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第5話

―――シェヴェリーン城の地下牢にて。


沙羅夜サラヤの華奢なわき腹から、鮮やかな紅が滴り落ちていた。

鋭く裂かれた傷口を、片手で押さえながらも、その眼差しは決して怯まなかった。


ミロイの拷問を止めさせようと、沙羅夜が間に入ったその瞬間、

牢獄看守長・悪豚卑アントンヒの目が異様な光を宿して歪んだ。


「おでの獲物をとるなーッ!!」


怒声とともに巨体が突進してきた。巨躯が揺れるたび、地下の石床が震える。


牢獄の門番たちは、その狂気に凍りつき、震えながらも四人の槍兵が、沙羅夜に槍を突き立てた。

彼らの表情には忠誠ではなく、恐怖しか浮かんでいない。


悪豚卑は、まさに化け物だった。異様なまでに肥大した体躯に、深緑の硬質な外皮をまとい、

その皮膚は鋼すらも弾く。怒りの臨界に達すると、顔中の血管が膨れ上がり、

味方でさえ区別なく薙ぎ払う狂戦士と化す。


「ゼェ……ゼェ……、やっぱり斬られると、痛いもんだねぇ……」


膝をついた沙羅夜が、片膝を立て、短剣を構えながら笑った。

その笑みは、傷つきながらも戦士としての矜持を失わぬ者の、それだった。


ミロイの縄は斬られ、自由になった。だが、口の猿轡の後ろの南京錠を外せなかった。


喋れないミロイが、潤んだ目で沙羅夜を見上げる。


『どうして戻ってきたんですか』――その視線が、そう訴えていた。


沙羅夜はその視線を受け、ふっと肩をすくめた。


「そうだねぇ……。納得できないことに知らん顔ができない、

やっかいな“あの人”の血が、あたいにも流れているからかねぇ……」


その瞬間、弓兵の矢が二本、音もなく放たれた。

背にミロイがいるので、沙羅夜は逃げられない。

一つは沙羅夜が反射的に短剣で弾いた。だが、もう一つの矢が右太ももを貫いた。


「ッ……ぐぅっ!」


痛みに顔をしかめた沙羅夜は、ふらつきながらも体勢を崩さない。

しかし、俊敏な動きを封じられたことは明白だった。


『もういいです!沙羅夜さんだけでも逃げてください!』


疲弊して、衰弱しているミロイは走れない。

ミロイが目を見開き、大きく首を振る。猿轡越しに洩れる嗚咽。

涙が頬を伝い、床に滴った。


「やだねぇ……なんだかあたいが、男を泣かせてるみたいじゃないか」と、

沙羅夜は頬をかすかに緩めた。どこか誇らしげにすら見えた。


幾度も短剣での攻撃を試みたが、悪豚卑の外皮には傷ひとつ付かない。

それでも彼女は冷静に分析していた。弱点は――眼球。

しかし、倍近い身長の悪豚卑に対し、地上からでは到底届かない位置だった。


「弓があれば……」

沙羅夜の主武器は、大弓。

思わず後方の弓兵に視線を投げたが、沙羅夜の愛用の弓は居館の私室に置いたままだ。


牢獄に飛び込んだ際、槍兵四人は打ち倒した。だが弓兵二人、

そして規格外の悪豚卑を相手に、ミロイを連れてこの場を脱する手段が見つからない。


「今回ばかりは……あたいの負け戦かねぇ……」


人を守りながら戦う難しさ。――沙羅夜は、それを初めて知った。

沙羅夜の唇から洩れた言葉に、初めて諦めの色が滲んだ。



◇◇◇


―――その頃、遠く離れたミストラス領。


ネオフリーダムのシエンと、サザーランドの女盟主ジン率いる一行は、パルたちとは別行動を取り、失踪したハルトの足取りを追っていた。


その中で、ジンが街の場末の酒場で耳にした、とある“噂”が鍵となる。

――白い彎刀わんとうを携えた男が、北方の盗賊団に身を寄せているというのだ。


ジンたちは、その男の正体に賭け、山間に潜む盗賊団の根城へと進路を定めていた。


「この先か……。白い彎刀を持つ奴がいるってのは」

険しい面持ちで、シエンがジンに問いかける。


「そうだ。盗賊団プーランドソープの首領・ゴリアテル。

冷酷無比で、かなりの狂人らしい」

ジンが答える。彼女の後ろには、副将ブルグ、若き弓士ロカボ、そして、老戦士ガリオンが最後尾を歩いていた。


プーランドソープ――二百を超える荒くれ者を束ねる、ミストラス領最大の盗賊団。

奴らは山の頂の窪地に、天然の要塞を築き上げていた。


「首領のゴリアテルは、細身の彎刀を操るヒューマンファイター。

部下には攻撃魔法のベリネ、鎖鎌使いのギース、

そして双剣使いの双子、ザクとテルがいる。どれも手強い連中だ」


「五人なら、わたしらと同じ数だから、そんなに怖がることは……」

「ハハハハっ」と、ジンが、ブルグの話の途中で笑い出した。


「その他に、二百はいるらしい」

「なにが?」

「え、悪い奴ら」ジンの答えに、ブルグが急に怯えだした。


「二百って……」ロカボも言葉を失った。

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