第5話
翌日、最後の魔物を倒し終えると、パルは右手を高く上げて声を張り上げた。
「休憩、入るよー!」
本日三度目の休憩タイムだった。全員のHPとMPはすでに空に近く、膝をついた者たちは肩で息をしながら、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。MPとスタミナは休憩すれば自然回復するが、HPはそうもいかない。
クランハント(クラハン)中のポーション支給には制限があり、回復の手段はセシリアとビクライのヒーリング魔法に頼るしかなかった。そのセシリアのMPも、すでに底をついている。
「やったァ~……はぁ、はぁ……今日は、誰も逝ってませんねっ!」
泥まみれの顔のまま、バニラは息を切らしながらも明るい声を上げた。
その様子に、シエンはどこか意味深な微笑みを浮かべた。
「ねえ、シエンさん。今日はどうして盾と剣なんですか?」
ふと気づいたバニラが、シエンの装備に目を向け、首をかしげる。周囲を見渡せば、魔法職の者たちもみな、杖ではなく、盾や剣、あるいは双剣を手にしていた。
「そのうち、わかるよ」
パルが、短剣を両手に構えながら答える。
「兄やんの狩りはね、後衛も自分の身は自分で守るしかないんだ」
ミロイが頷きながら補足する。
「俺も柔らかいんで……」
盾役のハルトが、苦笑まじりに頭をかいた。前衛はハルトとレイジ、そしてパルだった。
その時だった――。
休憩していたレイジが、突然むくりと立ち上がり、満面の笑みで叫んだ。
「チャーーンス!」
次の瞬間、彼はモンスターの潜む林の奥へと走り出していった。
「みんな、回復ポーションは二個ずつ残ってるね?」
シエンの声に、全員が即座に「あります!」と返す。今日の狩りで、誰一人ポーションを使っていなかった。それは、このあとの“地獄”に備えて温存していたからだ。
「セシリア、MP残量は?」
「三分の一です!」
「ビクは?」
「空!」
「了解。最初はポーションでしのいで。ビクは、休んでて。セシリアはまずハルトを回復、バフもお願い!」
「任せて!」
ヒーラーのセシリアと、バフ担当のブルーベル姉妹が声を合わせる。
その隣で、ハルトが深く頷いた。
「今日はビクライさんがいるから、ヒーラーが2人なんで、僕はバフに専念します!」
いつもはヒーラーがセシリアだけなので、バフ役のミロイがヒーラーを兼ねていた。しかし、今日はバニラが加わるため、普段は別行動のビクライとエルナも心配して駆けつけて来た。
「OK、バフは私とミロイで全力回す!」ブルーベルが応える。
「ヒーラー2人とバフ班2人、今は、できるだけ座ってMP回復に専念して!」
「私は、シエンが休んでる間に攻撃に入る!」
エルナの力強い宣言に、シエンも「交互に行こう」と応じる。
緊張気味のバニラは、何かを察しながら辺りを見回した。
(なにが、はじまるの……?)
「来るよ。バニラは絶対、下がってて!」
シエンの鋭い声が飛ぶ。
「え? でも、今は休憩中じゃ……」
言いかけた瞬間、林から激しい足音と土煙が上がり、バニラの目が大きく見開かれる。レイジが地鳴りを立てて戻ってくる。その背後には――なんと三十体近い大型モンスターの群れが!
「全開で行くよ!!」
シエンの号令と同時に、全員が一斉に立ち上がる――!
◇
三十分後。
レイジは最後の一体を倒すと、くるりと振り返り、呟いた。
「……は?」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「嘘だろ……なんでお前ら、まだ立ってんだ……?」
彼の視線の先には、全員の姿があった。
「おかしいだろ。魔法職のHPなんて俺の半分以下だぞ? 一撃で沈むはずだろ……」
確かにHPもMPもギリギリで、中には残り一桁の者もいた。それでも、誰も倒れていない。
「今日は、ビクライがいるから、私とハルトも逝かなかったよ」セシリアが微笑む。
「……アホ盟主、なめんなよ」
パルが小さな体で胸を張る。その背後で、仲間たちが腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「最近、私はパリィを覚えたんだ」
シエンが小盾を持ち上げ、にこりと笑う。魔法職でありながら、盾技まで習得する――それがネオフリーダム流の生存術だった。
(この極限状態で、どんな戦い方を見せるか、ちょっと楽しみだった)
レイジは内心でつぶやく。振り返ったとき、誰も倒れていなければいい――そんな“淡い希望”が、どこかにあった。そして今、それが現実になった。
「お前ら……ほんと、強くなったな」
レイジが、呟くように微笑む。団員たちはその場に座り込み、静かに息を整えはじめた。
そして――MP満タンのまま、何もできなかったバニラは、皆の間を回りながら、初期ヒールを何度も、何度も繰り返していた。その手つきはまだ不慣れだが――たしかに、彼女もまた“仲間”だった。




