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アデン大戦記 ―今日も俺たちは死にかけている―  作者: 霧原零時
プロローグ/登場キャラ一覧
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第1話

―――アデン領・グルーディオ城下。


浅い眠りから覚めると、土の匂いのする草原の上だった。

空は淡く明け始め、鳥の声が遠くから微かに聞こえる。

仰向けのまま、俺はぼんやりと空を眺めていた。


だるい身体――ようやく半身を起こした。

視界の先には、朝焼けに照らされたグルーディオ城の外壁が見えた。


「……いてて。アバラ、マジ逝ったか」


脇腹を押さえつつ、俺は重いため息をついた。

昨夜の出来事が、アバラと尻の痛みと共にフラッシュバックする。


ここは、魔物がうろつき、盗賊が潜み、ダンジョンが日常のように口を開ける。

剣と魔法が支配する世界――剣と魔法は火力であり、友情はバフ。

レベルと装備が“絶対のルール”。

食っていくには――モンスターを狩るか、誰かを叩き潰してその上に立つしかない。



――昨夕。


狩場で、新米のエルフの()が Eランクモンスター・バジリスクに追われていた。

石につまづき、転んでもなお「大丈夫、大丈夫!」と自分に言い聞かせて立ち上がる姿は……見ちゃいられなかった。


「喰らえ! 最弱流・正義の――一・閃・だァァア!!」


キメ顔ターンのつもりで飛び込んだ俺。だが次の瞬間――


「ちょ、まっ……そこ俺の尻だぁぁッ!!」


――ドカン!


爆発と共に俺の尻が天に咲き、地面に転がって草むらに顔面から突っ込む。


「ぎゃあああ! 尻がッ、俺の尻がああぁぁ!」


叫び声が響く中、横目で見えたのは火球を構えた泣きそうなエルフの娘。


「それやめてぇぇぇっ!」


尻の火をパンパン叩きながら、慌てて手を振って制止。

どうにか二発目の火球は回避した。


――だが。


「ふはっ!? 横からはズルいだろぉぉ!」


バジリスク二号が横から突撃。


アバラを砕かれ、空中で一回転して、顔から地面に叩きつけられた。


地べたを這いながら、俺――レイジは片手剣でバジリスクの足を斬り裂く。


……ズルいが勝ちだ。これでも一応、俺は盟主(めいしゅ)だ。



「す、すみませんっ! わたし、ちゃんと助けるつもりで……」


声は震えているのに、必死で真っ直ぐな瞳。


「大丈夫、大丈夫。これぐらい、日常茶飯事だ」


とびきりのヘラヘラ顔で笑ってみせた。


すると、彼女はポーチから小さな赤玉を大事そうに取り出す。


「これ、大したものじゃないんですけど……」


ぎゅっと俺の手に押し付けてきたのは――初級ファイヤーボール。

俺のレベルでは役に立たないが、彼女にとっては貴重な赤玉だった。


「いや、それ、今の状況で渡したらヤバいだろ」


「大丈夫ですっ!」


そう言い残すと、見事に転びかけながらも走り去っていった。



――その晩。グルーディオ城下の村。


「……宿屋、高ぇな。金ねぇし」


俺はアバラをさすりながら、街外れの水場で薬草をすり潰していた。


この世界で、傷を癒す手段は大きく二つ。

ひとつはヒール魔法、もうひとつはポーション。

だがどちらも所詮、応急処置にすぎない。

骨折や深手なら、結局は宿屋で寝て回復するしかない。

……つまり金がなければ、ただ痛みに耐えるしかないのだ。


「ったく……エルフ娘に尻焼かれて、医者にも見放されるって……どういう流れだよ」


ため息混じりに空を見上げると、満天の星。

結局その夜も、野宿だった。



俺はわき腹を押さえながら立ち上がった。

青く高い空、乾いた草原の風は心地よい。

八月も終わりだというのに、

この暑さは――重装備のブリガンを身に付けることを拒んでいた。


俺は見習いシャツのまま――

片手で鎧を引きずりながら、目の前のグルーディオ城下の村へ歩き出した。


その時――


「盟主~~っ! またサボってるっスね!」


元気すぎる声と共に、ルピタが突っ込んできた。

十六歳の仮入団ファイター。Eランク最底辺だが、テンションだけはSランク超え。


「よぉ、ルピタ。で、その顔は『また負傷っスね』って言いたい顔だな」


「当然っス! 盟主、バジリスク百体ぐらい相手にしたんスよね!」


「……ああ、百だ、百」


「絶対ウソっスね!」


ケラケラ笑い転げるルピタに、俺は小さくため息をついた。


俺は足元の【サーベル】を拾い上げた。

仲間が作ってくれた、Dグレードの片手湾刀だ。

――火力は心もとない。

レベル27のファイターにしては、正直――貧弱に見える。

そろそろ、もっと強い武器が欲しい……そう思わなくもない。

だがこれは、クランの仲間が素材を集めて作ってくれた大切な武器。

……金欠の俺にとっては、痛いほど、ありがたい。



「で、盟主、例のブツは?」


「ああ、持ってきたぞ。針葉樹(しんようじゅ)の枝、だろ」


ポーチから取り出して渡すと、ルピタは宝物でも手にしたように目を輝かせた。


「さすが盟主っス!」


「で、これ何に使うんだ?」


「へっへっへ……これがマジでスゴいんスよ!」


ルピタは枝を高々と掲げ、堂々と宣言した。


「廃墟の洞窟の前にいる、でっかい狼みたいなモンスター。あいつの尻にこれをブスッと刺すと――一発で逃げるって話しっス!」


「……お前、そういうの、絶対ないから」


「いやいや、ガチ情報っス! ぼくの情報屋が言ってたんで!」


「その情報屋って、道端で干物みたいに転がってる赤鼻の爺さんだろ」


「ぼくの情報屋は一流っス!」


……この根拠ゼロの自信だけは、確かにチート級だな。



「で、その洞窟になんかあるのか?」


ルピタはニヤニヤしながら、俺の反応を待っている。


「なんだよ、焦らすなよ」


「へへ、盟主も気になるっスか。実はですね……」


一息置いて、さらに期待を煽るルピタ。


「――《《不老不死》》のポーションっス!!」


ルピタの目は、今にも夜空に星座を描きそうなほどキラッキラしていた。


「おまえ……またその話か。“飲んだら死ぬまで生きられる”ってやつだろ」


「そうそう! ……ん? 盟主、それっておかしくないっスか。“死ぬまで生きられる”って……」


「……おまえ、たまに核心突くな」



言い忘れてたけど――俺は、赤いストールが似合う。

バツイチ、娘ひとり。レベルは低いが、一応クラン【ネオフリーダム】の盟主だ。


そして今日もまた――死にかけながら、俺たちの物語は始まる。

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