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第5話 最高のプレゼント

 結局、朝は微妙な雰囲気で朝食を終えた。王太子殿下は不快さは滲ませたものの、婿の話にはっきりとNoとは言わなかった。


 でも、王太子殿下のことだ。弟を大切にしてもらえない縁談など望まないはず。きっと破断にしてくれると信じるしかない。


 私は性格が悪い。妹の幸せなんて喜べない。彼を大切にしてくれるならまだしも、あんな無礼なことを言うなんて……。


 昼休みになると、またアルルが迎えに来てくれる。男子達がそわそわしているのを感じる。


「そろそろまずいんじゃないかしら? あの人達、アルル嬢に声をかけるわよ」


 ソフィアが心配するような、でもどこか面白がるような顔でアルルを見ている。


「早く連れて行かなきゃ!」


 私は立ち上がり、アルルに向かって走り出す。そしてアルルの手を引いた。女の子になっても剣だこはそのままだ。なんだか可愛らしい。


「あ、こっちの道のほうがいいです」


 アルルは逆に優しく私を引っ張った。


「さっき、探索魔術でマルセル・ヘスリング先輩の居場所を調べたんです。こっちにはいません」


 そう言っておちゃめに笑う。なんて愛らしいのかしら。胸がキュンとする。


「あの、マルセル様には気をつけたほうがいいです」


 私がそう言うと、アルルはきょとんとする。


「気をつけてますよ? だからこうやって避けてるんです」


 気付いているのだろうか。マルセル様が貴女の事をどう思っているのか……。



◇◆◇



「朝は不愉快なことを話してしまってごめんなさい」


 変身を解いたアレク殿下に改めて謝った。婿の話を破断にするためとは言え、彼のアイデンティティとも言える髪色を否定したのだ。傷ついたに違いない。


 しかしアレク殿下は柔らかく笑った。


「全然気にしてないです。兄貴はブラコンなんですよ。俺がちょっと悪口言われたくらいでムキになっちゃうし」


「でも、お兄様の気持ちもわかります」


 こんなに愛らしい弟だったら、そうなるだろう。私もアレク殿下が弟だったら、少しの悪口も許さないと思う。


 実の妹が言われても、何も思わないのに。私は本当に冷たい姉だと思う。


「それに、実は俺、自分でもこの髪色好きじゃなくて」


「えぇっ!? どうしてです? そんなに素敵なのに!」


 日光に透けて輝く銀髪。風に揺れる度に神秘的な光景に見える。この髪が嫌いだなんて……!


「ご存知かと思うのですが、この髪色と瞳の色は、カグヤ王家の特徴的なものなんです。昔、カグヤで色々あって。色々は詳しくは言えないんですけど、それでちょっとカグヤにトラウマが……」


 苦笑いを浮かべながら、彼は私の作ったくるみパンと、卵焼きを食べた。


「うわぁ……この卵焼き、すごく美味しいです! 感動です! 本当にアリスン先輩が作ったんですか?」


 卵焼きを食べた瞬間、苦笑いではなく満面の笑みに変わる。そんなところもまた尊い。


「私が作りました。殿下の好みに合うかわからなかったんですが……」


「めちゃくちゃ好みに合ってます! 午後も頑張れそうです!」


 深いサファイヤの瞳が喜びに溢れている。胸に溢れる幸福感は、これまで味わったことがないもの。彼は私に色々な感情をくれる。


「で、話を戻しますが、俺の髪も目の色も、先祖代々受け継いできた大切なもののうちの一つなのかなぁって。兄貴は幼いころから俺の事をすごく大事に思ってくれていて。俺のパーツのひとつひとつが大切なものだって言うんです。だから、俺も大事にしなきゃいけないのかな、と」


 なんと深いお兄様の愛。スパダリ兄弟の兄弟愛に私の心がキュンキュンとしてくる。


「良かったです。その髪はきっと、神様のギフトですもの。アレク殿下なら、金髪でも赤髪でも黒髪でも素敵だと思いますが、やっぱり私は、今のアレク殿下の髪がす……好きです」


 そう言うと、アレク殿下は美しいサファイヤの瞳を見開いて固まる。


「アレク殿下……?」


「あ、あの……」


 アレク殿下はまるで私のようにどもっている。そして頬を染めて俯いた。


 そんな彼を見ていたら私までドキドキしてきてしまう。


「あの……えーと……」


 アレク殿下は目を泳がせて、そして私の左手首のブレスレッドに目を留める。


「そ、そのブレスレッド、ちょっと貸していただけますか?」


 私がブレスレットを外してアレク殿下に手渡すと、彼が両手でブレスレットを挟み、目を閉じた。


思念伝達を補助せよオーグゼィリアリコジテイション


 両手から解放すると、私にまた手渡した。


「そのブレスレッドに右手をかざして、心の中で俺に呼び掛けていただいていいでしょうか?」


 心の中で? なんて言おう。えーと……。


――アレク殿下は、「公爵令嬢の秘密のバラ園」に登場する王子様みたいです。


 適当にそんなことを呼び掛けてみた。「公爵令嬢の秘密のバラ園」の存在はアレク殿下も知っているはずだ。孤児院で女の子達に大人気の本なのだから。


――……! そんなことないです! 王子様なんて大したものじゃないです!


 頭の中にアレク殿下の声が響く。


「えっ? なんですか? 今の」


 アレク殿下は頬を真っ赤に染めている。


「い、今のは思念での会話です。本当は思念を操る魔術に適性がある人以外、呼び掛けることはできないんです。でも今、そのブレスレッドに魔術を込めたから、アリスン先輩から俺に思念を送ることができます」


「てことは、『公爵令嬢の秘密のバラ園の王子様みたい』がアレク殿下に伝わっちゃったんですか?」


 恥ずかしい……! 勝手に本の中の王子様の姿をアレク殿下に重ねてるのが伝わってしまった。


 アレク殿下は終始真っ赤で、軽く汗までかいている。


「お、俺は孤児院に置いてあった本みたいなスパダリじゃないし、王子って、単に親の職業が国王ってだけだし、俺自身が偉いわけじゃないし……っ!」


 俯きながら一気にそう話して、ワタワタしている。


 しばらく経って落ち着いたのか、アレク殿下は深いサファイヤの瞳の力を一層強くして、真剣な表情をした。


「あの……、そのブレスレッドでいつでも俺を呼んでください。退屈な時でも、眠れない時でも、どんな時でもいいです」


「え……?」


 このブレスレッドが私とアレク殿下を繋げてくれる……? ブレスレッドが熱を持つ。ドキドキと心臓が高鳴る。


「俺からも呼び掛けます。必ず、貴女を助けます。そして……俺は貴女が……」


 そこで昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

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