第5話
「あれは?」
カスウェル山頂に着いたリオナが、馬の上から谷底を指差した。
「あ、ジンさん。うちの友好クランの人たちです」
ミロイが下を覗き込み、頷いた。
「ここからでは降りられない。おまえたちは下へ行ける場所を探せ!」
「御意!」
リオナの指示で、王室直属の兵士三十名が山頂の周囲へ散っていった。
ギースは左手で鎖の最後尾を握り、右手で鎖鎌を回していた。
そしてその鎖鎌を、ガリオン目掛けて放った。
鎖が勢いよく伸び、大鎌が弧を描いて飛ぶ。
「なんのこれしき!」
ガリオンは左手の四角い大盾を突き出して受け止めた。
弾かれた鎌が、傍にいた敵兵の腹を掠め――内臓が飛び散った。
ギースの鎌は鋭い両刃だった。
「今度は避けれるかな」
ギースがガリオンにじり寄る。
ガリオンの剣を握る右手に力がこもった。
(あの鎖が首に巻き付けば、わしの首が落ちるな)
ガリオンは盾を構え、少しずつ後退した。
ギースは、鎖の軌道を再調整していた。
(あと少し、遠巻きに巻きつければ――)
「ほれ、わしの首をやるわい」
ガリオンが突然、大盾を傾け首を覗かせる。
「おおおりゃぁぁ!」
ギースがそれを逃さずに、回していた鎖鎌を、右から弧を描くように投げつけた。
ガリオンの首に鎖が引っかかり、右回転の鎖鎌の先端が、首を軸に、後方で軌道を変えて、左側へ回って戻って来た。――と、その時、ガリオンが前へ出る。
鎖が、ガリオンの首を軸に一回転した。ガリオンは、首に鎖を巻き付けたままで、大盾を両手で持つと、ギースへ向かって突進した。鎖を手にしているギースは動けない。足がもつれる。
「な、なにぃ!」
―――ガツゥゥゥン!
ギースの驚愕している顔面に、大盾がぶち当たった。
ギースが鼻血をまき散らしながら、後ろへ吹き飛ぶ。
ガリオンは、そこへ大盾の下を、力任せに、ギースの顔面へ突き刺した。
―――グシャー!
嫌な音を立てて、ギースの顔が半分に潰れた。
ガリオンの首に巻き付いている鎖が一回転半。あと半回転で、ガリオンの首を、鎖鎌が斬り落とす。と、その時、ガリオンは思いっきり地面へ、顔から突っ伏した。
―――グサッ!
俯せに突っ伏しているガリオンの、右耳の僅か三センチ横の地面に、鎖鎌の刃が突き刺さった。
ジンは、向かってくるザクを目掛けて、大斧を大上段から振り降ろした。
ザクは間一髪で、それを躱したが、その破壊力に重心を崩して後ろへ尻もちを着いた。と、その時、ザクの後ろにいたテルが、地面に突き刺さっているジンの大斧の長い背柄の上を、身軽に駆け上って来た。こうなると長い柄が仇となり、ジンは斧を使えない。
テルは両手の短剣を頭上に翳して、ジンの頭部を目掛けてジャンプした。
ジンは、素早く一歩前へ出ると、上半身を左に傾け、勢いよく、太い右腕をテルの首にぶち当てた。―――ラリアット炸裂!!!
テルは、口から泡を吹いて吹き飛んだ。一撃で首がへし折れた。
「テル!」と、立ち上がって向かってくるザクに、
「うるさい、ハエどもが!」
と、ジンは地面から大斧を引き抜くと、左に一回転して、横から凪ぎ払った。
ザクの首が宙を舞って、テルの足元に転がった。
「な、なんでそれで歩ける?」
ベリネが顔を歪めた。
ブルグは重い身体を引きずりながら、一歩一歩ベリネに迫っていた。
「ならばこれでどうだ!」
ベリネの掌から炎が噴き出す。
だがブルグは顔を大鎚で庇い、炎を浴びながら歩み続けた。
ドワーフの硬い皮膚の焦げる匂いが漂う。
「正気じゃない!」
ベリネは後退するが、背中が建物の壁にぶつかった。
「どこまでいくんだよ。おまえの相手はわたしだろ」
ブルグが言うと、大鎚を大上段から渾身の力で振り下ろす。
―――グシャァァ!!!
ベリネの身長が10センチ縮んだ。白目を剥き、絶命。
その時、檻の中からシエンが飛び出してきた。
ゴリアテルが湾刀を右手に、すぐ後を追う。
シエンはゴリアテルを見据えつつ後退。MPはまだ僅かしか回復していない。
「MPが無いんだろ。降参したらどうだ」
ゴリアテルがニヤニヤと近づく。
「それ必要か」
シエンは目を細め、薄く笑った。
足元の敵兵の小盾を拾い上げる。
「はははっ、なんだその恰好は」
左手に粗末な小盾、右手には斬られた魔杖。
「シエンはMPが無いな」
ガリオンが、首から鎖を外しながら言った。
「ヤバいね」
ブルグが焦げた顔を擦っている。
「ロカボ!」
援護できるのは弓。ジンが北塔に呼びかけるが、反応はない。
その時――建物の中から百人近い敵兵が現れ、ジンたち三人に迫ってきた。
リオナが檻から出た二人を見て言った。
「あれが盗賊団のボスで、ゴリ……、えっ?」
と、横のミロイの顔を見て首を捻った。
仲間が緊急事態なのに、まったく狼狽えてはいなかった。
それどころか、少し笑みを浮かべて見守っている。
「シエン姉さん。姉さんがいるなら、もう大丈夫」
ミロイが呟いた。
「大丈夫って……あの魔導士はMPがないのでは?」
リオナが視線を下へ戻した。
「わたしの大切な魔杖を。その代償は高くつくよ!」
シエンはゆっくりとフードを外し、長い金髪が風になびく。
「折れた棒切れで、一体何が出来るんだ!」
ゴリアテルが湾剣で斬りかかる――速い!
「死ねやぁぁぁ!!」
―――パコォォォォン!
「えええええっ!?」
ジンたちが声を揃える。
「パ、パリィ!?」
リオナの驚愕の顔が凄いことに……。
シエンは、ゴリアテルの剣を小盾で左へ弾いた。
ゴリアテルの身体が一瞬怯んで、後ろへよろける。
シエンはすぐさまゴリアテルの胸へ飛び込むと、斜めに斬られた魔杖を腹に突き刺した。
「こんな棒切れで……」
「クノン!」
折れた魔杖が青白く輝き、ゴリアテルの腹が内部から破裂した。
血と肉片が飛び散り、シエンの顔にも血飛沫がかかる。
『クノン』とは、通常は杖の周囲に硬い気体のシールドを纏わせ、飛び道具や魔法から身を守る防御系の魔法であった。
「あはっはははっ」
ミロイが笑い出す。
「どうした?」
リオナが顔を向けた。
「だって、盗賊団のボスに、初期魔法のクノンで……」
ミロイは腹を抱えて笑い出した。涙を浮かべている。
「わたしの怒りは、まだまだ、こんなもんじゃ収まらないよ!」
シエンのMPが全回復した。
シエンはジンたちを取り囲む敵兵の束に、最強魔法を詠唱する。
「――――――グランド・ジーズ・デスタンス!!!!」
轟音とともに、建物が軋み、地面がめり込む。
魔力の奔流が渦を巻き、眩い光と暴風が爆発する。
数十の兵士の身体が宙を舞い、武器や鎧の破片が弾け飛んだ。




