第6話
アジトへ帰る途中、サザーランドの副盟主ブルグが、クランチャットでジンに話しかけた。
「盟主は、なんでそんなにレイジに肩入れするんです?」
「おまえは鈍い奴じゃな」
老戦士のガリオンが笑う。顔を向けられた若いロカボも苦笑いを浮かべた。
「爺じい、変に勘繰るな」
「いや、オークだって、乙女心があったっていいじゃよ」
珍しくガリオンがジンに言い返す。
「ただ、わしは盟主のことが心配で、心配で……」
「だからそれが、爺の老婆心だって……」
二人が言い合っていると、中年ドワーフのブルグが割り込んできた。
「いったい二人は、なんの話をしてる? だって、レイジはDランクで弱いし。それに、今回の事だって、たまたま、シエンがいたから、強気でいれたんだろ?」
「ははは、ブルグにはそう見えたのか」
ジンが微笑むと、さらに続けた。
「うまく言えないんだけど、レイジは、レベルとか常識とか、そういう次元じゃないところで生きている気がするんだ。だから、この辺の盟主たちは、誰もレイジに勝てるなんて思っていない。レイジは強くもないし、いつもおちゃらけているけど、あいつに関わる誰もが、あいつを信頼しているんだ」
「あの団員放ったらかして遊んでばかりいるレイジに。……ゾドムを一人で倒したことがある、盟主でも勝てないって?」
「そうだな」
「レイジがゾドムより強い?……あ、いやいや」
ブルグは首を振る。
「さっきの事も、レイジの強がりとかじゃなくって、きっとシエンや私たちがいなくたって、レイジは勝てたんだ」
ジンは、自分の腰のあたりにいるブルグを見た。
「はァ? それは無いなァ。レイジは、ただの強運の持ち主ってだけでしょ?」
ブルグはまだ納得していない。ジンは笑っている。
「ああ、思い出した! ロカボ! あの私たちが援軍に飛び出そうとした時、あんたの弓が上を向き過ぎてて、あれじゃ戦士に当たら無いよ!」
やり場のない気持ちのブルグが、今度は若いアーチャーのロカボに矛先を向けた。
「ブルグ、ロカボは最初っから戦士なんか狙っておらんよ」
ガリオンが首を横に振ると、ジンに顔を向けた。
「盟主! ブルグを指導するなら、最後まで教えてやったらどうじゃ。武器が剣だけじゃないってことを。このままじゃ、レイジは強運の持ち主だってことで、ブルグの中では終わってしまうぞ」
「ああごめん、そうだね。その前に、ロカボはアレになんで気が付いたんだ?」
ジンが尋ねた。
「アレ?」
ブルグは首を捻った。
「ああ。アレはレイジさんが、俺に目で合図してくれたんで。きっと自分が外した時は、頼むって事だったんだと思う」
ロカボの答えに、ジンは頷いた。
「ブルグ、レイジが戦士の鎧を小突いて、ジリジリ後ろに下がって行ったでしょ?」
「うんうん、サーベルがぜんぜん効かないから、レイジが焦ってた」
「そうだね。……その道の横手が、小高い丘になっていたのを覚えてる?」
歩きながらジンが顔を向けると、ブルグはあの時の状況を思い出していた。
「ああ、たしかに」
「その高台の上に、大きな丸太が、たくさん積んであったのは?」
「丸太? え、……いや、そこまでは」
ブルグは太くて短い首を振る。
「あの時、レイジは相手を挑発して、後退していたんじゃなくて、戦士たちを誘っていたんじゃよ。わざと戦士を怒らせて、……頭に血が上ると視野が狭くなるじゃろ?」
「まさかァ~」
ブルグが首を横に振りながら、ガリオンへ視線を移す。
「それで、ロカボは丸太を縛っているロープを狙っていたんじゃ。その下には四人の戦士がいたんでな」
「レイジさんが示す場所を見ると、丸太を縛っている二ヶ所のロープの片側が解けそうだったから、逆側を射抜くだけで崩れると思ったんだ。だから、俺はそこを狙ってた」
ロカボがガリオンに続いて説明した。
ジンは、後ろで立ち止まっているブルグに近づくと、諭すように言った。
「ロープくらいなら、サーベルを投げつければ切れる。自分が外した場合を考えて、ロカボにも頼んでおいた。レイジは最初から、四人の戦士を相手に、剣で戦うことなんか考えてもいない。そこら中にある、あらゆる物が、レイジにとっては武器になる。それを私も教訓にしているんだ」
「えっ、マジ……だから、わざとあっちの方へ……」
ジンの説明に、やっとブルグは頷いた。そして先ほどジンが話してくれた、武器やレベルの差なんかは、レイジにとっては何の意味もないということも、少し分かったようだった。
しかし、それでもガリオンには、一つだけ納得できないことが残っていた。
少し先を歩いていたガリオンが振り返ると、ジンに声を掛けた。
「じゃが、盟主。レイジの行動で、わしにはまだ腑に落ちないことがあるんじゃ。
……どうしても理解ができんのじゃ」
「戦略家の爺にも、分からないことがあるのか?」
「ああ、一つな」
ガリオンはりっぱな顎髭に手をやると言った。
「なんであそこまで演技をして、準備をして、あとはロープを切るだけだったのに、レイジはそれをしなかったんじゃ? 結局最後は、シエンを巻き込むことになったじゃろ」
百戦錬磨の知将ガリオンにも、そこだけ合点がいかなかった。たしかに、あとはロープを切るだけだったのだ。横を歩いていたロカボとブルグも視線を向けられたが、首を横に振るばかりだった。
しかし、ジンがあっさりと応えた。
「――それがレイジなんだよ」
「それは、盟主だけに分かるってことか? 乙女だけに……」
「一言多い!」
「じゃあ、爺のわしにも、爺のわしにも、分かるように教授してくれ!」
ガリオンは引き下がらない。長身のジンを見上げた。
ジンは空を見上げて、大きく一つ息を吸って吐いた。
数秒の沈黙が流れ、仲間たちはただ、その背中を見守っていた。
「きっと、レイジは――誰にも死んでほしくなかったんだ。それが敵だとしてもね」
「なるほどな……わしは、戦略じゃレイジに負けることは無いと思ってたが――これは一本取られたわ」
ガリオンが顎髭に触れる。
「いくつかある選択肢の中から、レイジはそれを選んだってわけか。わしらが飛び込んだら必ず戦いになる。……たいした奴じゃ。さすがはうちの盟主を乙女に……」
「爺ィ!」
ジンに叱られて、ガリオンは身をすくめて頭を隠した。




