「異世界」にて
〈朝まだきマスクに籠もる煙草の香 涙次〉
(前回參照。)
【ⅰ】
地球に似た星。文明は爛熟し、この星は衰退期を迎へてゐる。世界連邦と稱して、エスペラント語のやうな1言語を皆は喋り、書く。政治などゝ云ふ面倒臭ひ事は、* 人工知能、イステ・コラに任せ、また産業の面はロボット、イステの一族に一任、エリート、シャアムだけがなうなうと、フラーイの花と云ふ一種の麻藥に惑溺し、藝術などで閑暇を潰す世界- これは一つの惡夢なのであるが、誰も氣付かない。
* 前シリーズ第141話參照。
【ⅱ】
非順應者は、叛フラーイとも云へる藥物、コム・バン(コケインに似た物)を嚥まされ、「文化的遺産」の美名の許に行はれる戰爭に狩り出される。これは、國同士の利益確保の為になされた嘗ての戰爭ではない。たゞ、人口淘汰の為、またシャアム族の観て樂しむ娯樂の為の、所謂「ウォー・ゲーム」なのである。その戰ひに於いて傷付いた一兵士の夢- その昔、國と云ふものがあり、各國は固有の文化・言語を持つてゐた。それを分断出來るのは宗教だけ。宗教は世界連邦を先取りしてゐた譯だが、國の夢は處詮これも惡夢であつた。平和は確かにシャアム逹の精神を蝕んだが、平和なしに何が文明であらう。こゝで惡い夢から醒めた兵士は、戰場にて無謀な振る舞ひに出、戰死する...
【ⅲ】
これが杵塚春多の新作映画、『矛盾』の全内容である。「矛盾」- 即ち、平和の孕むものであり、戰時に於ける兵士の「葛藤」の同義語でもある。主題歌は勿論、ジョン・レノンの『イマジン』。非常に複雜な問題提起が、SF(普通のサイエンス・フィクションではなく、スペキュレイティヴ・フィクションの略)の手法を身に纏つてゐる、問題作である。スペキュレイティヴ・フィクション、これは少し以前に、* 水智欣路と云ふ男が、杵塚の映画を評してさう云つた、それに對する答へがこの作品なのだ(と同時に、ジョージ・オーウェル流のディストピア観の提示でもあつたらう)。
* 前シリーズ第137話參照。
※※※※
〈朝パンに塗れるものには倖せを運ぶ義務ありマーマレードよ 平手みき〉
【ⅳ】
評価が分かれるところであつたらう。杵塚はそれを豫期してゐた。彼なりの叛戰映画、と云ふ者もあれば、愛國映画だと云ふ者もある。事實、某右翼の大物が、この映画を絶讃してゐる。で、こゝに* 孕繁樹の登場となる。孕は確か、ルシフェル配下の者に斬られたのではなかつたか。さう、彼が魔道に墜ち、「ニュー・タイプ【魔】」に依り蘇生させられた事は自明だつた。孕は、嘗て杵塚の才能に大きなクエスチョン・マークを付けたやうに、「飛んでもない駄作」と文句を付けて、杵塚に絡んで來た。
* 前シリーズ第180話參照。
【ⅴ】
「孕か... 俺も奴の一件では苦い思ひをした」とカンテラ。魔道墜ち、と云ふ事で斬つても良かつたが、それでは「ニュー・タイプ【魔】」逹の思ふ壺である。當面放つて置かう。映画ファン逹が裁きを下してくれるさ、カンテラはさう思つた。「それ迄の辛抱だ、杵」-「分かつてはゐるんですが... つひ躰が叛應しちまふんですよ」。試冩會後のパーティに顔を見せた孕を、杵塚は毆つた。酒のせゐもある。「貴様は魔界に籠つて、持論を玩んでゐればいゝんだ!」-當然これはマスコミ雀逹の好餌となつた。「杵塚監督、乱心!? 辛口映画批評家に乱暴を」などゝ、すつぱ拔き専門の週刊誌が書き立てる。カンテラ、この儘ぢやいかん、と孕を斬つた。「しええええええいつ!!」
【ⅵ】
後始末は楳ノ谷汀の報道番組が付けた。「孕繁樹氏は【魔】として蘇生。カンテラ氏見るに見兼ねた」と云ふキャンペーンを張り、杵塚を擁護。楳ノ谷、「ニュー・タイプ【魔】」は、兎に角一角からでもカンテラ一味を切り崩したいのだ、とお茶の間向けに解説して見せた。それが元で、『矛盾』、ロードショウされると大ヒット。
【ⅶ】
「またしても『スキャンダル頼り』と云はれてしまふ... それもこれも、僕の短氣から來たものなんですが」と悄氣返る杵塚。見ちやゐられない、とじろさん、前回出て來た、舊「親ルシフェル派」の密告屋を捕縛して、「ニュー・タイプ【魔】」逹の事をすつかりゲロさせた。持つべき者は仲間である。件のすつぱ拔き専門誌、お詫びとして、「今だから語れる孕繁樹氏の眞實!」と銘打つた記事を掲載。カンテラ一味にも仕事の代金を支拂つた。
※※※※
〈息白きシャツオンシャツの不様かな 涙次〉
【ⅷ】
結局、杵塚の映画監督としての名目は保たれた。然し、本當に観客がこの『矛盾』の意義を分かつたかだうかは謎である。監督・杵塚の悩みは續く。藝術家たる者、一つは苦悩を抱へてゐないとね、これは由香梨の意見。彼女にも大人びる時期が、近付いた証左であらう。因みに、『矛盾』にはふんだんに「番軍」vs.魔界軍の戰闘シーンが使用されてゐる。その點でのリアリティだけは保証出來た。お仕舞ひ。
PS:明日處用に依りお休みします。永田。




