表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アデン大戦記 ―今日も俺たちは死にかけている―  作者: 霧原零時
第一章 ブリザック城の決戦
5/55

第2話

ギャザバーン軍の中央――総大将ガイヤールは、静かに戦況を見つめていた。


「左翼はどうしました?」


その声は柔らかく、穏やかだった。しかし、その場の空気は一瞬で凍りつく。


「左翼は……総崩れです。ドン様は……」


報告に来た兵が、かすれた声で首を横に振った。それだけで十分だった。


「……ふふふ。それは困りましたねぇ」


ガイヤールは細い目で戦場を掃いた。そして見つける――巨大な斧を肩に担ぎ、悠然と歩いてくる影を。


(……想定より、龍神鬼軍の展開が早すぎましたね……もう少しドンがもつと……)

本来なら、あの橋が落とされた時点で、龍神鬼軍は退路を失い、士気を崩すはずだった。そこへ伏兵が突けば終わり。だが……やはり、“想定外”の男だったか。



「ほほう……ついにご登場ですか。龍神鬼さん」


ガイヤールはふわりと手を挙げ、最前列の兵を一人呼び出す。


「そこのあなた、お名前は」


「ミュ、ミュートです!」


「ミュートさん……いい名前ですねぇ。では、ちょっとしたお仕事を」


ガイヤールはまるで昼下がりの散歩に誘うような口調で言った。


「前方の大男の方へ……十三歩、進んでください」


「え、じゅ、十三歩……」


「ええ。ちょうど目印になります。その場で手を挙げて、こちらに合図を。動かないでくださいね」


ミュートは顔面蒼白のまま、一歩、また一歩と足を運ぶ。十三歩目で止まり、震える手を挙げた。


「そのまま動かないでください。動くと……どうなるか、わかりますよね」


ミュートは泣きそうな顔で必死に頷く。


「さぁ、皆さん、道を開けましょう。龍神鬼さんのお通りです」


ガイヤールが両手を広げると、兵たちは左右に散り、中央にはミュートだけがぽつんと残った。


――そして。


龍神鬼はゆっくりと進んでくる。左右に割れた敵兵の列、その中心に、突っ立った一人の兵士。その前で足を止めると、龍神鬼は首をかしげた。


その目は、ミュートではなく、その先のガイヤールを見ていた。


次の瞬間。


「邪魔だ」


低くつぶやくと、平手でミュートを叩き伏せる。ミュートはつんのめるように倒れ、足元に転がり、気絶した。


龍神鬼は、鎧の胸当てを片手でつかんで引きずると、ミュートごと尻の下に敷き、どっかりと腰を下ろした。


鉄甲が軋む音が、妙に生々しく響いた。


やがて、龍神鬼は正面のガイヤールを見据え、薄く笑って言った。


「ここが……おまえの距離か」


それは、戦場に慣れた者ならすぐにわかる、勝者の声だった。


細い目をさらに細め、ガイヤールが口元に狂気を滲ませて笑う。


「ふふ……やはり、只者ではありませんね。さすがに、ほんの少しだけ――驚きましたよ、龍神鬼さん。ですが――」


わざとらしく、そこで言葉を切る。一拍の間を置いた後、彼はゆっくりと顎を持ち上げる。視線は挑発的な光を帯びていた。


「力だけで全てをねじ伏せる時代は、もう終わったのです。あなたのような方には、少々耳の痛い話かもしれませんが……♪」


彼は余裕の笑みを浮かべるが、目は決して笑っていない。


「悲しいですね、龍神鬼さん。そこから、一歩でも近づいたら、私は全力で、最大火力の攻撃魔法をお見舞いしますよ」


ガイヤールの言葉を、龍神鬼は黙って聞いていた。


「あなたの魔法防御バフは切れていますよね? この距離なら、私の攻撃がクリティカルで入れば即死ですし、生き残ったとしてもスタンと鈍足が付与されます。そうなれば、あなたがこちらに到達する前に、私はもう一発、詠唱できます――その程度のMPくらい、さすがに私でもまだ残っていますので……」


「あっははは……」


龍神鬼が突然、大声で笑い出した。兵たちが困惑し、首を傾げる。


「俺は話が長いと覚えてらんねぇんだ。もういいか」


そして、ゆっくりと立ち上がると、無防備なまま歩き出した。


「非常に……残念ですよ。龍神鬼さん」


それを見て、ガイヤールは詠唱を始めた。最上位魔法。詠唱はやや長い。それでも十三歩は遠い。


右手に杖、左手の指先は龍神鬼を捉える。兵たちが固唾を呑んで見守る中――


――ガッッツーン!


轟音。地面が揺れた。誰もが何が起きたのか理解できなかった。


だが、はっきりしていたのは――ミュートの立っていた場所から数歩先に、無傷の龍神鬼が立っていて、遥か後方に、ガイヤールが吹き飛ばされていたことだ。


額は真っ二つに裂け、脳漿が魔導杖の先にまで飛び散っていた。鮮血が、地面に咲く紅蓮の花となる。――誰も詠唱の結末を聞くことはなかった。


ギャザバーンの二枚看板。総大将、ガイヤール。――秒殺。


――ガイヤールの顔面が吹き飛んだとき、戦場の誰もが悟った。


(……やべえ奴、来ちゃったな)と。



◇◇◇


城内の盟主・ジル・ド・レオは、報せを受けた瞬間、沈黙した。


そして――わずか十秒後に、白旗を命じた。


龍神鬼とやり合える将など、もはやこの城には存在しなかった。



こうして――


『ブリザック城の戦い』は、開始からわずか二時間で幕を下ろした。


そして次なる戦場は、いよいよアデン領にあるグルーディオ城。


そこには、“弱いくせに破天荒な”男がいる。


自由を掲げ、鎖に縛られることを拒む者たちの血盟――


<<< |NEO FREEDOMネオフリーダム >>>


そして、その盟主の名は、レイジ・アギャルド。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