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王と王妃の結婚の話  作者: さなみさぎめか
ギルバートの混乱
11/17

10

 夜会が終わりギルバートがエミリの部屋の前に立ったのは、その日の夜遅くだった。

 侍女の姿はすでになく、部屋の中からは何の音も聞こえなかった。

 おそらく寝ているのだろう。

 ギルバートの訪問を告げた警備の兵も、訝しげな表情だった。


 ギルバートは、部屋の前でしばらく立ち尽くしている。どうしても謝りたかった気持ちはある。けれど、今まで一度も訪れたことのない妻の寝所を訪問するのは、少々ためらわれた。しかも、今は夜だ。

 ギルバートとエミリの間には、未だ夫婦の契りがない。

 あれほどギルバートに声をかけ続けたエミリだが、身体を使ってギルバートを誘惑したことは一度もなかった。それがギルバートには清々しくて、娶ったエミリを立場を利用して抱こうとは思えなかったのだ。もちろん、逆にギルバートがエミリを誘惑すれば……、と、イタズラを考えたことはあるけれど、実際には何故か出来なかった。

 だからこそ、夜に彼女の寝所に入ることを随分ためらっているのだ。


 一度、深く息を吐きだす。


 ここで立っているだけではどうしようもない。

 ギルバートはそっと扉にかけたてに力を入れた。



 できるだけ音を立てないよう、扉を開く。

 部屋は暗く、明かりは全て消されていた。

 窓からうっすらと月明かりが差し込んでいる。

 あ、と、ギルバートは窓の下を凝視した。

 そこには、ゆったりとした椅子に座って窓枠に顔を伏せるエミリがいた。

 足音を殺しながら、ゆっくりと近づく。

 エミリはあの下品なドレスではなく、簡素な部屋着に着替えていた。

 近づくにつれ、規則正しい寝息が聞こえてくる。エミリは窓のそばで眠ってしまったようだ。

 何故だか非常に申し訳ない気持ちになりながら、ギルバートはそっとエミリの顔をのぞき込んだ。

 はっと息を呑む。

 月明かりに照らされたエミリの頬には、はっきりと涙の跡があった。

 それどころか、目頭にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 その様子を見ただけで、ギルバートの鼓動は心臓がはちきれんばかりに乱れた。


(やはり、出直そう)

 ギルバートはエミリの寝顔をしばらく眺めて、そう結論を出した。せめて、涙を拭いてベッドに移動させてあげよう。そう考え、エミリに手を伸ばす。

「……うん?」

 エミリの涙に近づいた指が、ピタリと止まった。

 ギルバートの目に、エミリが大切そうに抱く封筒が映る。

(どう言うことだ?)

 先ほどまでとは違う意味で指が震えた。

 何故、手紙などを大切そうに抱いているのか?

 それも、涙を貯めて。

 それは、エミリの腕の下になって良く見えないが、庶民が使うような事務的な封筒だ。差出人は……『M』とだけ、書かれている。

 イニシャルで送るというのは、それだけでエミリが誰か分かるほど親しい者ということだ。


(まさか、男……か?)

 あり得る、と、ギルバートは考えた。

 エミリは家のためにギルバートに差し出されたのだ。それ以前に恋人が居なかったとは限らない。

 ギルバートに身体で誘惑をかけないのも、男に操を立てたからだと考えたら?

 エミリは、美しく豊満だと言うわけではない。むしろ、可愛く庇護欲を掻き立てられる。そんな彼女を、男が放っておくだろうか。

 もし、彼女に男がいたのなら……。

 他の女に思いのあるギルバートなら、彼女を抱かないと思われたのかもしれない。そして、彼女とMと言う男は、こうして手紙で遣り取りをする。辛いことがあれば、彼女は男からの手紙を慰めに泣くと。

 ギルバートには、それが一番しっくりと来た。

 カチリと、頭の中で欠けたピースがハマる音を聞いた気がした。


 グラグラと揺れる視界を何とか抑えこみ、ギルバートは自分の部屋に戻ってきた。正直、どうやって戻ってきたのかは覚えていない。

「は、……はは、は」

 乾いた笑いが、部屋に響く。

 ああ、そうか。

 彼女は自分の妻になりたいわけじゃない。

 彼女は、自分と家族になりたいのでは?

 家族なら……、親兄弟ならば、相手の恋愛を束縛しない。

 エミリは王宮にいるので、実際には男と会うこともないが、それでも心は繋がっていると。

 誰に確かめたわけでもないが、ギルバートは、この思いにとらわれていた。


(ああ、結局、私はまた失恋するのか)

 エミリが他の男の手紙を抱く姿を見て、己の心に大きな嫉妬が蠢いたのが分かった。

 ギルバートは、もうすでに自分がエミリに愛しい思いを抱いていたのを理解した。

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