表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

出来損ないの聖女として追放された私、前世の《デバッグスキル》で古代ゴーレムを再起動して、快適なスローライフを始めます。

作者: 後堂 愛美ஐ

⏬後堂愛美の作品リストは本文下にあります。

きらびやかなシャンデリアの光も、磨き上げられた大理石の床も、私、セレスティアにとっては息が詰まるだけの冷たい牢獄でしかなかった。


「セレスティア。あなた、またフローラの邪魔をしたそうね」


母親のヒステリックな声が、だだっ広い応接室に響き渡る。私の双子の妹、フローラは生まれながらにして強大な魔力を持ち、数年前に『聖女』としての神託を受けた。一方で、私は魔力をほとんど持たずに生まれた出来損ない。そんな私が、神々しい聖女様の身代わりとして、表向きはフローラと共に育てられたのは、ひとえに万が一の厄災から本物の聖女を守るため──予備(スペック)だった。


「申し訳ありません、お母様。ですが、あれは……」

「言い訳は聞き飽きました!」


フローラが祈りの儀式で手順を間違えた。それを私が指摘したのが気に食わなかったのだろう。彼女の嘘と涙は、いつだって私を悪者に仕立て上げた。双子でありながら、その立場は天と地ほども違う。金色の髪も、空色の瞳も同じはずなのに、家族の目に映る私は、フローラの輝きを損なうだけの影でしかなかった。


そして、運命の日は唐突に訪れた。


◇ ◇ ◇


「セレスティア。お前には辺境の『忘れられた古代遺跡』の番人を命じる」


謁見の間。冷徹な父、アルマン伯爵の言葉は、事実上の追放宣告だった。フローラの重要な儀式での失敗。その責任のすべてを、またしても私が被ることになったのだ。


「出来損ないのお姉様、お達者で。わたくしの代わりに、遺跡の埃でも被ってらっしゃい」


勝ち誇ったように笑うフローラの顔を、私は無感情に見つめていた。悲しみも、怒りも、とうの昔に麻痺してしまったから。


用意されたのは、たった一台の粗末な馬車。最低限の食料と着替えだけを詰め込まれ、私は誰に見送られることもなく、アルマン伯爵領を後にした。


ガタガタと揺れる馬車の中、降りしきる雨が窓を叩く。これからどうなるのだろう。そんな漠然とした不安に襲われた、その時だった。


――ドクン。


心臓が大きく脈打ったかと思うと、脳内に、まるで堰を切ったように膨大な情報が流れ込んできた。


(なんだ、これ……? 『東京都』? 『システムエンジニア』……? ああ、そうか。私、過労で……)


それは、今の私とは全く違う、別の人生の記憶。日本という国で、システムエンジニアとして働き、来る日も来る日もバグと仕様変更に追われ、最後はデスクで突っ伏したまま命を落とした、そんな前世の記憶だった。


『この仕様じゃ、どうやったってバグが出るに決まってるじゃないですか!』

『ごめん、クライアントの要望で。なんとかして』

『無茶苦茶だ……』


理不尽な要求、終わらないデスマーチ、積み重なるエラーログ。それに比べれば。


「……バグだらけの人生から、ようやく解放されるんだ」


私の唇から、乾いた笑いが漏れた。虐げられるだけの今世も、働き詰めで死んだ前世も、どちらも欠陥だらけの仕様書の上を歩かされているようなものだった。ならば、すべてをリセットして、誰の干渉も受けない場所で一人静かに暮らすのも、悪くないデバッグかもしれない。


予期せぬ形で訪れた前世の記憶は、私の心を奇妙なほどに冷静にさせていた。追放の絶望は、静かな解放感へと姿を変えていた。


馬車に揺られること数日。たどり着いた『忘れられた古代遺跡』は、鬱蒼とした森の奥深くにひっそりと佇んでいた。苔むした石畳、蔦に覆われた巨大な建造物。人の気配はまるでない。


「……静か」


聞こえるのは風が木々を揺らす音と、鳥のさえずりだけ。私を虐げる声も、蔑む視線もない。出来損ないと罵る声も、不条理な仕様変更も聞こえない。その事実に、私は心の底から安らぎを覚えていた。ここが、私の新しい家。私の、再出発の場所。


