陸で溺れて消えてください
今日は学園主催のダンジョン攻略記念パーティ。授業の一環として行われる小規模ダンジョン攻略は、気をつけていれば死ぬなんてことはあり得ない少し危険な遠足のようなものだが、油断は禁物。最弱モンスターのスライムですら、気道を覆われてしまえば死んでしまうこともあるし、未知のトラップが潜んでいる可能性もあるのだ。
だけれど、そんな危険があっても、ダンジョン攻略を止めるわけにはいかない。貴重なアイテムがドロップしたり、モンスターの死体自体が贅沢な食料となり得るのだ。今回のパーティで振る舞われている料理も、ダンジョン攻略で生徒が狩ったモンスターである。
ちなみに私が好きなのはスライムゼリーだ。一度に大量に食べるとそれこそ気道を塞いで危険だが、少量ならモチモチとした食感と喉ごしが癖になること間違いなしの、唯一無二の食材と言っていいだろう。
私は大皿に載せてあったスライムゼリーを、自身の銀コップの中へと大量に確保する。大皿に載ったままだとすぐに無くなってしまう。スライムゼリーの魅力は止まることを知らないのだ。
「ゼラニーナ!」
遠くから私の名前が聞こえてくる。あまりの大声に、楽しく食事をしていた学園生徒達が、驚きの目でそちらに振り向く。仕方がないので、銀コップを机の上に置き私もそちらを向くと、案の定婚約者のチッソール第一王子が、大股歩きでこちらへ進んできていた。
「どうされましたか?チッソール様」
「どうされましたか、ではないわ!ダンジョン攻略の際、俺の獲物のゴブリンを横から奪ったではないか!あれはどういった了見だ!」
「ゴブリンの剣がチッソール様に当たりそうでしたので。……それにチッソール様が抑えてくださっていたので、なんとか打ち倒すことができたのです。パーティの成果ですよ」
実際あのまま放っておけば怪我をしていただろうに。自分の身を守れないのなら、一人勝手に前へ躍り出る癖を止めてほしいものだ。
「……俺があのゴブリンに負けるところだっただと!?」
「そうは言っておりません。ですが怪我を」
「なめるな!なめるんじゃねぇ!俺は落ちこぼれの王族なんかじゃねぇんだよ!」
「そんなこと言っておりません」
「……もういいわかった。婚約破棄だ!ゼラニーナ!俺はお前との婚約を破棄する!」
チッソール王子はそう言って苛立ちの表情を浮かべる。
王子の逆鱗の一つである(ちなみに逆鱗は32個ある)落ちこぼれ呼ばわりに触ってしまったらしい。そんなつもりは全く無かったのだけれど、王子は連想ゲームが得意なのだ。
「チッソール様。配慮の足らない言葉遣い申し訳ありません。しかし婚約は家の取り決め。そう簡単に決められることではございません」
「うるさいうるさいうるさい!黙れ黙れ黙れ!お前のそういうところが嫌いなんだ!いつもいつも飄々としやがって!……そうだ。少しぐらい痛い目を見せてやる。俺がどれだけ不快なのか、お前にもしっかり味わわせてやろう!『ウォーターボール』」
私の顔の周りに小さい水の粒が大量発生する。しまった。学園内だから問題ないだろうと、魔力阻害の術式が練り込まれた服を着ていない。
大量に発生した小さな水の粒は、次々と合体していき、すぐに私の顔を呑み込む。息を吸う間もなく、私の顔は水の塊に覆われてしまった。
やばい。苦しい。息が続かない。
呼吸出来ないのがわかっているのに、口が、肺が、勝手に外の物を取り込もうともがく。私はそれを、理性で何とか抑えようとする。だが、勝てない。うっかり鼻で呼吸をする。途端突くような刺激。鼻の痛みを知覚すると同時に、水が、口に、肺に、押し寄せる。
ゴホッゴホッ!!
残された貴重な空気が肺から抜け出て行く。気のせいだろうか。水の向こうから、笑うような声が聞こえる。苦しい。苦しい。くるしい……
ゴハッ!ゴホゴホ!?カヒュ!
