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止まった時が動き出すとき  作者: 陽花紫


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リリの変化

 それからというものの、リリは目に見えて変わっていく。


 職場では以前よりも笑顔が増え、同僚たちからの些細な相談にも明るく応じていた。

 転移してきたばかりの人々に向ける言葉のひとつひとつに、これまで以上に深い優しさが宿っているような気さえしていた。


「大丈夫です。新しい世界は、きっとあなたのことをを受け入れてくれますよ?」

 リリがそう言うと、相談者は皆、不思議と安心したように微笑んだ。


 ウルはそのような彼女の姿を、遠くから静かに見つめていた。

 たとえ忙しくあっても、リリの姿が目に入ると、自然と胸の奥には穏やかな光がともる。

 この光が消えぬよう、強く守りたい。

 そう思うたびに、彼は胸の奥で彼女の名を静かに呼んでいた。


***


 ある日、ウルは休憩室でリリに声をかけていた。

「今夜、飯でもどうだ?」

「いいけど……。どうしたの?」

「いや?……ただ、久しぶりに話したくなっただけだ」

 リリは少し考えてから、微笑んだ。

「それじゃあ、いつものカフェね」


 夕暮れどき、二人は街外れの小さなカフェで座っていた。

 淡い光が窓から差し込み、木の香りが心地よい。

 リリは温かいハーブティーを、ウルは黒い苦いコーヒーを頼んでいた。

「……ねえ、ウル」

「なんだ?」

「この世界って、不思議ね。失うことと、得ることがいつも同じ場所にあるんだもの」

「……そうだな」

「失ったと思ってたものが、違う形で返ってくる。あなたと出会ったことも、そうかもしれないわ」


 ウルは一瞬、言葉を失ってしまう。

 胸の奥で、何かが静かに弾けたような気がしていた。

 しかし、すぐにいつもの穏やかな声で返事をする。


「俺も……、そう思ってる」


 その後、二人は取り留めのない話をしていた。

 役場の新人の失敗談や、転移者が持ち込んだ、奇妙な生き物のことを。

 笑い合う声が、ゆっくりと沈む夕陽の溶けていった。


 二人が外に出る頃には、空では星が瞬きはじめていた。

 その静かな光を見上げながら、リリはぽつりと呟いた。

「この空の下で……。もう一度、誰かを好きになれるような気がするの」

「……リリがそう思えるなら、きっとそうなるさ」

 ウルの声は低く優しく、夜の風に溶けていく。


 リリは少しだけ頬を染めて、笑っていた。

 その笑みに、ウルは心の底から救われたような気がしていた。


***


 数日後。

 リリは家の片隅にあった小箱を開けていた。

 中には、最後まで捨てられなかった小さな銀のペンダントが入っていた。

 それは、ハルトとお揃いであったものなのだ。

 しかし彼女は静かに微笑むと、それをそっと布に包み、箱を閉じた。


「さようなら。……そして、ありがとう」


 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

 小箱をゴミ箱に捨て、リリは前を向いていた。

 心の奥に、静かで温かな風が吹き抜けていくような気がしていた。


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