第4話
楽しい夕食が終わり、パブロがルピタとブルーベルを伴って食後の果物を運んできた。洋梨やラズベリー、青リンゴが皿に並べられる中、パブロはふと口を開いた。
「そうだ、シエン。この前、街でライザを見かけたぞ」
その名前に、ブルーベルの眉がぴくりと動き、パルの手が一瞬止まった。
「ライザさん?」
バニラがおずおずと問いかける。
「昔、うちのクランにいた女戦士だよ。シエンと一緒に入団してきた。今はもう退団しているけどな」
レイジが果物を受け取りながら答える。
「私とライザは同じ村の出身で、一緒に旅をしていたの。その途中で偶然、このクランと出会って……相変わらず壊滅寸前で」
シエンが何気なく語り、バニラに皿を手渡す。バニラはぺこりと頭を下げた。
「『壊滅寸前』は余計だろ」
レイジが洋梨を頬張りながらぼやく。
「でも衝撃だったよ。格上モンスターを無茶な数で釣ってきて、バフとヒールを連携させて、まるで舞台の演奏みたいだった」
「そして、毎回最後に私とハルトが逝ってて……」
セシリアがにこやかに続け、皆が笑った。
「みんな、怖がるどころか、ぎりぎりを楽しんでいるようだった」
シエンが青リンゴを口に入れる。隣ではラズベリーを頬張ったチルルがすっぱい顔をしていた。
「その頃の私たちは攻撃偏重で、回復が足りなかった。だから声をかけられて、自然な流れで入ったの」
「効率、悪かったもんね。回復ないと」
パルが洋梨をかじる。
「それからは二人ともどんどん強くなって……でもある日、ライザが突然退団したいと」
セシリアがオレンジをつまみながら口にした。
「ライザは、強くなって、勇者になるのが夢だったからね」
と、シエンが言った。
「もっと早く強くなれる場所を探したいと言っていた」
パルが続ける。
「ゼイラスが対人クランに移った時もそうだけど、レイジって、そういう『自分で決めたこと』を止めないんだよね」
セシリアが優しく微笑んだ。
そのとき、果物を配り終えたブルーベルが、静かに口を開いた。
「シエンには悪いけど……最近、ライザは『深紅の悪魔』と呼ばれているらしい。赤い仮面で素顔を隠し、戦場で感情を見せず、ただ黙々と首を刎ねる……。血の匂いの中でも、笑わず、怒らず、静かに敵を斬っていく。……味方が倒れても振り返らなかったという話もある。今の彼女は、もう誰にも心を預けていないのかもしれない」
「それでも頑張っているんじゃない? 去年の勇者大会では準優勝だったし」
セシリアが明るく言うが、シエンは視線を落としたままだった。
「そうそう、決勝戦は惜しかった」
「ライザさん、最後まで押してたっすけど……」
大会を観に行ったミロイとルピタがうなずく。
「でも、相手は現勇者のジオマンデス。ガドリアヌ城の城主で、超金持ちっす」
ルピタが付け加えた。
「それで、『ロンズデーライト鉱石』っていう超硬素材で『ソードクラッシャー』って、何でも砕いちゃう武器作って……ライザさんの大斧も砕かれて……」
ミロイが残念そうに言う。
「だから今、ライザはそのソードクラッシャーでも砕けない武器を探しているらしい。でも、値段が天文学的で手が出ないって」
情報通のブルーベルがため息混じりに言う。
「資金力の差って……悔しいよね」
セシリアがぽつりと呟くと、シエンが冷たく言い放った。
「どうでもいい」
その声には、ほんの少しだけ痛みが滲んでいた。
沈みかけた空気を、パルの声が切り裂いた。
「そういえばさ、レイジ」
「ん? 今、俺、果物モードなんだけど」
レイジがパイナップルを頬張りながら振り向く。
「その大剣――《レボリューションソード》、まだ使えないからね」
「……はあ?」
「Bグレードの両手剣。一次職のファイターじゃ装備不可」
「え、いや待て、なんか裏技とか……」
「ない」
「抜け道的なやつ……」
「ない」
「気合で! 全力で! ロマンで!」
「ない」
「じゃあ俺以外の誰かを死ぬほど頑張らせて……」
「だから、ないの」
「つまり……この剣、ただの観賞用ってことかよ……?」
「ちゃんと装備したいなら、Cランク昇格。それとウォーリアへの転職が必要」
沈黙――そして数秒後。
「よーし、分かった! 俺、三日でCランクになる!」
レイジが立ち上がり、宣言する。
「できるの?」
「三日だ、三日で変わってやる!」
「出来ないこと言う奴、私、嫌いなの知ってるでしょ」
エルナが冷たい目で睨む。
「なら証明してやるよ。三日で強くなったら、キスな」
「それは無理」
すぐ横にいたビクライに視線を送るエルナ。彼は無言でうなずいた。
「で、手伝ってくれるやつは?」
「いいよ」
パルが頷くと、周りを見渡した。
「よし、明日から始めるぞ!」
みんなが複雑な顔で見守る中、シエンが笑った。
「レイジが強くなるのは歓迎よ。みんなで支えるから、頑張れ」
「がんばってください、レイジさん!」
バニラも拳を握って応援する。
「任せろ。すぐにこれを振り回してやる……!」
レイジが2ランク上の大剣を握り、不敵に笑う。
……その瞬間、腰が“グキッ”と鳴る。
「ッあぶね!? いって……ッ」
「レイジさん!?!?」「ちょ、無理しないで!」
騒ぐ団員たちの中で、本人だけは笑みを崩さない。
「だ、大丈夫。これは『戦いの痛み』ってやつだ……!」
バニラはその光景を見ながら、胸にそっと手を当てた。
(この人たちと一緒にいれば……私でも、強くなれるかもしれない)
そして翌朝から、ネオフリーダムの団員たちにとって、地獄のような“鍛錬週間”――いや、レイジの“無理ゲー昇格ミッション”が始まった。




