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アデン大戦記 ―今日も俺たちは死にかけている―  作者: 霧原零時
第四章 仲間との別れは唐突に
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第3話

――一週間後。


ネオフリーダムはいつもの狩場でクラハンをしていた。レイジは誕生日の翌日から、休みなく狩りに参加し続けている。


「よーっし、今日もワンダフル!」


大剣を振り抜き、最後の魔物の首を跳ね飛ばしたレイジは、満足げに仲間たちの元に戻ってきた。


「今日、ハルトはどうしたんだ?」


休憩中の輪に腰を下ろしながら、レイジが尋ねる。


「家の用事らしいよ。今日はお休みだって」


パルが答えた。


ネオフリーダムは魔法職の比率が高く、前衛が不足しがちだった。だから、この日はレイジが盾役も兼任している。


「セシリア、俺へのヒールは少し遅らせていいぞ。もし逝っても、リザで蘇生してくれりゃ十分だ」


「はい、MP節約のためにもそうするよ」


セシリアは素直に頷いた。


「今、タゲ集めてるのはオレだから、そこにセシリアがヒール飛ばすと、タゲがヒーラーに移る。だから、魔物たちには攻撃やデバフ入れて、できるだけタゲをばらしてくれ。じゃねぇと、ヒーラーが先に逝っちまう」


「了解!」


パル、ミロイ、ブルーベルがそれぞれ頷いた。


「遠隔攻撃してくる魔物は、私に任せて」


盾と剣を装備したシエンが名乗り出る。

エルナとビクライは、この日は別行動でペア狩り中だった。


「あと、移動力低下のデバフは効果がデカいから、バフ屋は優先してくれ。……よし、みんな動きが良くなってる!」


レイジが笑って親指を立てると、団員たちも笑顔で応じた。


「兄やん、レベルけっこう上がったんじゃない?」


ミロイが尋ねる。


「ああ、57だ」


「すごいね!」


セシリアの声には、驚きと称賛が混ざっていた。


レイジはすでに二次職のウォーリアに転職しており、両手持ちのレボリューションソードを構えていた。見た目だけなら、“最弱盟主”にもいよいよ卒業の兆し……かもしれない。


「そういえばさ、ニュルンが北方のブリザック城を落としたって、街で噂になってたよ」


ブルーベルが場の空気を一変させるように切り出した。


「レオが守ってた、あの難攻不落の城が……?」


パルが眉をひそめる。


「次は、グルーディオ城が危ないね」


ミロイの声に、場の空気が一瞬沈んだ。


「うちも、そろそろ本気で備えないと」


シエンが冷静に応じた。



◇◇◇



――同時刻。


バニラは果物籠を胸に抱え、いつものように山地からアジトへ戻ってきた。洋梨、ラズベリー、少し潰れたグリンアップル。仲間の好物を思い浮かべながら、今日はいつもより多めに採ってある。それは、すっかりバニラの日課になっていた。


「あれ……?」


門の前で、バニラの足が止まった。いつも閉じられているはずの門扉が、半端に開いていたのだ。中には人の気配は感じられない。


(……変だな)


警戒しながら、バニラはそっと門を押して中庭へ入る。風が一度、木々を揺らしたその瞬間――


ゾクリ、と背後に気配。


振り返ったバニラの視界に、男の姿があった。まるで影のように、そこに“現れていた”のだ。その右手には、白い柄の湾曲した剣。異様なくらい静かなその刀身が、夕陽を吸い込んで鈍く光る。


刹那、男が踏み込む。無言のまま、迷いのない斬撃。


――シュバッ。


バニラは咄嗟に逃げ出そうとしたが、足がもつれて前につんのめり、両手が地面を滑った。


その瞬間、背中に激しい衝撃と痛みが走る。


「……あ、あぁ……」


斬られた箇所から鮮血が噴き出し、手に持っていた果物籠がはじけ飛ぶ。果物が転がり出し、白い地面に、赤い血と赤いラズベリーが混じって広がった。


男の足音が、ゆっくりと近づいてくる。


(逃げなきゃ……)


