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少女との出会い

美しい少女であった。恐らくは。きっと。



初めて出会ったのはもう5年前__彼女が10歳の時だった。道に落ちた、やたらと眩しいエメラルドの瞳を拾い上げてしまった。これは誘拐に当たるかもしれんという一滴の不安はよぎった。

だが、気づけば家の扉の前であった。

古びたコンクリート造りの格安アパートだ。壁は場所によって滑らかだったり、指を擦れば切れそうなほど荒れていた。

大家は全くいい加減な性格の男で、鍵を放るようによこした。俺の顔の傷なんて見えていないのか、気にしていないのか。

俺からしたらありがたい話なのでそんな事はどうだっていい。


ギィ…とドアノブのネジの緩みが部屋一帯に広がる。

なぜ、ドアノブは金属なのだろうか。握ると冷たい。当たり前だ。でもその冷たさがくっきり俺の中の何かをなぞっていく。

金属の冷たさは慣れない。慣れたくない。

スプーン。

トレイ。

担架。

薬莢。

触れるたびに思い出す。身体が強張る。

思い出しては布団へ籠る。毎日このドアノブを触らなくては暖かい布団では寝れないのに触ると背中が小刻みに震え出す。無論、公園のベンチで寝たって震えるが。



ぐるぐるぐるぐる布団の中で悶えながら朝を迎える。小鳥は鳴かない。近所で飼われている大きな犬が前に鳥を食ったからだ。


あぁ、いや、犬なんてどうだっていいんだよ。


そんな日々なのに、いつものドアノブなのに今日はあまり怖くなかった。


足の踏み場もないほどゴミだらけの部屋だと分かっていたのに、少女を連れて帰った家は他人の汚部屋のように感じた。


確かにこの瞬間から幼少期以来の人間との生活が始まった。



「あぁ…すまん、ゴミが散らかってて、いや、いつもこんなふうって訳じゃなくてだな…」


まだ部屋が綺麗だった頃を思い出そうとしてそんなのは5年も前かと衝撃を受けた。そもそも1年前までは寝床は塹壕だったからか、清潔感なんて概念はすっぽり抜け落ちていたかもしれない。



ポカンと立ち尽くす俺を横目に少女は控えめに話しかけてきた。


「あの、、ゴミ袋ありますか?」


「あ、あぁ…ここに〜あれ、違う、どこだっけな」


引き出しはこんなにあったのか、暫く開けていなかったから存在を忘れていた。


「ほら、あったあった。」


「ゴミ、捨てますね。捨てちゃダメなのだけどこかに寄せといて下さい。」


「…分かった」


片付けが始まった。

その間俺はただ目の前で名も知らぬ少女が自分の部屋を片付けているのを見ているだけだった。

俺の部屋だ。俺がやるべき事だと分かっている。なのに手足の先に錘がついたようで、いつも通りに部屋の角に座っていた。冷蔵庫とキッチンの交差した隅。体育座りで綺麗になっていくのをひたすら見ることしかできなかった。



「よし、ゴミの日は…明日かな?丁度良いですね。」


「あ、やらせちまってすまん。いま、飯作ってやるから座ってろ。」


「はい!分かりました!でも、私は感謝されるのが好きでわざとやったのでありがとうと言って欲しいです!」


やけに元気な声で少女は言った。


「ありが、とう。」


随分と言い慣れない言葉を言わされてしまった。そわそわしてなんだか落ち着かず、冷蔵庫へ向かう事にして少女には背を向けた。


パカッ


まずい、冷蔵庫に食い物なんて入っていないんだった。

ドアポケットには瓶ビール、正面の棚の一番下から缶ビール、それとビール、だれだかに貰ったどこかのワイン、それからビール。

冷蔵庫はスカスカではないのに酒しかなかった。

あぁ、こんな生活をしていたのか、改めて考える機会なんてないものだったから今日はギョッとしてばかりだ。


トントンッ


小さな手が肩を叩いて来る。


「どうしました?石の下のダンゴムシでも見つけたみたいな顔してますよ。」


「あー…まぁ、そんな感じかもな。」


「……」


「……」


『…………』


「ピザでいいか?」


そう俺が尋ねると少女は少しだけ上を向いた。


「はい、ピザ嬉しいです」


一瞬だが、煌めいたそのエメラルドを見るにピザが並ぶのを想像したのは明らかだった。

少女を今日初めて子供らしいと思えた瞬間だった。

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