第3話
夕暮れどき、ネオフリーダムのアジトに不機嫌そうな足音が近づいてきた。
「覚えとけよ……30%だぞ、30%...…」
ぶつぶつ言いながら、レイジがアジトの扉をくぐる。
「盟主、何かあったん?」
エルナが声をかけるが、レイジは明らかに不機嫌で、目も合わせようとしない。
「こいつらに聞けよ!」
「また悪さして、謝らずに“バーカ”とか言ったんでしょ?」
エルナが見事な推理を披露する。図星だったからか、レイジはさらにふてくされ、「うっせーわ…」と子どものように唇を尖らせて部屋に向かおうとした。
「ちょ、ちょっと待って、レイジ!」
セシリアが慌てて呼び止めたその瞬間――
「ジャジャジャジャーン☆」
背丈の三倍はある大きな包みを抱えて、パルが登場する。
「レイジ、今日は誕生日だろ?」
シエンがこともなげに言う。
「え?…あっ、オレ、今日誕生日じゃん!」
レイジは思い出してぽかんとした。
「ってことで、みんなで用意したんだよ」
パルが包みをばさっと外すと、
「おおおおおおおおおおおおおッ!?」
レイジの叫び声がアジトに響き渡った。
「ほしかったんでしょ?これ」
それを手渡されたセシリアが、満面の笑みでプレゼントを差し出す。
「誕生日、おめでとー!」
団員たちが声を揃えた。その中でひときわ高く、チルルが両手を高く挙げて跳ねるように叫んだ。
「おめでとーっ!」
練習用の弓を背負い、満面の笑み。まるで今日の主役は自分と言わんばかりだった。遠くで、ビクライが微かに微笑んでいる。
包みの中にあったのは、Bグレードの名剣――《レボリューションソード》。
ファイターなら誰もが憧れる、強者の象徴だった。
レイジは両手で大剣を持ち上げ、その重みと質感に浸る。
「これ…マジで、すげェ…」
「素材集めて、鍛冶屋に持ち込んで、昨日取りに行った」
シエンが静かに言った。
「素材集め、一番頑張ったのはセシリアだよ」
パルが付け加える。
「あっ、それは…」
セシリアの声が裏返った。
「姉さんさ、高級鉄材の南部《岩石》と間違えて、南部《赤土》を山ほど集めてきてさ」
ブルーベルがニヤリと笑う。
「ぼく、あんなに赤土を集めた人、初めて見たっス」
ルピタが純粋に感心する。
「顔、土だらけにして、すごい山が出来てた」
ミロイも笑った。
「だから、それはもう言わないでって…」
セシリアの耳まで真っ赤になっていた。
「でも、その後の追い上げはすごかったよね」
ブルーベルが口を尖らせながらも、認めるように言う。
「最終的には、みんなと同じ量の岩石を集めてきたんだからね」
シエンの言葉に、レイジは静かに皆を見渡して微笑んだ。
そして――。
レイジは前にいたセシリアとパルの首に、片腕ずつ手を回す。
「おまえら、みんな……最高だよ!」
そう言って、頬に二人を思い切り引き寄せた。
「ちょ、キスはすんなよ!?」
パルが顔を押し返す。セシリアは、目を閉じたままだった。
そのまま顔を上げると、シエンと目が合う。
「......え? いや、私は遠慮しとく」
シエンが苦笑しながら首を振る。レイジの視線が次に、その横のエルナへ。
「無理!」――即答だった。
それを見て、全員が吹き出す。
「あはははっ!」
アジト中に笑いが広がる。
(なんだろう、この感じ…本当の家族みたい)
バニラは、温かい空気の中で、初めて心からくつろいでいた。
「みんな、ほんと甘いんだから」
ブルーベルが呟きながら、どこか優しい目をしていた。
「なあ、次にプレゼントするのは誰にする? 俺も素材集め手伝うよ」
レイジが腕を外しながら言った。
「じゃあ来月、ハルトさんの誕生日があるよ」
セシリアが周囲を見渡す。
「ハルトさん、Cランクなのに、まだ兄やんと同じDランクのブリガン(鎧)着てるよね」
ミロイが首を傾げる。
「ドロップ品も賃金もそれなりにあるのに、不思議だよな」
セシリアも続けた。
「……本人はあまり言わないけど…昔ギャンブルで作った借金があるらしくてさ。いまも返済してるみたい」
パルが複雑な表情でつぶやく。
「そうだったんだ…」
驚いたセシリアに、パルが言葉を重ねた。
「でも、今はすっぱりギャンブルやめて、家族のために必死に頑張ってる。良い父親してるよ」
アジトに家族を連れてくるたび、パルは奥さんのメリサと話をしていた。
「じゃあ、次はハルトにBランクの鎧だね」
シエンが頷くと、レイジもうんうんと頷いた。
「うち唯一の盾役が硬くなれば、俺たち全員助かる」
「それで行こう!」
みんなが声を揃える。
その夕暮れ、アジトには笑い声と――仲間という言葉では足りない、あたたかな絆が確かにあった。