第12話 波乱の食事会
両親も私に給仕をさせるわけにはいかなかったのか、何年かぶりに食卓に座らせられる。私の正面にはルナイザがいる。値踏みするように私を眺めている。
最も上座の位置に王太子殿下、その隣にアレク殿下が座る。
父が王太子殿下にワインを勧めるも、すかさず王太子殿下は断りを入れる。
「大変恐縮ですが、私どものキャッツランド王国では、アルコールは20歳からと定められております。ヒイラギ皇国では15歳から解禁なのは存じ上げておりますが、国元からきつく言われておりますので」
スマートに断る。さすが王太子殿下。外国でも自国の法律は守るのね。
「アレク殿下もですか?」
妹がアレク殿下にアタックを仕掛けている。兄が断っているのに、弟がワインを飲むわけないじゃないの。
アレク殿下は柔らかい微笑みを妹に向けた。
「私も王太子殿下と同様に、アルコールは飲めません。20歳になってからのお楽しみにしておきます」
キュートな笑顔に、妹が頬を染める。
前菜が運ばれてきて、食事がスタートする。案の定、キャッツランド兄弟の機嫌を降下させる話題を母が振る。
「アレク殿下、殿下は大変お美しくあられますが、その髪色は生まれつきのものですか?」
事前情報があったからか、王太子殿下も不快な顔はしない。アレク殿下もやんわりと返す。
「えぇ。この髪色は、親戚国であるカグヤ王室の特徴的なものです」
「隔世遺伝的な?」
「そうですね。キャッツランドは月と猫を信仰しています。月の色に近いこの髪色は大変めでたいそうで、私が生まれた年は、税金が半額免除されたほどのお祭り騒ぎだったそうですよ」
税金が半額免除とは。銀髪王子の誕生はそれほどの吉兆だったのだ。その髪色を変えろとは言いづらい雰囲気になってきて、私もほっとする。
しかし母は空気を読まない。
「月は金にも見えますわよね。お兄様である王太子殿下は金髪なのに。ご兄弟でも髪色がそこまで異なるものなのでしょうか?」
「私には兄の他、弟が二人おりますが、弟の髪色は明るい栗色です。キャッツランドは様々な国の王族と婚姻を繰り返しておりますので、髪色は様々です」
アレク殿下も無難に返す。そろそろ無礼者! と怒ってほしいのだけど。
「貴国では金髪が最も尊いとされていると伺いましたが、偉大なる皇帝陛下は黒髪ですよね。大変美しい黒髪で、私も憧れているのです。黒に染めようかな、と考えてるんですよ」
王太子殿下も参戦してくる。美しい金髪を黒く染めようなんて、母に対する挑発だ。
「ま……まぁ! そんな見事な金髪を、よりにもよって黒くするなんて!」
案の定、母は発狂寸前だ。なぜそこまで金髪に拘るのか。
「黒は神秘的な色です。キャッツランドでは、黒もまたおめでたい色なんですよ」
「キャッツランドは、い、田舎だからそ、そのような……っ」
キャッツランド王国は、ヒイラギ皇国よりも格上の国。ヒイラギ皇国建国の時から、様々な援助をしてくれたのがキャッツランド王国なのだ。この国にとって、最も重要な同盟国である。
しかも目の前の王太子殿下の祖国だ。それを田舎呼ばわり。父の顔色が青ざめ、「馬鹿なことを言うんじゃないっ」と小声でたしなめる。
「まぁ、確かに田舎ではありますね。しかし、国が違えば価値観も異なるものですよ」
さらりと王太子殿下がかわす。アレク殿下はクスクスと笑った。
「私は、アリスン先輩の桃色の髪も憧れています。我が国でも赤髪は稀にいるのですが、桃色の髪はなかなかいないので。本当に可愛らしくて素敵な髪色です」
アレク殿下が私の髪を見て微笑んだ。母の手が震えている。
「……アレク殿下、アリスンとは親しいのですか?」
「先ほどもお伝えしましたが、大変尊敬し、敬愛する先輩です」
そして私の脳内にアレク殿下からの思念が届く。
――今夜、デートの時に改めてこの件はお話します。だから驚かないで。
アレク殿下は気持ちを落ち着けるように深呼吸した。
「私は、アリスン先輩を心からお慕いしております。本日伺ったのは、魔鉱石の採集もありますが、本題はアリスン先輩に婚約の申し出をするためです」
――!!!!!
息が詰まる。いきなりどういうことだろう。アレク殿下が私に公開プロポーズ!?
カシャーン、と母がナイフとフォークを床に落とす。カタカタと震えている。父も妹も唖然としている。
「必ず、幸せにします」
アレク殿下は落ち着き払った様子で、威厳を込めてそう言った。




