拒否していた男の発言とは思えない。
トマスこそ、困惑の極みだった。
優秀な執務官の表情を見て、ギルバートはカタログをめくる手を止めた。
「結局、お前の思惑通りになってしまったというわけか」
「思惑、と言われますと?」
「お前たちの用意した妻に、心が動いた、と言うことだ」
口に出すのも悔しいが、トマスに指摘されるのはもっと悔しい。それ見たことかと言われる前に、自分で白状した。
しかし、トマスはいつもの執務官の顔に戻り、少しだけ首を傾げただけだった。
「ギルバート様は、お幸せですか?」
「はあ?」
「私の思惑とは、あなたが幸せになるということなのですが」
突然、世界と自分の感覚がズレてしまった気がした。聞いたことのない言葉でトマスが話し始めたような気さえした。あまりの事に、手にしていたカタログを床に落としてしまった。
「な、な、そ……。お前、頭は大丈夫か? 新手のジョークなのか?」
「私はいつも大真面目ですが」
ああ、そう。
言葉にしたかったが、口から空気が漏れただけだ。
「主の幸せを願わない部下などいません」
「……」
もはや、返す言葉もない。
なんだかとても照れくさいことをさらりと言ってのけたトマスは、全く普段と変わらず表情を変えず、午後の業務の準備をはじめる。
仕方がないのでギルバートは落ちたカタログを拾い上げた。
何故か嬉しい。
また失恋した自分に、そして、失恋しても妻を求める自分に、味方がいることが嬉しかった。
「ところで、エミリ様の周辺にMと言う男性は居ませんでした」
「……、いや、そんなはずはない。もっと入念に調べろ。身分はないが、エミリに手紙を出すことの出来る人物だ」
ここ数日、トマスにはMと言う男を調べるよう依頼していた。もし万一、エミリがその男と逢瀬を重ねでもしたら、これは個人の問題ではなくなる。勿論、エミリの周辺の男には十分注意を払うし、彼女が王妃である限り男と一人で会うことはない。さり気なく侍女や執務官、警備兵がエミリを守っているのだから。
けれど、何事にも絶対はない。
少しでも可能性があるのなら、未然に防がねば。
「手紙、ですか?」
Mと言う男性がエミリの周辺に居なかったか、ということだけを聞かされていたトマスは、新しい情報に反応した。
「ああ、言いたくはないが、エミリはMと言う男の手紙を持っていた。王妃が他の男と……などと、これは大変なことだ。まだ公に執務室を動かす段階ではないが、十分注意を払い調査を続けてくれ」
「Mと言う手紙の主」
ギルバートの話を聞き、トマスは眉をひそめ考えこむ。
一方ギルバートは、もし相手が見つかれば、二度とエミリに近づけぬようあれやこれやらをしなければと、少々物騒なことを考えていた。
昼の終わりを告げる鐘がなる。
また今日も、エミリは顔を見せてはくれなかった。それが、寂しい。エミリが毎朝顔を見せてくれた日々がどんなに贅沢なものであったのか、今になって思い知る。
だが今この状態でエミリに会えば、ギルバートはきっと強引に迫ってしまう。
だから、寂しくて、少しだけ怖かった。




