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第3話

ネオフリーダムのビクライとエルナは、ニュルンベルグ兵に包囲されないよう、少しずつ後退しながら戦っていた。何度も窮地に陥りながらも、まるでそれすら計算済みであるかのように、二人は冷静だった。


『簡単に無理だからと諦めるのを、当たり前なことにはするな』

いつもはおちゃらけている盟主から、珍しく真顔モードで言われたことがある。


『自分が諦めなければ、なにも終わらない』

その言葉は、容易に諦めないというネオフリーダムの根幹《SOUL》として、今も二人の中に生きていた。


攻撃魔法系ダークエルフのエルナが、剣と盾を持ち、前線で敵の猛攻を受け止めながら後退しつつ範囲魔法を叩き込む。その背後で、ヒーラー系ダークエルフのビクライが、自身のMPを回復しながらエルナに補助魔法とヒールを繰り返していた。


対人戦。それは、敗北が即ち"死"を意味する戦いだ。

エルナがHPギリギリで踏みとどまれているのは、阿吽の呼吸で繋がった二人の信頼関係ゆえだった。


そんな中、戦況を見ていた龍神鬼が苛立ち気味に叫んだ。


「おまえら、まずは後ろのヒーラーから殺れ!」


そのとき、森の中から奇声が響いた。

「ひえぇぇぇぇぇ~!」


レイジが、勢いよく飛び出してきた。


「ん!? レイジ、逃げなかったのか?」

ビクライが駆けてくるレイジを見て焦る。


「レイジ!こっ……」

言いかけたビクライの言葉を、大地の轟きが遮った。


レイジの背後から、巨大な影がぞろぞろと姿を現した。

森の中から、ゾドムの群れが押し寄せてきたのだ。


「まっ、まじか!?」

ビクライが顔を強ばらせる。エルナも、詠唱を止めて蒼白になった。


レイジは、十体近いゾドムにタゲ(ロックオン)されていた。ゾドムの森から、それらをまとめて引き連れてきたのだ。


彼は目配せで『いつも通りに行くぞ!』と二人に合図を送り、そのままニュルンベルグ兵の右翼方向へと走り出した。敵兵の外側を、弧を描くように周回し始める。



「これで完全に、終わりましたね……」

ニアーナが呆れたように呟いた。まるで今までの読みがすべて覆されたことを、自ら上書きするかのように。


「どうですかね」

ゼイラスが、含みを持たせた笑みを浮かべながら答えた。


「これが、レイジのもっとも得意とする“その場しのぎ”の戦法ですよ」


「はぁ……あの姑息な陽動作戦が、ですか?」

ニアーナがため息交じりに顔をしかめる。


「いえ、それほど計画的なものじゃないです。――もっと単純です」

ゼイラスが断言する。


「もし、モンスターを倒せると思ったときは、レイジは真っ直ぐ味方の方へ誘導してきます。そのときは、みんなで迷わず叩けと言う合図です」


「逆に無理だと思えば、モンスターの周りを弧を描いて走る。つまり、“まだ叩くな、今は回復に専念しろ”の合図になります」


アルカンブーストは頷きながら、モンスターの周りを走るレイジを目で追っていた。


――そのとき、ニュルンベルグ兵の攻撃が突然止んだ。


迫り来る巨大なゾドムの群れに、兵士たちは混乱し、焦った。あまりに巨大で、あまりに数が多い。対人戦では猛威を振るう彼らも、これほどの規模のモンスター戦は未経験だった。


ビクライとエルナは、顔を見合わせると攻撃を止め、身を低く伏せた。

そのすぐ脇を、ゾドムの大群が怒涛のように駆け抜けていく。


そんな中、レイジの戦法を知らない数名の兵士が、反射的にゾドムに斬りかかった。


その瞬間――


首が宙を舞い、周囲の兵たちが恐慌状態に陥った。

それを見た周囲の兵士たちも、恐怖に駆られ、我を忘れて武器を振り回した。


ゾドムにタゲられていたレイジから、攻撃を仕掛けた兵士たちにタゲが移ったのだ。


「モンスターはタゲ(ロックオン)した相手を、基本的には追いかけます。

けれど──そのタゲられている者に、誰かが回復や補助を施したり、あるいは直接攻撃を加えたりすると、まるで『俺の獲物になにをする!』とでも言うように、モンスターのターゲットはその介入者に移ってしまうんです。

さらに、そのモンスターに攻撃を加えた場合でも同様。タゲはダメージを与えた相手に切り替わる。……そして、その結果が、今この惨状というわけです」


ゼイラスが、眼下で悲鳴を上げながら逃げ惑う兵士たちを見て、哀れむように言った。


「これが、“なりゆきしだい”……か」

アルカンブーストは、想定を超えた光景に、得体のしれない高揚感を覚えていた。

その隣で、ニアーナは渋面を作っている。


「ニアーナ、あまり落ち込まないで。レイジの動きは、誰にも読めないので」

ゼイラスが慰めるように微笑むが、ニアーナは顔をそむけた。



「エルナ!龍神鬼はどこだ?」

ゾドムと戦っているニュルンベルグ兵の周りを走りながら、レイジが、身を低く屈めて休憩しているエルナに声をかけた。


―――エルナが、土埃の先へ人差し指を向ける。

その方向へ『おまえもやられててくれよ!』と祈りながら、レイジが視線を向けると、ゾドムの行きかう向こうに、………《《龍神鬼が無傷で立っていた》》。


「はぁ、なんですと!」

ここで、レイジは、副盟主セシリアの口癖が飛び出してしまった。


龍神鬼も、モンスターを相手に戦ったことは皆無であった。

まして、これほども多くの数の巨大モンスターに囲まれることなどは―――。


しかし、龍神鬼は何かを察して、ゾドムを叩くのを止めていた。これが龍神鬼のもつ、天性の能力なのか。


龍神鬼はゾドムの群れに顔を向けたまま、ゆっくりと後退(あとじさ)りをしていた。

その時、こちらを見ているレイジの視線と、目が合った。その瞬間、龍神鬼の額の血管がブチ切れるほどの形相に変わった。


「貴様ぁ~!!」


自分の兵たちが、ゾドムの群れに蹂躙されている。


「おれのシナリオ通りに動けっつーの……」

レイジがぼやきながらも、なおも走る。その背後にはまだ二体のゾドムが追ってきていた。


回復ポーションを飲み干し、HPを一時回復したものの、数発受けてHPは残り554。

このままでは、次の一撃で終わる。


「ビク、おれが龍神鬼を足止めするから、その隙にエルナと逃げろ!」

レイジが走りながら、大きな声を上げた。


「レイジ、何する気だ?」エルナが、動揺した声で聞く。


「ははは、終わらせるんだよ。これで!」

と、レイジが、ニッと二人に笑顔を作ってみせた。


その態度は、ゾドム二体をスレスレの距離で背負っている、ヒヤヒヤ男の言葉とは到底思えなかった。


(やっぱり、こいつはアホだった)エルナとビクライが顔を見合わせた。


「分かった。レイジも絶対あとでこいよ!」


「おう」と、ビクライに、レイジが親指を立てて見せた。

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