遺跡の内部は、想像以上に広大だった。巨大なドーム状の天井には所々穴が空き、そこから差し込む光が、床に落ちた瓦礫を神秘的に照らし出している。空気はひんやりとしていて、どこか懐かしいような匂いがした。


生活の拠点を定めようと、遺跡の奥へと進んでいった私の目は、やがて、ある一点に釘付けになった。


「……ゴーレム?」


広間の中央に、一体の巨大な人型が鎮座していた。身長は2.5メートルはあろうか。滑らかな金属質の装甲に覆われ、その体躯は屈強な騎士のようでもあり、神殿に立つ神像のようでもあった。長い年月、主を待ち続けていたかのように、ただ静かにそこにあった。


恐る恐る近づいてみると、その胸部に小さなプレートが埋め込まれており、そこにかすれた文字で数字が刻まれているのが見えた。


「774……」


七、七、四。前世の知識が、その数字を別の読み方で再生する。


「なな…し。名無し、か。今の私みたい」


自嘲気味に呟きながらも、私はそのゴーレムから目が離せなかった。システムエンジニアだった血が騒ぐ。こんな高度なアーティファクト、解析してみたくてたまらない。


ゴーレムの足元には、台座のようなものがあり、そこには複雑な紋様が刻まれた制御盤らしきものが設置されていた。刻まれているのは、見たこともない古代文字。だが、なぜだろう。既視感がある。その文字の並び、構造が、私には見慣れたプログラミング言語のロジックと酷似しているように思えたのだ。


『もし、この条件が真ならば、この処理を実行せよ』

『この処理を、指定された回数繰り返せ』


まるで、新しいコードを見ているようだ。一つ一つの文字が変数や関数に対応しているのだとしたら? 私は地面に木の枝で計算式を書き出し、仮説を立てては検証を繰り返した。夢中だった。食事も忘れ、夜は乏しい魔道具の明かりを頼りに解析を続けた。それは、複雑怪奇なシステムの仕様を解き明かし、バグの根源を突き止める作業によく似ていた。そして三日目の夜、ついに私は、その起動シーケンスの全容を解明したのだ。


「……よし。これで、動くはず」


深呼吸を一つ。私は震える指で、制御盤の特定の紋様を、解析した通りの順番で、一定のリズムで押していく。


――カチリ。


静かな音と共に、制御盤が淡い光を放った。そして。


ゴゴゴゴゴ……


地を揺るがすような重低音と共に、目の前の巨人がゆっくりと瞼を……いや、光学センサーらしき部分を開いた。赤い光が、静かに私を捉える。


「……すごい」


私はごくりと唾を飲んだ。心臓が高鳴る。恐怖よりも、純粋な感動が勝っていた。私は、この古代文明の遺物を、たった一人で再起動させたのだ。


ひとまず、この名もなきゴーレムを『コードネーム:774』と呼ぶことにしよう。


「ええと……命令、できるかな」


私はおそるおそる、しかし明確な意志を持って、774に語りかけた。前世の経験上、曖昧な指示はバグの元だ。


「命令。この施設の清掃、及び、私の生活環境の最適化を要求します」


774は微動だにしない。失敗か、と肩を落としかけた、その時。


赤い光学センサーが一度、強く点滅した。そして、巨大な体が音もなく立ち上がる。774はまず、足元に散乱していた瓦礫の一つを、巨大な指で器用に拾い上げた。そして、それを運び出し、遺跡の隅に丁寧に積み上げていく。その動きに一切の無駄がない。


私はただ、呆然と、しかし恍惚としてその光景を眺めていた。水路が詰まっているのを見つければ、巨大な腕で障害物を取り除き、淀んでいた水を清流へと変えた。私が拠点にしようと決めた小部屋の前では、崩れかけた壁を寸分違わぬ大きさの石で補強し、さらには近くの森から切り出してきた木で、頑丈な扉まで作り上げてしまった。


巨体に見合わぬ、あまりにも繊細で正確な作業。それはまさに、完璧なコードによって実行されるプログラムそのものだった。


夜には、774が組み上げた炉で暖を取り、修復された水路から引いた綺麗な水で喉を潤す。私の知識が、私のスキルが、この世界で初めて役に立った。誰かに強いられたわけではない。自分の意志で、自分の力で、快適な環境を構築していく。その事実は、確かな達成感となって、私のボロボロだった自尊心を癒していった。


