第6話
――――満足げな表情で、レイジは立っていた。
仲間たちが見せた、予想以上の粘りと奮闘。魔物の群れを全員で乗り越えたその姿に、盟主としてというよりも、一人の仲間として、心から誇らしさを感じていた。
そんなレイジに向かって、ブルーベルが手のひらを上下に動かし、こちらに来るようにと合図を送っていた。
彼は嬉しそうにうなずきながら、のそりと近づいた。
「ところで、レイジくん」
ブルーベルが意地悪な笑みを浮かべる。
「君って、あんなに弱いのに……どうして死なないの?」
「……へ?」
レイジがキョトンとした顔で首をかしげる。
「君は一体、ポーションを何本持ってるのかな?」
と、シエンが意味深な笑みを浮かべながら問いかける。
「兄やん、クラハンに持ってこられるポーションは、二本までって決めたよね?」
ミロイがじと目で睨みつける。
「それ、自分で作ったルールだよね」
と、パルが冷静に言い放った。
「レイジ、さっき岩陰でこっそりゴクゴク飲んでたよね?」
セシリアが近寄ってきて、レイジの腰のポーチをぐいっと引っ張る。
「お、おわっ!?」
勢いで道具袋が傾き、中から大量の回復ポーションがゴロゴロと地面に転げ出た。
盟主であるレイジは、クラン倉庫の出し入れが自由にできるのだ。
「おやおやぁ? ここはどこだ? 私は誰だ?」
とぼけるレイジ。
次の瞬間、全員から素手のグーパンが集中砲火のように叩き込まれた。バニラはその様子を見て、こらえきれずに吹き出した。
そして今日も、最後には鼻血を出して、レイジは地面に大の字で転がっていた。
◇
その日の夕方――。
バニラは世話係のパブロに頼まれて、アジト近くの山へ果物を採りに出ていた。
緩やかな斜面を登っていくと、小さな猫と、それにじゃれつかれている一人の男の姿が目に入る。
「かわいいですね。その猫、あなたの飼い猫ですか?」
声をかけると、男はゆっくりと答えた。
「……飼っている、というより。生き物はみな、自分の義に従って生きています。その運命を、人が定めるべきではありません。この猫は、ただ私のそばにいることを選んでいる――それだけです」
穏やかな声と白銀の長髪、端整な横顔が、山の静けさによく馴染んでいた。
「じゃあ、この子の名前は?」
「ふふ。残念ながら、私は猫語が分かりません。だから、こいつは――“猫”です」
「えぇっ!? 名前も決めないなんて……」
驚きながらも、どこか優しさを感じさせる独特な考え方に、バニラは思わず微笑んだ。
「じゃあ、あなたのお名前は?」
「わたしは……風華夢と申します」
その名を聞いた瞬間、山の風が一瞬止んだ気がした。――風華夢。
血盟ニュルンベルグの四天王。東部将軍として恐れられる、名うての剣士。
「このあたりは初めてで、知り合いもいません。もしよければ、少し案内をお願いしてもよいでしょうか?」
「わたしも来たばかりで、あまり詳しくはないんですけど……それでもよければ!」
バニラがにこりと笑って歩み寄る。彼女の目には、風華夢の装備が軽装に見えたため、そこまでレベルは高くないと感じていた。
「よかったら、今度クラハンにも来てみませんか? みんな優しくて温かい人たちですよ。……盟主だけはちょっと、自由すぎますけど」
「……自由、ですか。その盟主とは、どんな人物です?」
「わたしも最近入ったばかりなので詳しくは……でも、聞いた話では――
とにかく仕事嫌いで、一番弱いのに仲間を“ヘナチョコ”呼ばわりして、暴言は吐くし空気は読まないし、バーカって……」
「あははは、なかなかの問題人物ですね。それは立派な……役立たずだ」
風華夢が小さく笑う。
「ですよね。でも、なんだかんだで、みんなそんな彼を信頼してるんですよ。不思議ですけど」
「なるほど。あなたの話を聞いていると、その人物に会ってみたくなりますね。して、その方のお名前は?」
「ネオフリーダムの盟主、レイジさんです!」
その瞬間――風華夢の表情がすっと凍りついた。
(……レイジ……)
「? どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもありません」
そう言って、風華夢は静かに目を伏せる。
(まさか、このクランが……我が軍師の報告にあった、“罪も無き村を焼いた血盟”だというのか?)
胸の奥で、何かが引っかかっていた。
優しく微笑むバニラと、語られる“最悪の盟主”。矛盾した像が、風華夢の心を、確かに揺らしていた。




