第7話
ルピタは、太い丸太棒をしっかりとロープで縛り直すと、丘の上から駆け降りてきた。
シエンは、道端に散乱している安価品の中から、まだ使えそうなものだけを拾い上げると、バニラに手渡した。
「ありがとうございます」
バニラは深々と頭を下げた。
初めて見る上位ランクの魔法使いを前に、緊張しているのが見て取れる。
「助けてもらって、本当にありがとうございました」
エルフの娘は、レイジとルピタに、さらに深々と頭を下げた。
「ほんとよかったっす。シエン姉さんがいなかったら、どうなってたことか」
ルピタがレイジに顔を向けると、続けた。
「盟主、今回は運が良かっただけだから、もう無茶はしないでくださいよ。盟主が死んだら、ぼくのレベル上げを手伝ってくれる人が、誰もいなくなっちゃうっす!」
「分かった、分かった」
レイジがルピタに笑顔を見せた。横で何か言いたげなシエンに、レイジが首を振って止めた。
(特に言葉が優しいわけでもないのに、なんだろう、この感じ)
バニラは、緊張の中で、どこか暖かさのような心地よさを感じていた。
「レイジ」
シエンが、レイジに意味深な顔を向けた。
「ああ、……だな」
レイジが頷いた。
レイジはバニラの前に歩いてきた。
「俺は、血盟ネオフリーダムのレイジ。君の名前を教えてもらえるか?」
「あ、はい、バニラといいます」
「バニラはヒーラーか?」
「はい」
「レベルは?」
「11です」
レイジは一呼吸置いて、続けた。
「あのさ、もしよかったらだけど、うちに来ないか。お試し入団でもいいから」
レイジとシエンは、先ほどの連中の仕返しを警戒していた。
初期装備のヒーラーなど、狙われたらひとたまりもない。ネオフリーダムにいれば、守ってあげられると考えたのだ。
「そうだよ、バニラ、うちに入ったらいっすよ。あ、ぼくはルピタ」
バニラがルピタに顔を向けた。
「うちはさ、口は悪いけど、みんないい人ばっかりで、なんと言っても、一番弱い奴が、一番威張っていてもいいクランなんす。そんなの他にないでしょ?」
その言葉に、バニラは下を向いてしまった。
「えっ? もしかして、もうクランに入ってるんすか?」
「クランには入っていません。……いいんですか。わたし、弱いし……」
そう言った後、バニラは口をつぐんだ。
風が草を揺らす音だけが、一瞬、世界を満たす。
「下手だし、なんの役にも立たないし……お金もないんです」
声は震えていたが、その瞳は、ほんの少しだけ、希望に濡れていた。
「ははは、うちはね、誰かさん――そう、うちのアホ盟主の影響で、損得勘定とかが、できないアホばっかりでさ」
シエンがバニラに微笑む。
「ネオは、弱くて役に立たない奴が、一番デカい顔をしていればいい。――ねっ、盟主。そうだよね?」
シエンに切れ長の瞳を向けられ、複雑な表情のレイジが答えた。
「ちょっと言ってることが分かんないけど。バニラは弱くて役立たずじゃない。……最初から強くて、すげぇ奴なんかいないんだよ」
その言葉に、誰もが一瞬、息を呑んだ。
「……そうだね。レイジの言うとおり。うちには最強の盟主もいるしね」
シエンが肩をすくめて微笑む。
「そうそう」
急に上機嫌になったレイジが、大きく頷いた。
「あ、そういえば、シエン。さっき、あそこに置いたものはなんだ? なんか重そうだったけど」
レイジが、シエンが背から降ろして地面に置いたものを目ざとく見つけると、指差した。
「あ、あれは、パルに頼まれたお使いもん。レイジには関係ない」
シエンの言葉に、レイジは「そか」と首を傾げた。
「じゃあ、体験入団ってことで。……まあうちはね、初日に辞めてく人も多いんだよ」
レイジが頭をかいた。
「え、そ、そうなんですか……?」
「毎回、レイジのアホに振り回されて脱落者続出ってとこだな」
「おい!」
「ほらね?」
シエンがニヤリと笑った。
このときバニラは、ただ静かに頷いていた。
この先に、自分が何を背負うことになるのかを、知らぬまま……。