突如はじける水球。空中に放り出された私は、新鮮な空気を求めるように呼吸し、思い出したように咳をする。それを何度か繰り返す。耳の血液がドクドクとうるさい。鼻の奥がツンと痛い。頭の芯がズキズキと締め付けられる。でもなんとか生きている。
少しして、ようやくまともに呼吸が出来るようになると、あざけ笑うチッソール王子と、心配そうにこちらの様子をうかがうクラスメイトが見えるようになった。
「ハッー!ヒッー!面白すぎる!皆見たか!あの無様な様子を!」
手を叩いて喜ぶ王子。王子から目をそらし、何も発言しない学園の生徒達。
私の心の奥底から、フツフツと煮えたぎる何かがせり上げてくる。横暴な扱いはいつもの事だが、これは許される範疇を超えている。
公爵家の名にかけて。私自身の名にかけて。こんな屈辱、許すことはできない。
『ウォーターボール』
私は誰にも聞こえないほど小さな声で、魔法を唱える。運が良いことに、チッソール王子も魔力阻害の服を着ていない。が、同じように水球で包んで窒息なんて真似はしない。魔法で相手を攻撃すると魔力残滓が残ってしまい、犯人が特定されてしまう。
ならばどうするか。私は自分の手の中に、隠れるように水球を作り出す。
「ヒッヒッー!――なんだか喉が乾くな。笑いすぎたか」
王子が喉に手をやってそうつぶやく。
魔法は神の力ではない。無から有を生み出すことはできない。では先ほどの水はどこから来たのか。答えは空中だ。空気中の水分を奪っているのだ。であればその奪う対象を空気から王子の口内に変えれば、カサカサに乾燥した砂漠口の出来上がりと言うことだ。この方法であれば、魔力残滓が王子の体に残ることはない。
「おい!ゼラニーナ!貸せ!」
チッソール王子はそう言って、机の上に置かれていた私の銀コップを奪い取り、中身を確認せず思い切り飲み干した。
数瞬後、王子は目を見開き、「ァ……ァ……」と声にならない悲鳴を上げる。コップの中にいたスライムゼリーが、気道も食道も全てを塞ぎ、声も呼吸も出来ないのだろう。でもそのことを知るのは私だけ。周りの者は何事かと戸惑うだけであった。
だんだんと赤くなり、その後青くなり、倒れる。さすがにおかしいと気づいた周りの者達が、王子に近づき声をかける。
「い、いけませんわ!そういえば私、先ほどのコップにスライムゼリーを入れていたのですわ!」
私の言葉に周りは青ざめた表情を浮かべる。王子の顔色と良い勝負だ。
先ほどやられた行為について、まだ許すことはできない。だが、さすがに殺すつもりもない。
「まだ吐き出させれば間に合うはずです!腹部に強い衝撃を与えれば良いのですよね!背に腹は代えられません!エイ!」
私は大げさにそう宣言した後、横たわっている王子の腹部を思い切り蹴る。腹部を蹴られた王子は、オエッと口からスライムゼリーを一つ吐き出す。だがまだ呼吸は出来ていないようだ。
「今助けますからね!エイ!エイ!エイ!」
またしても口からスライムゼリーが一つ。私が蹴りを重ねるごとにポンポンとゼリーが口から生まれる。まるで亀の産卵のようだ。
何度蹴った時だろうか。気を失った王子から、呼吸の音がすることに気が付いたのは。
私は王子を命の危機から救うことに成功したのである。
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その後、王家から正式に感謝の言葉と金一封が授与された。王子の命を助けたのは事実だし、私はしっかりいただくことにした。婚約破棄についても、今回の件を踏まえて、こちらから正式に申請を行い受理されることとなった。
チッソール王子はあの事件以降、スライム恐怖症になった。簡単なダンジョンすら行くことが出来ず、元々あまりいなかった彼の派閥は、さらに人が減ってしまったらしい。かわいそうに。
そんな事を考えながら、私はスライムゼリーを一口頬張った。口に入ったスライムゼリーは、それはそれは素晴らしい食感をしていた。
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