第3話
―――二週間後。
ニュルンベルグのアデン領、ブリザック城にて。
盟主・羅漢王と、ブレイヴディラーの盟主アルカンブーストとの間で、不戦条約が調印された。
その場には、ネオフリーダムも立会人として同席していた。
レイジは、七歳になった一人娘のチルルを連れてきていた。
調印式が無事に終わり、城内から出てきたレイジに、ハルトがメリサとリクトを連れて近づいてきた。
「盟主、今回の事は本当に……」
ハルトの言葉の途中で、レイジが手をあげた。
「終わったことはもういい。それより、身体の方はどうだ?」
「ええ、もうすっかり」
「そうか、良かった。それ、みんなが作った新しい鎧だろ?なかなか似合ってるな」
レイジがハルトの肩に手を置いたその時――
「盟主!」
元気を取り戻したルピタが、ニコニコ顔で走ってきた。
ハルトたちが頭を下げて立ち去ると、ルピタは小声で顔を寄せた。
「こないだは騙されたけど、今度は絶対に大丈夫っす。それで、グリフィンの羽が一枚必要なんすよ」
「不老不死か?」
レイジも、なぜか声を潜める。
「そうっす! でも、その洞窟の前に今度は、大きな鶏みたいな、トサカの赤いモンスターがいるんす」
「分かった、分かった。羽は、おれがなんとかしとく」
レイジが言うと、
「あざーす!」
ルピタがガッツポーズを作った。
◇
そのころ――
謁見の間には、チルルを連れたパブロとブルーベル、ミロイの姿があった。
羅漢王は玉座に座し、微笑んでいた。
「その弓、どうしたの」
ブルーベルが、チルルの手にある、ごつい白と銀色の弓を指差した。
「ああ、デュランさんが貸してくれたみたい」
ミロイが言う。
「え、それ……ひょっとして――雷嵐の大弓!?」
ブルーベルが驚いた顔で聞いた。
ミロイが頷く。
「こんなもん、ここに持ってきて大丈夫なの……」
「ああ、デュランの話じゃと、この弓は普通の大人でも弦を引くことができんらしい」
と言うパブロに、ブルーベルが聞いた。
「誰にも引けないから、この場に持ってくることを許されたの?」
「いいえ。ぼくたちがネオフリーダムと知っていて、通してくれました」
と、ミロイが応える。
その時――
「爺、あいつ、強そうだから、やっちゃっていい?」
チルルが弓の弦を引いた。
―――引けた!?
「バ、バカっ!」
パブロが慌てて止めようとしたが遅かった。
チルルの放った矢が、羅漢王へ向かって飛んで行く。
周囲がドッとどよめいた。
「うそ!」
ブルーベルとミロイも慌てる。
「なに!?」
前に出ようとした幻妖斎を、羅漢王が右手で制した。
矢はゆっくりと放物線を描き――
羅漢王の組んでいた右足のブーツに当たって下に落ちた。
矢は練習用の小枝で作ったものだった。
「あれは?」
羅漢王が前を向いたまま、後方に立つリオナに尋ねた。
「ネオフリーダムの盟主の娘です」
「レイジ殿のか」
「はい」リオナが頷いた。
羅漢王はゆっくりと立ち上がると、高価な絹織りの絨毯の上を、チルルに向かって歩きはじめた。
チルルの前に来ると腕を組み、上から怖い顔で睨みつけた。
「わしの不注意ですのじゃ。ご無礼を、どうぞお許しを」
パブロが膝をつき、頭を下げた。
――王に矢を向けた。子供でも、とても許される事ではなかった。
周囲は固唾を呑む。
しかし、チルルは立ったまま。
両手の拳をしっかりと握りしめ、下から羅漢王を睨み返していた。
「……あはははっ」
いきなり羅漢王の顔が綻び、笑い出した。
周囲の招待客からは、戸惑いの声があがる。
「まったく動じない。さすがレイジ殿の娘だ。肝が据わっておる」
羅漢王は、チルルを両手で抱き上げた。
チルルは不思議そうな顔で羅漢王を見ている。
そのまま玉座の方へ戻っていった。
パブロはもう腰が抜けていて、ブルーベルとミロイは、酸欠の金魚のように口をパクパクさせている。
羅漢王は、玉座に戻ると、大きな玉座の上に小さなチルルを乗せた。
「わたしの後は、そなたかもしれぬな」
そして、一歩後ろに下がると――
「いや、そなたがいい」
黒いマントを翻すと、片膝をついて頭を下げた。
「―――ええええええええっ!!!!」
招待客から、一斉にざわめきが湧いた。
だが、注目されているチルルは、ただキョトンとしている。
「おじさん」
チルルの声に、羅漢王が顔を上げた。
「それ、痛い?」
チルルが、羅漢王の額にかかっている前髪を、小さな指で寄せた。
そこには――星型の痣があった。
「いや、痛くはない」
羅漢王が優しく微笑んだ。




