序
たらりと流れた汗もそのままに、ギルバートは呆然と、向かい合う相手を見た。
「お許しください。身分のあるお方だと、思わなかったと言えば嘘になります。けれど、まさかあなた様が……」
「アニー!」
たまらず、言葉を遮る。
しかし、ギルバートが声をあげるだけ女性は怯え震えた。
「も、申し訳ありません。どうか、どうかお許しください!」
「私の事を愛していると、あれは嘘だったのか!?」
「申し訳ありませんっ。どうか、どうかお許しください」
ギルバートは足の力が抜けて行くのがわかった。
お忍びの地方視察の旅で、自分は運命の女性に巡りあったと確信していた。互いの気持ちを確かめ合い、幾度も抱き締めた記憶が蘇る。
あんなに愛を囁きあった相手は、しかし、今自分に震えながら許しを乞うばかりだ。
「アニー、私とどこまでも一緒だと!」
「申し訳ありませんっ、国王様」
地方視察から帰還した国王ギルバートは、脱け殻のようだった。
その事情を知るものは少なくない。身分を隠し城下町に忍ぶ国王を守るため、かなりの数の臣下が町中に紛れていたのだ。
国王様が失恋して、ご自分を見失われた。
ギルバート王の治める城内は、これが当たり前の事実として広がっていた。