9
トマスの話は短く、とても分かりやすかった。
エミリの実家は名ばかりの侯爵家で、爵位を返上しなければならないほどの経済状況だった。その家を守るため、エミリはギルバートのもとに来たのだということ。
そして、王宮に上がったエミリの衣装や装飾品は、実家が負担していたのだという。しかも、決して裕福ではない家で育ったエミリは、王宮で毎日着るドレスなど持っていなかった。だから、一から十まですべて実家で揃えなくてはいけなかったと。
国から保証をもらえたとは言え、彼女の普段の衣装を誂えるだけでも相当負担だったはずだ。
当然、夜会用の衣装などない。
エミリを誘った時、彼女の表情が曇ったことを思い出した。
それでも、きっとエミリはギリギリまで良い方法を考えたのだろう。けれど、どうにもならなかった。ギルバートから贈られた衣装を着る他なかったのだ。アレンジする小物も、それ用に誂えようとすればかなりの額になってしまう。
だから、エミリは申し訳ありませんと、謝罪した。
良い案が思いつかず申し訳ありませんと。
ギルバートは、それが今ならはっきりと分かる。ただ純粋にギルバートとの仲を良い物にしようと頑張っていたエミリなら、きっとそうだと分かった。
エミリの事情は、トマスもリリーも理解していた。ギルバートだけ知らなかった。
「エミリ様から提示された条件の一つに、ご自身の事情をギルバート様に伝えない、と言うものがありました」
「……、条件……」
「はい。お優しいギルバート様なら、事情を知れば本心を殺してでもきっと優しく振る舞うと、お考えになったのかもしれませんね」
エミリを追い詰めてしまった事にようやく気づいたギルバートに、トマスは痛烈な皮肉を浴びせかける。
優しい夫は妻を傷つけて悦に入ったりはしない。
ギルバートは、自分の行いが稚拙で酷いものだと改めて痛感した。
ともあれ、トマスの語ったことも、正しい。
確かに、エミリの事情を最初から知っていたのなら、ギルバートはこうまでエミリを追い詰めることはしなかった。ただし、本心をぶつけることもせず、この国の王としてエミリと接したはずだ。
ギルバートは王として、国民を大切に思っている。だから、国民の一人として、エミリに優しく接したはずだ。
けれど、それでは、絶対に家族にはなれない。
あくまで、王と国民の間柄で終わってしまう。
(それが、エミリには嫌だったというのか)
トマスの責めるような態度に怒りを表すこと無く、ギルバートはしばし立ち尽くした。
「ギルバート様、出発のお時間です。残念ですが、エミリ様は体調不良と言うことになりますが」
やがてトマスの事務的な声が聞こえて、ギルバートははっと顔を上げた。
今すぐ王宮の奥に消えたエミリに駆け寄りたい。
あれほどどうでもいい妻と罵っておきながら、ギルバートは本心からそう思っていた。それがエミリへの謝罪と同情から来るものなのか、それとももう一つ先の感情があるのか。ギルバートは、自分の心が分からず混乱する。
「わかった、馬車の用意を」
ただ、ギルバートは王だ。
例え私的なものだと銘打たれているとしても、夜会を欠席することがあってはいけない。私情の何もかもを押し殺さなければならないのだ。
表情を整え柔和な笑みを作り出し、ギルバートは夜会へと出立した。




