第2話
ルピタが、いつになく神妙な顔で近づいて来た。
「盟主、今更なんスけど……」
「ん?」
「うちの【ネオフリーダム】って、ハンタークラン……っスよね」
「おまえ、それ知らないで仮入団したのか」
「いや、あの……ちょっと……」
口を開きかけて、すぐ閉じやがった。やれやれ。
「まあいいか。うちは“モンスター狩って、喰って、生き延びる”ハンタークランだ。対人戦は基本やらねぇ」
「ってことは……対人クランって、城とかガチで奪い合う連中っスよね」
「そう。百人単位で軍隊みたいに攻め込んで、他のクラン潰して、城ごと奪ってく。金も名声もガッポリ、でも命の保証はゼロだ」
「ほへぇ……自由も命も無くなるっスね」
「だから怠け者の俺には、まるで向いてねぇって話よ」
ルピタは「そっすね~」と頷いたあと、ふと真顔に戻る。
「でも、ハンターってどうやって稼いでるんスか。 魔物って、でっかいじゃないっスか。運べないっスよね」
「おまっ……そこまで知らねぇで来たのか」
「へへっ」
「狩った魔物は【ジェムル】って吸収玉に入れてな。そいつを城下の買取屋に持ってって、換金すんの。そっから分解されて、素材として鍛冶屋や料理人に流れるって寸法よ」
「素材! それ、聞いたことあるっス! モンスターの鱗でできたフライパンとか、めっちゃ人気っスよ!」
「そういうこと。ハンターは“狩って、吸い込んで、売って”、で暮らしてんのさ。生活基盤としては安定してるけど……まあ地味だな」
「いやいや、堅実が一番っスよ。でも……ネオフリーダムって、精鋭ばっかなんスよね。 聞いたっスよ、“個性強めの少数最強”って!」
「ああ。おまえが仮入団して、今ちょうど12人目だ。……ただし、俺以外は全員AかBランクの化け物だけどな」
「たしか、レベル20までがE、40までがD、80超えるとAランク……っスよね。 ぼくなんかEの中でも最下層っスから、村の外れで草むしりでもしてろって感じっスよ……。こないだなんて、レベル1のニワトリに追いかけられたっスからね」
ルピタが少し拗ねた顔をした。
(なんとか元気付けてやるか)
「そういえば、うちの団員が言ってたんだ。“面白くてヘンな奴がいる”って……。そんで連れて来たのが――」
「ぼくっス!!」
ルピタが全力で胸を張る。もう元気になりやがった。
「ほんと、いろんな意味で最強だよ……いろんな意味でな」
「で、盟主のランクは?」
「俺か。 Dランクだ。堂々の最弱。ちなみに武器もDグレード」
「マジっスか!? で、なんでそんな人が盟主やってるんスか」
「語ってるのが俺だからだよ(ここ大事)」
「いやいやいや、ツッコミ待ちにも程があるっス!」
「まあ実際、クラン統率してるのはだいたい副盟主のセシリアだな。真面目で一生懸命な真剣全力系女子……なんだけど、ちょいちょい天然。たまに爆弾落とす。――これ、言うなよ」
「爆弾って、物理スキルっスか!? ギャグの意味っスか!? 実際に落ちるんスか!?」
こいつ、腹抱えて笑ってやがる。全部正解なんだよ、とは言えねぇ。
「で、ネオフリーダムって、実際どれくらい強いんスか?」
「魔物の年間収穫量だけ見りゃ、30人規模の中堅クランと同等だな。うちはたった十数人だってのによ」
「すげぇっス……!」
「世界の7割がCランク以下って中で、うちはAとBの精鋭集団――まあ、俺を除いてな」
「そこだけ妙に強調しないでほしいっス!」
こいつ、仮入団でまだEランクなのに、よく喋る。……いや、俺が言えた立場じゃねぇか。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「おっしゃああああああ!!」
ルピタは右腕を突き上げて、狩場へダッシュしていった。……こいつ、本当に元気だけはある。
行き先は、城の東側にある狩場だ。
俺は、枕代わりにしていた鎧を手に取り、身体に装備した。
そのときだった――
「きゃああああっ!」
西の城門のほうから、女の悲鳴が響いた。
アバラの痛みも忘れて、俺はすぐに駆け出す。
このときの俺はまだ知らなかった。
この日、西門で起きた小さな出来事が、後に血盟ネオフリーダムと、ニュルンベルグとの地獄の戦争に繋がることを――。
◇
城へ続く石畳に、エルフの娘が倒れていた。
重厚な鎧をまとった四人の戦士、対人クランの男たちが彼女を取り囲む。張り詰めた殺気が空気を震わせ、周囲の群衆は一歩も踏み込めない「空白」を生み出していた。
(あれは対人クランか)
俺は痛む脇腹を押さえながら、現場へ急いだ。
その時、西門から逆方向へ、斧を背負った小柄な影が駆けてくるのが見えた。
「ブルグ!」
俺が呼びかけると、ブルグは立ち止まり、眉をひそめて近づいてきた。
「何があった?」
「若いエルフの娘が、見慣れない連中に絡まれてる。どうも、わざとぶつかられたっぽい」
「対人か……」
「たぶんね。質の悪そうな連中だった」
ブルグの口調には、怒気がにじむ。
ブルグはハンタークラン『サザーランド』の副盟主を務める、中年の女ドワーフだ。小柄ながら屈強で、斧を担いだ後ろ姿はまるで熊のようだった。彼女のクランは百人を超え、グルーディオ領内でも屈指の規模を誇る。この辺りは狩り場が重なるため、ハンタークラン同士にはある程度の協定が築かれている。
だが、対人クランは別だ。彼らは領地や報酬を奪い合う存在で、ハンターとは根本的に目的が異なる。
「かわいそうに……」
ブルグの言葉に、俺は苦い顔でうなずいた。
「で、おまえはどこへ」
「仲間を呼んでくるよ。……あれ、放っておいたら厄介なことになる」
ブルグはそう言って、エルフの娘の方を顎で示した。
「ジンは見たか」
「いや、見てないけど……どっかで飯でも食ってんじゃない」
ジンは『サザーランド』の女盟主だ。黒髪を束ねたオークで、褐色の肌に筋骨隆々の体躯をしている。左目には、この地域最強とされるAランクモンスター「ゾドム」との戦いで受けた深い傷が走っていた。
この世界では、モンスターに倒されても「死」ではない。体力(HP)が尽きれて激痛に見舞われるものの、復活は可能だ。
しかし、対人によって殺された場合は**「真の死」**を迎える。それは、二度と目覚めることのない魂の消滅であり、存在そのものがこの世界から完全に消え去ることを意味する。それこそが、対人クランがハンターや一般市民から恐れられる理由だった。
「分かった」
俺が走り出そうとした瞬間、ブルグが俺の手首を掴んだ。
「ぐおッ! いてててて!」
それは肋骨を痛めている方の腕だった。ブルグは気にも留めず言い放つ。
「レイジ、あんたは《《超弱いんだから》》、気を付けなよ。それにもしかしたら、あいつらニュルンかも……」
「ぬルン?」
「違う。“ニュルンベルグ”」
「……どっちにしろ噛みにくいな」
「真面目に聞け」
ブルグは低く呟いた。
「ニュルンベルグ……?」
俺は聞き慣れない名前に首を傾げた。ブルグが俺に顔を寄せて言う。
「北部の四つの城を落とし、未だ無敗。この大陸で最強の対人クランだ」
◇
――この時、遠い北方で、後に俺たちの運命を大きく変えることになる戦いが始まっていた。