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第1話

血盟ニュルンベルグの本拠地、シェヴェリーン城――。


ミストラス領の南部に位置するその壮麗な石造りの要塞では、夜になっても松明の火が絶えることはなかった。まるで揺るぎなき意志の象徴のように、重厚な静けさを放っていた。


主殿の大広間の中央に据えられた椅子に座していたのは、“奇跡の軍師”の異名を持つ知雀明チジャクミョウだった。

彼の前には、四天王のうち二名の将が整然と並んでいた。


「次なる標的――グルーディオ城の周囲には、複数のハンタークランが巣食う。グルーディオが落城するまでの間、やつらには大人しくしていてもらわねばならぬ。その中心に位置するのが、盟主レイジ率いる『ネオフリーダム』なる小規模クランじゃ」


知雀明の鋭い眼光が、向かい合う将たちを射抜いた。その語気の奥には、ネオフリーダムに対する私怨の色が濃く滲んでいた。


「このネオを従わせれば、他のクランも黙るであろう。じゃが、うぬらが直接レイジに手を出すことは許さん。我らが表に出れば、ニュルンベルグとの繋がりが露見してしまう。ゆえに、やつらの仲間を取り込んで、内から崩すのじゃ」


血盟ニュンベルグは、すでに五つの城を陥落させた常勝の軍勢である。

その常勝無敗の裏には知雀明の策略があり、ニュルンベルグがこれまでの戦いで一度も負けていないことから、知雀明は常に勝利する『奇跡の軍師』とも呼ばれていた。しかし、実情はブリザック城の戦いのように、四天王の個々の能力に依存している部分が大きかった。さらに、彼は勝利を全て自らの功績と過信し、常勝を最優先するがために、時に独断専行に過ぎるきらいがあった。また、プライドが非常に高く、傲岸不遜ごうがんふそんで自尊心が強く、自分に対する軽んじた態度や冗談を許さなかった。


「なぜに、そんな小賢しい真似を。……対人戦もろくにできないハンタークランなど、ヘタレの寄り集まり。我が兵二十もあれば、一掃など造作もないわ」


そう口を挟んだのは、西部将軍・仙空惨センクウザンだった。

仙空惨は、重厚な甲冑と長大な槍斧そうふを操る猛将である。しかし、その実力は装備頼みで、高価で高性能な装備を揃えることに固執していた。部下には身分や武功をひけらかし、命令は場当たり的。味方を窮地に陥れることも度々あり、評判は良くなかった。


「ネオがハンタークランとはいえ、周囲には侮れぬ盟友も多い。派手に動けば、むしろ敵を招くばかりじゃ」


知雀明の冷静な口調に、北部将軍・沙羅夜サラヤがふっと息を漏らすように呟いた。


「また、世迷言を……」


沙羅夜はゆるやかに首を振る。

沙羅夜は、四天王の紅一点であり、人望が厚い姉御肌で、実質的なニュルンベルグの要だった。情報収集に長け、妖艶な容姿と華奢な身体は、しなやかで屈強。幼い頃に心に受けた傷から、これ以上傷つきたくないという思いで、普段は浮世離れしたキャラクターを演じていた。本来は大弓の名手だが、身の軽さと急所を的確につく短剣の使い手でもあり、剣技においても実力者だった。


「あははっ、沙羅夜ものらぬ顔だな。今回はお主とも気が合いそうだな」


「仙空惨、うぬと一緒にするでない」


沙羅夜は目を細め、静かに王座へと視線を移した。


「お館様。我が密偵の報告によれば、ネオフリーダムの者たちは見た目こそバラバラなれど、その絆は異常なまでに強固とのこと。一ギガ積まれようと、裏切る者はおらぬとか」


「で、……であるか」


王座に座す男――血盟ニュルンベルグの盟主、羅観王ラカンオウが静かに頷いた。羅観王は、ミストラス地方の初代皇帝にして、王家の血を引く人物だった。威厳ある佇まいに、物静かで温厚な態度。平和で安定した国造を目指し、家臣と領民を大切にした。


「面白い。……まっこと面白い。ヘタレのくせに、仲間想いとは……滑稽だな」


仙空惨が鼻で笑った。


「知雀明よ。で、策は?」羅観王が静かに問うた。


「すでに、すべて整っておりまする」


「すでに……? ということは、もう裏切った者がいるのか?」

仙空惨が声を上げた。


「万事、滞りなく進んでおります」


「……それが、ただのヘタレでは困るぞ」

沙羅夜が冷ややかに釘を刺した。


「その者は、ネオの中でも最強と目される。レベルはAランク」


「最強だと? ……沙羅夜、貴様の調べでは誰がネオで一番なんだ」


仙空惨の問いに、沙羅夜はしばし考えた後、口を開いた。


「おそらくは、いまアジトを離れている『雷嵐らいらんの貴公子』と呼ばれているデュランかと。じゃがデュランは、レイジの信頼を一身に受けておる者で、裏切るとは考えづらい」


「デュランではない。もっと性格が悪い……否、強さのみを追い求める、善よりは悪に近い。して、レイジにも容易に近づける者じゃ」


「悪に近い。……まっ、まさか!あの冷酷無残れいこくむざん、……地獄の大魔王も受け入れを断るという、深紅の……」沙羅夜が知雀明へ顔を向けた。


「元ネオフリーダムの『深紅の悪魔』ライザ。強さを求めて軟弱なフリーダムを見限り、今は傭兵として戦場を駆け巡り、敵に戦慄を与えておる」


「まさか……深紅の悪魔が?」


沙羅夜の表情が強張る。


「……堕ちたのか」


仙空惨が思わず身を乗り出す。その名は彼の耳にも届いていた。深紅の甲冑に身を包み、鬼神の如く戦場を蹂躙する悪魔の異名を持つ女。


「報酬は三千メガ。そして、ロンズデーライト鉱石製の折れぬ大斧を用意すると約束したら、二つ返事で応じたわ。もう一人――借金苦の盾役・ハルトにも、千メガを提示したところ、渋々ながら頷いた」


「その二人に、何をさせるのだ……」羅観王の声が低く響く。


「ネオフリーダムを内側から掌握し、グルーディオ城が落ちるまで他クランの動きを封じる。そのために――レイジの娘をさらっていただきます」


「子を攫う……」羅観王の眉が僅かに曇る。知雀明が頭を下げた。

羅観王は死者が出ない事が最善だと考えていた。しかし、下を向く知雀明の目は、異様な光を放っていた。


「子は……絶対に傷つけるな」


「御意」知雀明は深く頭を垂れた。


「して……ネオフリーダムが、二つの村を焼き払ったというのは真実まことか?」


「御意に」


だが、その場にいた誰ひとりとして、その噂の出処を問うことはなかった。

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