第5話
ネオフリーダムのアジトの門前で、二人の兵士が倒れていた。まだ身体からは煙が上がり、炭のように燻っている。
パルが駆け寄り、彼らの脈を取ると、首を横に振った。
「ダメだ。完全に死んでる」
「なんで……セシリア、なんでだ?」
レイジが呆然としたまま、煙る遺体から視線を移し、セシリアを見つめた。
彼女の肩は小刻みに震え、焦点の合わない目は虚空を見つめていた。疲労と恐怖で、セシリアの唇は青紫に変色している。
「嫌なのよ……もう、うちの誰も死ぬのは嫌なの……っ!」
セシリアの目は赤く腫れ、顔は蒼白だった。この数日、続いていた緊張と心労の限界はとっくに超えていた。
レイジは静かに彼女の傍まで歩み寄り、そっと右手で首元を抱き寄せ、自分の額をセシリアの額へと重ねた。
「悪かった。全部、俺が悪かった……」
ぽたり、ぽたりと、セシリアの涙がレイジの鎧の胸を濡らしていった。
「もう大丈夫。もう誰も死なせない」
レイジがそう囁くと、セシリアは嗚咽を漏らしながら、彼に身を委ねた。
そのやりとりを、皆は黙って見守っていた。重い沈黙が場を覆う。
「わたしたちのせいだね」エルナがぽつりと呟く。
「そうだね。みんなのせいだ」ブルーベルが続け、シエンが周囲を見渡しながら同意した。
セシリアが盟主不在を補おうと懸命に立ち回っていたことを、誰もが知っていた。
だが、その空気を切るように、冷静なパルが現実を口にする。
「で、この二人の死体……どうする?」
レイジが遺体の傍へ歩きながら応じた。
「返すしかないだろ。向こうに」
「はぁ!? 誰が?」
ブルーベルが両手を広げ、大げさなジェスチャーで叫ぶ。
「行く者が無事に戻れる保証はないんだよ」
エルナが言い、隣のビクライも険しい顔をして黙って頷いた。
「……わたしが行きます」
セシリアが、顔を上げて一歩前へ出た。
「無理だろ。行かせるわけがない」
シエンが感情を押し殺した声で制し、パルも小さく頷いた。
「じゃあ……おれしかいないか」
レイジが周囲を見回した。
「ないない。絶対ムリ」
パルが食い気味に否定した。
「レイジが交渉なんてできるわけないし、万が一捕まったら、クランごと終わるから」
「チルルもいるでしょ」
ブルーベルがレイジの肩を小突くように言う。
「いやいや、俺は強いし、大人だし……」とレイジが反論しかけたその時、
「ちょっと待って!」
今まで黙っていたミロイが前へ出てきた。
「兄やん、ぼくが行きます!」
「バカ言え、おまえの身体は──」
「分かってます。だからです」
ミロイがレイジを真っ直ぐに見つめる。
「来月から湯治場で静養です。行けば暫くは戻れない。だからその前に、できることをしておきたい」
そう言って指笛を吹くと、厨房の裏から彼のペット―大型の四足獣・ガジマルが走り出てきた。
「それに、こいつもいますから」
ミロイは迷いなく、馴染んだ動きでガジマルの背に跨った。
ガジマルは人の二倍はある体躯を持つ、鉄鱗をまとったトカゲに似た騎獣。
クリっとした目は、人の言葉を理解しているかのようだった。
このガジマルは、ミロイが卵から育てた相棒だった。
「だけど……この死体を見て、敵が仕掛けてくるかもしれないんだぞ」
レイジが懸念を口にする。
「兄やんの無茶狩りで、逃げ足だけは鍛えてきました。自信あります」
ミロイが冗談めかして言った。周囲が小さく笑った。
実際、ミロイの逃げ足はクラン随一だった。
「……本当に大丈夫か?」
「うい!」
しばらく沈黙していたレイジは、やがて小さく頷いた。
「分かった。おまえに任せる」
「……また、迷惑ばかりかけて……情けないな、わたし……」
セシリアが、祈るように呟く。
「副盟主は、寝不足なんだから、ゆっくり休んでてください。あとは、任せて」
ミロイが微笑んだ。その笑顔はどこか、レイジに似ていた。
そしてその微笑みが、セシリアの胸の奥に、ほんの少しだけ、灯をともした。
――やがて、二人の遺体を荷車に乗せ、ガジマルの首に繋ぐ。
「ミロイ!」
出発寸前、レイジが声をかけた。
「そこの二つも、忘れずにな」
ミロイが視線を落とすと、地面には、魔法の爆発で焼け焦げた仙空惨と知雀明の首があった。
レイジが傍にいた、パブロとビクライに視線を送った。
「……は?」
パブロとビクライは顔を見合わせると、誰もいない背後を一度振り返った。
諦めたように肩をすくめ、布を引っかけるようにして、できる限り腕を伸ばしたまま荷車へ放り込んだ。
「ミロイ、絶対に戻れよ。何があっても、絶対に生きて戻って来い。いいな」
「うい!」ミロイは、元気に返事をすると、ガジマルに進めの合図を出した。
そして――
巨大なガジマルに引かれた荷車は、ゆっくりと動き出す。
仲間たちに見送られながら、その背中は次第に、夕暮れの地平に溶けていった。