立ち上がりながら、震える手でポーチを探る。指先が掴んだのは、小さな金色の小瓶――万能回復薬だった。すぐに使えば、間に合う距離。回復して、走る。それで逃げきれる。


だが――


視界の隅に、小さな人影が映った。


<<チルル……!?>>


「逃げて――ッ!!」


バニラが、あらん限りの声を振り絞った。


その瞬間、男が振り向いた。――男は、チルルの方へ剣を構えて突進した。


バニラはポーションの蓋にかけていた手を止めた。――迷いはなかった。


「ダメッ!!」


叫びとともに、バニラは男に飛びかかる。小さな体で全身をぶつけるようにして。


瞬間――


ズブリと、腹に異物感。


「――ぐふっ」


呼吸が、止まった。男の剣が、バニラの腹を貫き、その剣先は背中から突き出ていた。口元から、血の泡が弾ける。


「に……げ、て……」


チルルは、瞳に涙を浮かべたまま、悲鳴をこらえて門外へ走った。


「……チィッ!」


男は舌打ちすると、追おうとした。が――


バニラが体に抱きつくようにして離さない。小さな体にありったけの力で、離すまいとする。


「邪魔だ」


苛立ち混じりに剣を引き抜き、バニラを足蹴にして突き飛ばした。


「な、何を……!」


そこへルピタが帰ってきた。血だまりの中で倒れるバニラを見て、顔色が変わる。


「バニラ! バニラ!」


駆け寄り、彼女を抱き起こす。


「ごめん……わたし……」


バニラの目から涙がこぼれ落ちる。


「もう、しゃべらないで……!」


ルピタも涙を流しながらバニラの名を呼ぶ。


「絶対にって、絶対にって言われたのに……わたし……ずっとここに居たかっ……」


ガクンと頭が垂れた。


「……バニラ……っ!」


ルピタの肩が震えていた。怒りと悲しみが入り混じった目で、目の前の男を睨み据える。


「おまえ……!」


双剣を抜き放ち、ルピタが吠えるように叫んだ。


「いいねぇ……そういう顔。後悔と絶望が、混ざったその目。……で、別れの挨拶は終わったか?」


男はまるで小馬鹿にするように唇を歪め、余裕の笑みを浮かべる。


「笑ってやがる……ッ! いい大人が何してんだよ!」


激情のままに、ルピタが斬りかかる。鋭い剣閃が男を襲う――だが。


男はその一撃をあざけるように受け流すと、わずかに身をひねって剣を反転させ、重みを込めた一閃をルピタの胸元へ――。


――シュバッ!


「くっ……ああっ!!」


軽装の胸当てが裂け、真紅の鮮血が飛び散る。刹那、ルピタは咄嗟に剣で一撃を半ば受け流したものの、体勢を崩して足元がもつれる。


そのまま後方へ――井戸の縁に積まれていた石に、ルピタの頭が叩きつけられた。ゴンッ!と鈍い音が響き、彼の体が崩れ落ちる。双剣は手から滑り落ち、動かない。


Eランクのルピタが太刀打ちできるような相手ではなかった。


男が剣を構え、動かぬルピタへと歩み寄る。止めを刺す――その一歩を踏み出そうとした、その時。


「――何をしているッ!」


怒声が空気を裂いた。厨房の扉が勢いよく開かれ、そこに立っていたのは、殺気をまとった獣のような目をしたライザだった。その直後、ハルトが駆け込んでくる。


男はちらりと視線だけを向けたが、無言のまま歩みを止めない。ルピタへ向かう。


「やめろッ!……殺すぞ!!」


ライザの獣が吠えるような声が、空気を裂いた。それは怒気に満ち、ぞくりとするほどの迫力を帯びていた。


――男の足が、一瞬止まった。


「バニラが……」


ハルトが崩れ落ちるように膝をつく。目の前の血だまりの中、倒れたバニラを見て、拳を握りしめる。


「なんで……なんで、危害は……加えないって……」


その声がかすれていく中――

外から、怒号のような足音が近づいてきた。複数人の気配。


ライザが男に駆け寄ろうとした、その瞬間――


「ライザが殺したァ!!」


突如、男が怒鳴り声を上げる。ルピタから目を逸らすと、反対側の門へ走り出した。


「なっ……何!?」


あまりの唐突さに、ライザが一歩動きを止める。その隙に、男の姿は門扉の向こうに消えかけていた。


――足音が、もうそこまで来ている。


「ハルト、ここは逃げるよ!」


ライザは迷いなく動いた。ハルトの首筋を掴み、半ば引きずるようにして裏口へ駆け出す。


その彼女の瞳に宿っていたのは――燃え盛るような激情と、すでに取り戻せない過ちへの慟哭。そして何より、自分自身への激しい怒りだった。

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