第1話
ニュルンベルグが制圧したミストラス地方の南に、それほど高くはないカスウェル山があった。その山頂は古い火口のように円形に深く削られ、その底は谷地形を形成している。
その谷底に、凶悪な盗賊団「プーランドソープ」のアジトがあった。囚人崩れを主とした二百名を超える、ミストラス地方最大の盗賊団だ。
アジトは、まるで下品な遊郭のような三階建ての武骨な建物。北の山頂からは、その三階に通じる吊り橋が林の中に隠れるように架けられている。周囲では十人近い見張りが巡回していた。
谷底の中央にある建物の出入口はそこだけ。
他は、命知らずでも躊躇するほどの急傾斜を滑り降りるほかない。
――――
プーランドソープの首領ゴリアテルは、幹部四人と共にニュルンベルグからの報酬を携え、アジトへ戻ってきた。
「お疲れさまです!」
吊り橋前の門兵二人が槍を立てて、深く頭を下げた。
吊り橋を渡る途中、ふとゴリアテルの足が止まる。
夕闇が濃くなり、松明に火が灯されていた。
建物の周囲には四基の見張り塔――東西南北にそれぞれ設けられている。塔上の弓兵は通常二人ずつ。そして、建物の前には、村から肉体労働力として拉致してきた従僕たちが寝泊まりする大きな檻があった。
「頭、どうしました!?」
すぐ背後を歩いていた副将ギースが声をかける。
「……あれだ」
ゴリアテルが北側の斜面を指さす。副将のギースがその方向を見ると、北側の斜面に、山頂から一本の縄が垂れていた。そして、いるはずの北塔の弓兵の姿が無かった。
「敵襲! 敵襲だ、侵入者がいるぞ!」
ギースの怒声が橋上に響き渡る。
「北だ! 北!」
ベリネが叫ぶ。
双子のザクとテルが入口の扉へ駆けた。
建物の中から、十数名の荒くれが武器を手に飛び出してくる――が。
ザザザザザザザザ……ザザン!!
突如、轟音とともに荒くれたちが吹き飛んだ。
――攻撃魔法『グランド・ジーズ・デスタンス』の直撃だった。
ズッシャシャシャシャシャーーン!
凄まじい突風が吹き荒れて、吊り橋が大きく揺れた。
ゴリアテルは頭を庇いながら、吊り橋の綱に掴まった。ギースの片足が橋からずり落ちて、魔導士ベリネが被っていた蜘蛛の刺繍が施された円錐型のエナン(帽子)が風に吹かれて飛んでいった。ザクが橋から落ちて、それをテルが橋の上から、片腕で掴み上げていた。。
ブルゥゥゥン、ブルゥゥゥン……!
吊り橋の揺れが続く。
建物の中から二陣が飛び出す――が。
ズザザザザザザザザ……ザザン!!
またもや一瞬で吹き飛んだ。
「派手にやりやがる……」
ゴリアテルが橋上から下を睨む。が、魔導士の姿は――見えない。
「どこだ……?」
建物の前――土埃の中、四肢を失った手下が呻きながら這っていた。
檻の中の労働者たちは中央に身を寄せ、震えていた。
そのとき。
裏口から四つの影が現れる――長身の女戦士が先頭。その肩に男を抱えている。
「ギース、奴らを!」
ゴリアテルが目で命じた。
揺れるつり橋の手すりに掴まりながら、ギースが建物の中へ走った。
ベリネと双子も続いた。
「弓兵、奴らを射て!」
東塔の弓兵二人が矢を構えて下を狙う――
しかし矢が飛来し、弓兵の額を射抜いた。
二人は塔から落下。
「なに!?」
ゴリアテルは北塔を見上げ――自分に矢を向ける若い男と目が合った。
だが揺れる橋の上、男は照準が定まらぬ様子だ。
南塔、西塔は建物の影に隠れ、見えなかった。
ゴリアテルは手すりの縄を掴み、身を乗り出して北塔の内部を覗く。
「チッ、いねぇか……!」
そのとき矢が飛ぶが、大きく逸れ、橋の下を抜けた。
魔導士は――塔にも建物にも見当たらない。
「そうか、あそこか……」
ゴリアテルは橋を進み、三階の扉へと向かう。