774との静かな生活が始まって、数ヶ月が過ぎた。私のスローライフは、驚くほど快適なものになっていた。774は私の指示通り、畑を耕して作物を育て、森で狩りをして食料を確保し、壊れた家具を驚くべき精度で修復してくれた。


私はといえば、遺跡に残された古代文明の技術書を解析し、その知識を応用して、新しい道具を設計する毎日だ。鉄鉱石から純度の高い鉄を精錬する小さな溶鉱炉や、歯車の組み合わせで動く自動調理器など、さながら小さな技術革新である。古代遺跡に残されていた魔法装置のいくつかも、再起動できた。


私と774は、近隣の村落にも力を貸した。はじめは「領都から追放された哀れな貴族令嬢がいる」と様子を見に来てくれていたのだが、いまではすっかりこちらが頼みごとを任される側となった。私が計画(プログラム)して、774が実行する。ときには、遺跡という名の工房で作った発明品を提供する。村人たちも、返礼として食料や日用品を提供してくれる。伯爵家の贅沢な暮らしとはほど遠い質素なものだけど、穏やかで満ち足りた生活がここにはあった。


◇ ◇ ◇


そんなある日のことだった。王都へ向かう途中だという行商人の男が、道に迷って遺跡に迷い込んできた。彼はひどく怯えていた。この森には凶暴な魔物が出るらしい。


「お嬢さん、こんなところで一人かい? 危ないから、早く街へ……」


彼が言い終える前に、森の茂みから、牙を剥いた巨大な狼型の魔物が三体、姿を現した。


「ひぃっ! ダイアウルフだ!」


悲鳴を上げる行商人。私は冷静だった。ポケットから小さな笛を取り出し、短く息を吹き込む。それは、私が作った774への緊急信号だ。


直後、地面を揺るがす重い足音と共に、木々をなぎ倒さんばかりの勢いで774が駆けつけた。


「命令。対象を、殺さずに無力化して」


私の言葉に、774の光学センサーが赤く光る。ダイアウルフが飛びかかってくるのと、774がその巨腕を振るうのは、ほぼ同時だった。風を切る轟音。一瞬の出来事だった。三体の魔物は、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、遠くの地面に叩きつけられて気を失っている。文字通り、一瞬にして。


腰を抜かした行商人は、口をあんぐりと開けたまま、巨大なゴーレムと、その傍らに平然と立つ私を交互に見比べていた。


「い、石の巨人……」


彼の視線は、私が彼にふるまった温かいスープをかき混ぜている、金属製のスプーンに注がれた。それは、774が作り出した、驚くほど精密な道具の一つだった。


「お、お嬢さん……あんた、一体何者なんだ……?」


私は静かに微笑んで、「ただの遺跡の番人ですよ」とだけ答えた。


行商人は丁重に礼を述べると、逃げるように遺跡を去っていった。そして、王都に戻った彼が語った体験談は、尾ひれがついて瞬く間に広まっていった。


「森の奥の忘れられた遺跡に、巨大な石の巨人を従えた、謎の天才がいるらしい」

「その天才が作る道具は、王宮の職人が作るものより遥かに精巧だとか」

「天才のおかげで、魔物の群れが撃退されて、農作物の収量も増えている」


噂は、当然、アルマン伯爵家の耳にも届いていた。


◇ ◇ ◇


その頃、聖女フローラの活動は、全くうまくいっていなかった。彼女の魔力は確かに強大だが、傲慢で自己中心的な性格が災いし、民の信頼を得られずにいたのだ。儀式を成功させても、その恩恵は一部の貴族にしか行き渡らず、平民たちの生活は一向に良くならない。なにより、儀式の正確な手順(プロトコル)をおろそかにする独善的なやり方は、王都に、ひいては国全体に軋みを生じさせ、アルマン伯爵家の威厳をじわじわと蝕んていた。


焦りを募らせるフローラと、聖女の名声を利用して権力を得ようとしていたアルマン伯爵。彼らは、藁にもすがる思いで、その『天才』の噂に飛びついた。


そして、いくつかの調査の結果、彼らは残酷な可能性に行き着く。『忘れられた遺跡』。それは、彼らが出来損ないと蔑み、追放したセレスティアの行き先だったからだ。


「まさか、あのセレスティアが……? いや、しかし……」


父は、私の持つ未知の技術を手に入れ、聖女フローラの名声を回復させるための道具として利用しようと画策を始めた。私にとっては、とうに捨てたはずの忌まわしい過去が、再び私を絡め取ろうと動き出していた。


