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第3話

――――その三時間前。

ミロイがまどろみの中から覚醒しようとしていた、ちょうどその頃。


朝靄あさもやが煙る山道を、血盟ネオフリーダムの盟主めいしゅ――レイジが一人、黙々と歩いていた。


霧の奥で、獣の遠吠えを思わせる風の唸りが微かに響く。

レイジは眉をひそめたが、立ち止まりはしない。

グルーディオの町を発ち、鏡の森を越え、黄昏たそがれ山脈の麓に辿り着いたとき――前方に、ふたつの人影が揺れていた。



近づくにつれ、その姿が仲間のエルナとビクライであると分かった。

攻撃魔法職のエルナと、回復魔法職のビクライ――魔法スペシャリストの二人は常にペアで行動し、絶妙な連携攻撃を得意としている。


エルナは、理不尽なことや筋の通らないことが何よりも嫌いで、正義感と短気が表裏一体となった性格だった。

一方で、一見クールに見えるビクライはというと――実は賭け事が好きで、レイジと一緒に旅芸人の芝居を観に行くのが何よりの楽しみという、意外な感性派だった。


しかもその芝居というのが、子供でも内容が読めるような、勧善懲悪まっしぐらの田舎劇団のもの。

筋書きがあまりに単純すぎて、観客すら途中で飽き始めるような舞台だ。

それなのに、レイジとビクライはというと――何度観ても、同じシーンで、毎回そろって号泣。


他の団員たちはというと、「あの二人、また泣いてる……」と気まずそうに目をそらし、自然と予定を入れて一緒に観に行くのを避けるようになっていた。



「レ~イジく~ん!」

エルナが朗らかに叫び、手を振る。レイジは軽く手を上げて応じた。


「レイジくん。昨日、パルから“絶対に一人で動くな”って、念を押されてなかったか?」

レイジよりも年下のビクライが、まるで親のような口調で言う。


レイジは苦笑いを浮かべ、頭をかきながら二人の前に立つ。


「おまえら……なんでここに?」


エルナはすかさず腕を組み、呆れたように言い放つ。

「レイジがまた、“仲間を巻き込みたくない”とか思ってコソコソしてるの、バレバレだったからね」


「一人で動くの、見え見えだったろ」


と、ビクライも即座に被せてくる。


レイジはバツが悪そうに視線を逸らし、小さく頭を振った。


「……パルが見張れってさ」


「……あいつぅ~……」


レイジが空を見上げて呻く。

実際、パルの指示で四方の道には見張りが配置されていたのだ。


「で、どこに行くつもりだったの?」


エルナの問いに、レイジは短く答えた。


「アデン城だ」


「確か、いまの城主って……うちの元団員のゼイラスが所属してる、あのブレイヴディラーだよね?」


「ああ。ゼイラス宛に手紙を送った。ブレイヴディラーの盟主・アルカンブーストに会わせてほしいってな」


レイジは、二日前にキメラスーン(小型の伝書モンスター)の足に手紙を結びつけ、飛ばしていた。


「それにデュランには“至急戻れ”って添えておいた。……今頃は、もう動いてる頃だと思う」


「ふーん。レイジにしてはいい判断だね」


と、エルナが珍しく褒めると、


「まあ……ちょっとだけどな」


と、ビクライも続く。


二人からの評価に、レイジは得意げに腕を組んでニヤついた。


だが、エルナの表情が引き締まる。

「ただね、この辺りは“ゾドムの森”って呼ばれてる。鋭い三本の鉤爪を持った獣鬼じゅうきが群れで徘徊してるから、注意しないと」


「ゾドムは、近くで動くものにタゲ(ロックオン)ってくることが稀にあるけど、叩かなきゃ大丈夫だ。レイジにタゲがいった状態で、オレらがヒールやバフを使うと、こっちにタゲが移るんで、気を付けないとな」

ビクライの声には、わずかに緊張が混じっていた。


「おれにタゲってきたら、放っといていいよ。ひとりでやっちゃうから。もし逝っても、リザしてくれりゃ問題ないし」

レイジが軽口を叩くと、


「ゾドム一体倒すのに、うちのクランでも三人がかりだぞ」


「しかも、その三人の中にレイジがいる時点で、もう絶望的だけどね」

ビクライとエルナが容赦なく畳み掛ける。


「いやいや、おれなら一人でも大女王部……いや、だいじょ、び……」

レイジがよく分からない言い直しを始めたところで、ふたりは無視して、続ける。


「それにさ――」

ビクライの声が再び引き締まる。

「ニュルンベルグの“龍神鬼”も、レイジを狙って動き出してるって噂。……マジで慎重に行動してくれよ」


「……あ、ああ」

途中で途切れた自慢話が消化不良のまま、レイジは渋々うなずく。


ニュルンベルグは、いまや五つの城を陥とした常勝の軍勢。

『深紅の悪魔』ライザによって、知雀明ちじゃくみょう仙空惨せんくうざんという二つの主戦力を失ったとはいえ、まだなお圧倒的な力を誇る。


その中でも、最強の四天王のひとり――南部軍を率いる将軍・龍神鬼りゅうじんき

その名はすでにアデン地域にも鳴り響いており、“城の前に現れたら詰み”と言われる存在だった。


「そうだな。絶対に見つからないようにし……」


レイジの言葉が、ふいにそこで止まった。


――ゴクリ。


エルナとビクライが、レイジの見つめている後方へ振り返った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


そして、三人の絶叫が、山にこだました。


そこには――


血盟ニュルンベルグの紋章を背負った兵士が、二十名近く。

整然とした足並みで、こちらへと歩いてくる。


そしてその最後尾には――


ただ歩いているだけなのに、大地がわずかに揺れたような錯覚を覚える、“異質な存在”がいた。

一目で分かる。格が違う。空気が変わる。


身体中から放たれる重圧が、霧を押しのけ、空気ごと空間を圧していた。


「な、なんでぇぇええええええええ!?!?!?」


レイジの叫びは、ほとんど泣き声だった。


「レイジ、やばいぞ!」


「逃げるしかないね!」


ビクライとエルナの言葉を合図に、三人は背を向け、反対方向へと駆け出そうとした。


が、それよりも速く――


ニュルンベルグの兵たちは弧を描くようにして動き、一瞬で三人を包囲した。


無駄のない一斉の布陣、その圧倒的な統率力。

それはただの軍勢ではなかった。


3人は、絶望交じりの息を呑んだ。


(――これが、“龍神鬼”が率いる、史上最強の軍隊!)


目の前にあるのは、“悪ふざけ”ではすまされない現実だった。

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