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第18話 新たなライバル登場

 皇帝からの資金も手に入れたことだが、ケネトに借金を返したことで、五分の一まで減ってしまった。


 できることなら材料費を安く抑えたい。そこで、魔鉱石の採集を考えた。


 魔道具には、鉄などの基本材料、魔力の効果を持続させる魔石の他、魔鉱石が必要だ。


 魔鉱石は手で採集することも可能だ。さっそくヒイラギ皇国のどの辺りで魔鉱石が採れるのか調べてみた。するとよいことに気付く。


 ここから一番近い魔鉱石が採れる山――アーラレ山は、コールリッジ公爵領だ。コールリッジ公爵家は、アリスンの実家だ。


 アリスンとは、食堂で見かけると挨拶をするし、日常会話も交わす。しかし彼女は二年、俺は一年。前回はなかなかいい感じにはなったものの、交際を申し込めるレベルではない。


 採集を理由に距離を縮めてみるのはどうだろうか。


 二年の教室を訪ねるのはかなり勇気がいるのだが、そんなことは言ってられない。好きな女の子を振り向かせるためだ。俺は敵地へ乗り込むような気分で、学園の昼休みを迎えたのである。



◇◆◇



 事前に見た目で変なところがないかチェック。変もなにも制服なのだが、うっかりチャックを閉め忘れていないかなど、細かい確認は必要なのだ。


 アリスンのクラスの教室を訪ねると、アリスンは級友何人かと編み物に勤しんでいるようだ。編み物……いい。いかにもアリスンという趣味だ。


 アリスンにマフラーとか編んでもらえないだろうか。アリスンのマフラーになら絞殺されても……あ、妄想が変な方向に向かってしまった。いけないいけない。


「すみません、一年高等魔術科のアレクと申しますが」


 教室の入り口付近にいた女子に話しかける。いきなり俺に話しかけられた女子は、飛び上がるようにビックリしている。


「あ、アレク殿下……」


 先輩にまで殿下呼びされるのはどうにも嫌なものである。


「殿下はいりません。僕は単なる後輩ですから。アリスン・コールリッジ先輩へお取り次ぎ願いたいのですが」


 クラスが少し静まり返ったようだ。取り次ぎを頼んだ女子が、アリスンの方へ向かうと、ささーっと周りが進路をあける。俺が有名人なのは知っているがそこまで……?


 アリスンが俺を見て、少しはにかんだような笑みを浮かべる。少しは俺を意識してくれてるんだろうか。


「殿下、どのような御用でしょうか?」


 アリスンが可愛らしい声で声をかけてくれた。


「あの、お願いしたいことが二つあるんです。一つは殿下は抜いてアレクって呼んでほしいのと、もう一つは……」


 もう一つを伝える前に、後ろからいきなり肩を掴まれた。男の力である。そしてそのまま壁に突き飛ばされた。


 咄嗟に背中の衝撃を抑える魔術を施したけど、いきなり攻撃的だなぁ。アリスンを庇うように、赤銅色(しゃくどういろ)の髪をした、ガタイのいいお兄さんが殺すぞ! という目で俺を睨んでいる。


 そして突き飛ばした俺の肩を強い力で掴んだ。ものすごく痛いんですけど。


「初めに言っておく。お前は一年、俺は二年だ。どこぞの国の王子だろうと容赦しない」


 出た。学年の上下関係絶対主義。制服のネクタイの色でわかる。こいつ……いや、先輩は、アリスンの総合教養科の学生ではなく、騎士科の学生だ。


「最近、アリスンに付きまとってるらしいな。ニコラスとの悪縁がようやく切れたと言うのに、コバエのような害虫がうろうろして目ざわりだ。アリスンを傷つけるヤツは誰であろうと容赦しない」


「……コバエって俺のことですか?」


「他に誰がいるんだ? お前だよ、お前!」


 普段、アリスンを除く先輩に対しては、人間関係を円滑にするため一人称は僕を使う。しかし今は僕は封印だ。丁寧に応対する必要はない。こいつは敵だ。


 廊下はいきなり始まった喧嘩に騒然とし始めた。そこにアリスンが震えながら割って入ってきた。


「マルセル様、乱暴はおやめください! アレク殿下はコバエなんかじゃありません!」


 コバエを全否定してくれた。超嬉しい。ありがとうアリスン。


「どう見てもコバエだろうが! 大体アリスン、まだ懲りないのか? 王子なんてロクな生き物じゃない。みんなコバエだ」


 それはいくらなんでも失礼じゃなかろうか。俺が外国の王子だから言ってるんだろうけど、直接自分の国の皇子にそれ言えるのかよ。早くニコラスには地下牢から戻ってきてほしいもんだ。


「懲りるとか懲りないとか、そういう問題じゃありません! アレク殿下は大切な()()()です! お友達に乱暴を働くなんて許容できません!」


 お……お友達。そ、そうか……。お友達……。その瞬間、暴力先輩の目がにやりと笑う。性格悪い男だな!


「アリスン、下がってろ」


 勇敢なアリスンだったが、男の力には敵わない。暴力先輩は、アリスンの肩を掴み、強引に前からどかす。痛みにアリスンが顔をしかめ、その瞬間、俺の戦闘モードにスイッチが入った。


 人前で喧嘩なんて、好感度が下がってしまう。でもこれは、男としての尊厳の問題だ。コバエ呼ばわりされて、好きな女の子に痛い思いさせられて、やられっぱなしでいられるかよ。


「女性に乱暴すんじゃねぇよ、先輩。表出ろ!」


「はっ! 魔術科のなまっちょろい腕で俺とやり合うっていうのか、面白ぇ」


 華奢に見える外見ではあるが、体術には自信がある。腹筋だって割れてるし、脱いだら凄いんだぜ、タイプなのだ。相手は騎士科だからそれなりに腕はあるだろう。でも死に物狂いでやり合ってやるぜ。


 その時だった。


「随分騒がしいと思ったら、また貴様か。マルセル・ヘスリング」


 廊下に響き渡るイケボ。騒然としていた生徒達が彼のために進路をあける。


「貴様、先ほどコバエとかなんとか言っていたな。こいつのどこらへんがコバエなんだ? 最愛の弟を侮辱するヤツは許さん」


 肩にかかるくらいまで伸ばしたブロンドの美しいキューティクルの髪をたなびかせ、俺に向かって輝かしい笑顔を向けてくる。端正な顔立ちで、いかにも王子様然としたキャラクター。


 クルト・マーティム・キャッツランド――我がキャッツランド王国の王太子であり、俺の兄貴だ。


「そうか。猫島の王子ってことはお前の弟か、クルト。ブラコンって噂は本当だったんだな。言っておくが、お前の弟は存在そのものがコバエだ」


「確かに俺はブラコンだ。だが、アレクはコバエじゃない。コバエかどうか、全校でアンケート取ってやろうか? 一票入れるのはお前だけだ」


 そんなアンケートやめてくれよ。絶対コバエ票はたくさん入るから……。


 そんな時、昼休みの終わりを告げる鐘がなる。結局二つ目のお願いができずに終わってしまった。

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