第1話
アデン領、グルーディオ城前――
血盟サザーランドの副将・ブルグが眉根を寄せ、低く言った。
「北部の四つの城を落とし、未だ無敗。この大陸で最強の対人クランだ」
「ほぉ……」
レイジは興味なさそうに、ただ相槌を打つだけだった。
「そのニュルンベルグが、最近アデン領にも来てるって噂だよ。でもまあ、私たちハンタークランには関係ないけどね」
ブルグは短い首を振り、ようやくレイジの腕を離した。
レイジは歩きながら心の中でぼやく。
(あいつ、いい奴だけど、一言多いし、力が強すぎ……)
彼の細い腕には、すでにうっすらと痣が浮かんでいた。
その時、彼の足が止まった。人垣の隙間から見えた少女の顔に、レイジは息を呑む。
それは昨日、荒地で助けたエルフの娘――バニラだった。
彼女は新米のヒーラーで、まだレベルも低く、回復アイテムすら満足に持っていなかった。
昨日の狩りでの泥跡が、彼女の背中にまだ残っている。
荒地で見た時と同じように、傷だらけの小さな手で、祈るように口元を押さえていた。
グルーディオ城へ続く西の広場には、人だかりができていた。
その後方に、異様な静けさを纏った一人の女魔導士が立つ。その場の空気すら染め変えるような存在感だった。
藍色のローブは風すら弾くように揺らがず、手には魔力の波動を帯びた長杖が握られている。
背には、布に包まれた身の丈を超える棒状のものが背負われていた。
フードは深く、その眼差しは見えない。口元を覆う黒革のハーフマスクの奥からは、息づかいすら感じさせない。
周囲の空間が、彼女を避けるように歪んでいる。
「おれ様にぶつかっておいて、こんな安物で済むと思うなよ」
一人の男が言い放つと同時に、他の三人の戦士が、バニラが集めたありったけの荷物を次々と踏みつけた。
砕けたポーションの小瓶が、土と石畳に青や赤の染みを広げる。まるで「希望」の色が地面に吸い込まれるかのようだった。
周囲から微かに漏れた非難の声は、風に掻き消されていく。誰も、面倒には関わりたくないのだ。
「許してください、これしかないんです、ごめんなさい……」
バニラは地面に額をつけ、持ち金すべてを差し出した。
「んだよ、金これだけ? 舐めてんのか小娘」
バニラは唇を強く押さえ、力なく首を横に振る。
「……泣いても許されねぇからな。詫びにA品、持ってこい」
「Aランク装備の一つくらい、エルフなら持ってんだろうが」
長身の戦士が、足で彼女の額を押さえつけようとした――その時だ。
「――やりすぎだろ」
静かに、しかし確かに響いた声が、その場の空気を切り裂いた。
四人が振り返ると、そこにレイジが立っていた。
「おまえらアホかよ。A級品なんて、そんなもん――俺だって持ってねぇよ」
突然現れたレイジに、群衆がざわつく。
(あなたは……昨日の……!)
バニラが顔を上げた。涙と土に汚れた頬に、わずかな光が差す。
「おまえら、いい大人が、レベルの低い女の子を囲んで何やってんだよ」
四人はレイジをまじまじと見た。彼の装備は、見るからに低レベルだった。
「うちの母ちゃんに叱られんぞ。“いい大人”ってのは、おまえらのことだかんな」
たしかにレイジの母親はA級ソーサラーで、とんでもなく強かった。
「なんだとぉ……!」
「おまえも。“いい大人”」
「そこのおまえも。“いい大人”」
「あとおまえ。“わりと年上”」
「で、最後。おまえ。“いかにもベテラン”」
レイジは、見事に「いい大人」に育った四人を、一人ずつ指差した。
「おまえら、まとめて、寄ってたかって女の子いじめる“クズ四人衆”。そう名乗っとけよ!」
「貴様ァ、誰に向かって口を利いているか分かってんのか」
一人の長身の戦士が、レイジに向かって歩き出す。
(――――えええ、これってどういうこと?)
その時、ルピタが走ってきて、レイジが四人の戦士と一触即発の状況に陥っているのを目にした。