◇ ◇ ◇


穏やかな午後の日差しが、遺跡の広間に差し込んでいた。私が新しい設計図を引いていると、774が修復した扉を叩く音がした。こんな場所を訪ねてくる者など、いるはずもないのに。


扉を開けると、そこに立っていたのは、アルマン伯爵家の紋章をつけた、いかにも尊大な態度の使者だった。護衛というには多すぎる兵士たちが後に控えている。


「セレスティア様ですな。伯爵様からの命令をお伝えに参りました」


男は、私を値踏みするような視線で一瞥すると、芝居がかった口調で言った。


「貴殿の持つ類稀なる才、国家のために役立てる時が来た。直ちに王都へ戻り、そのゴーレ……いや。その巨大な人形と共に、聖女フローラ様を補佐し、国家に尽くすように、との仰せです」


命令。その言葉の響きに、私の心は冷え切っていく。あの人たちは、何も変わっていない。私を、私の生み出したものを、自分たちの都合のいい道具としてしか見ていない。なにより「補佐せよ」とか「尽くせ」とか曖昧模糊な命令(コマンド)で、思い通りに動くと考えているところが気にくわない。要件定義は明確に。鉄則だ。


そして、今の私はもう、かつての無力な私ではなかった。


「お断りします」


私の毅然とした声に、使者は面食らったように目を見開いた。


「な、何を言っている! これは伯爵様、いや、国家の命令だぞ!」

「私の居場所はここです。もう、誰の命令も受けるつもりはありません」


私は静かに、しかしはっきりと告げた。ここには、私を認めてくれる静かな時間と、かけがえのないパートナーがいる。もう、誰かのための身代わりになるのはごめんだ。


「この、反逆者め……! 実力行使もやむを得んな!」


使者が腰の剣に手をかける。兵士たちが槍を構える。その瞬間。


私の背後に、巨大な影が音もなく立った。774だ。彼はただそこに立つだけで、使者との間に絶対的な壁を作り出していた。赤いレーザーセンサーが、冷たく使者たちを見下ろしている。その巨躯から放たれる無言の圧力は、抜身の剣よりも雄弁に、使者の敵意を打ち砕いた。


「ひっ……!」


使者は短い悲鳴を上げると、這うようにして馬車へ逃げ帰り、慌ただしく去っていった。兵士たちも槍を投げ捨てて、その後を追う。平穏をかき乱す嵐は、瞬く間に過ぎ去った。


静寂が戻った広間で、私は自分を守ってくれた巨大なゴーレムを見上げた。彼は、私が命令したわけでもないのに、私の意志を汲んで、私を守ってくれた。


「ありがとう、774」


私の声は、少しだけ震えていた。感謝と、愛しさがこみ上げてくる。


「……いいえ。774という暫定名(コードネーム)で呼ぶ必要は、もう無いわね」


私はそっと、彼の金属の脚に触れた。ひんやりとしているのに、なぜか温かい気がした。


「あなたの名前は、今日から『ナナ』よ。私の、たった一人の、大切な相棒」


セレスティアの言葉に、ナナの赤い光学センサーが、ふわりと、柔らかく一瞬だけ点滅した。それはまるで、優しい瞬きのようだった。


感情がないはずのゴーレムが見せた、ささやかな応答。


私にはもう、蔑む家族も、偽りの立場も必要ない。私には、私の知識と、そして何にも代えがたいパートナー、ナナがいる。古代遺跡に差し込む光の中で、私はナナを見上げ、微笑んだ。


◇ ◇ ◇


やがて私は、ナナの同型機が眠る地下庫を発見して、その再起動に成功する。私の引いた設計図(フローチャート)に基づいて、ナナとその兄弟たちの尽力もあり、『忘れられた古代遺跡』と呼ばれた辺境の地は、機械工房都市として王都を凌駕する発展を遂げることになるのだけれども、それはまた別のお話──


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
素敵な物語に出会えて幸せです! ゴーレムのナナは、セレスティアを守る騎士様ですね。 ナナの兄弟達や機械工房都市の物語も、是非よろしくお願いします♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