第6話
ネオフリーダムがクラン内から死者を出すのは、これが初めてだった。
バニラの葬儀には、グルーディオを拠点とする友好クランがすべて駆けつけてきた。参列した多くの者が見守る中、パルやセシリアたちがバニラを手厚く葬った。ラズベリーが一房、バニラの胸に添えられていた。潰れかけのグリンアップルも一緒だった。
しかし、レイジは葬儀に姿を見せなかった。
彼女をクランに誘ったのは自分だった。
今回の件に、もしニュルンベルグの知雀明が関わっているとしたら、自分が彼を殺さなかった甘さが、遠因になっているかもしれない――そう思わずにはいられなかった。
全ての責任が、自分にある。
レイジは街の酒場に入り浸っていた。
「おまえが、守るんじゃなかったのかよ……」
酒瓶の中に、彼女の笑顔が浮かんでは消えていく。
酒で心を麻痺させ、酔った勢いで武器も持たずにゾドムに挑みかかる。
もちろん敵うはずもなく、満身創痍で倒れて、逝ったまま街へ戻り、再び酒を煽る――その繰り返しだった。
◇
葬儀が終わったその夜。
セシリアは一人私室で、二日前の出来事を思い出していた。
夕食後、レイジに誘われて、二人で狩場へ出た。
クラハン後もレイジは、一人でレベル上げをすることがあった。レイジと二人の狩りは久しぶりだった。
「レイジ、最近レベル上げ、すごく頑張ってるよね?」
セシリアがMP回復のために腰を下ろす。
「ああ。守ってやる奴ができたからな」
レイジは歩いてきて、彼女の隣に腰を下ろした。
「……バニラ?」
「ああ。ドジですぐにパニクるところなんか、おまえにちょっと似てるよな」
そう言われて、セシリアは少し複雑な表情を浮かべた。
「今日は、星がきれいだな」
「うん。レイジと二人で狩りをするの、久しぶりだね」
「だな。昔はしょっちゅう一緒に狩ってたのにな」
「思い出すね、……昔のこと」
セシリアも空を見上げた。ちょうどそのとき、星が一つ流れた。
「ああ、みんな弱っちくって……」
レイジが顔を向けると、セシリアは目を閉じて何かを願っていた。
「え?……うん」
「……あの頃は、毎日震えながら狩りしてたな」
「それはレイジが、モンスター大量に釣ってきて、無茶するからでしょ。真っ赤なリザードマンの大群を連れて来た時は、本当に怖かったんだから」
「そんなこともあったな」
レイジが笑う。セシリアも、微笑む。
「まだ誰も蘇生魔法も使えなかったし、復活ポーションも高くて買えなかった。……全滅してさ、それでもみんなでゲラゲラ笑いながら、逝ったままで村に戻ってた。懐かしいよね」
「そうだな。大地にひっくり返って、青い空を見ながら、俺たちよりも強かった魔物に、アハハハってみんなで大笑いしてたな」
レイジは夜空を見上げた。
「……あの頃と、この空は、ちっとも変わってないな」
「逝くと経験値が減って、死ぬほど痛いのに、誰も愚痴や不満とかも言わないで、みんなが自然に、みんなの事を思っていた。そんな押し付けない、さりげない優しさが溢れていたよね」
「まあ、今もそうだけどな」
レイジの言葉に、セシリアが小さく頷く。
「変わってないよね……」
しばらく見上げていたセシリアの頬に、そっと一筋、涙が流れた。
「どうした?」
「きっと……あの星の一つひとつに、……誰かの願いが張り付いている。……それが叶ったのかなって思うと、なんだか少し切なくなって」
「……そうだな」レイジも空を見上げた。
「元気出せよ。……セシリア、そろそろバフ頼むわ」
レイジが立ち上がろうとする。
「今度ね」
セシリアが微笑む。
「アホぉ、今度じゃねぇ~よ。今だ、今!」
「だって、もう少しこうして……レイジとまったりしてたいんだもん」
――それが、たった二日前の出来事だったとは、とても思えなかった。
昨日、バニラが殺され、たった一日で、世界の景色はすっかり変わってしまったのだから。
◇◇◇
ナイアガラ・タカは、巨大な長槍を構えて、にやりと笑った。
「ナイアガラ・ブラザーズ!……最後まで言わせろやあああっ!!」
弟のトシが鉄球付きの鎖を、ブルンブルンと頭上で回し始める。
ライザは、冷ややかな眼差しで、二人の巨漢を見上げていた。
「死ねやぁぁぁぁぁー!」
トシが力任せに鉄球を投げつけてくる。
「グッツン!」
ライザは大斧を振り上げて叩き落とす。
鉄球は地面に叩きつけられた瞬間、真っ二つに砕け散った。
「チクっとなぁぁぁー!」
タカがライザの顔面を目がけて、長槍を突き立ててくる。
「クッキーン!」
ライザは斧を横から弾き飛ばした。――槍の柄が折れた。
槍頭はクルクルと回転しながら地面に突き刺さり、次の瞬間――
二人の首が宙を舞った。
「喧しい」
ロンズデーライトの大斧は、刃こぼれ一つしていなかった。
――五分後。
ライザの斧の刃が、生き残ったリーダー格の男の首元に突きつけられていた。
「おまえは、どこの盗賊団だ?」
「……」
「わたしは気が短い。一度しか聞かない。誰の指図だ」
男の頭は割れ、血が顔半分を覆っていた。片目は開かず、右目だけでライザを睨み返す。
「……知らねぇなァ」
「そうか」
ライザは斧を下ろすと、男を後ろに押しやった。
背を向け、斧を前に突き出す。身体を左回転させて砲丸投げの要領で斧を放ち――
男の首が宙を飛び、血飛沫とともに胴が崩れ落ちた。
その瞬間――
「ハルト!?」
胸騒ぎがした。ライザは来た道を、無我夢中で走り出していた。




