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In the round  作者: 宇川幸来
7/13

7-姫ときどき王子

「うっ……わあぁ~ッ!」

 草原のレースも終盤、大加速に成功し、ついに一位のぽお助を華麗に抜き去った有世(ありせ)だったが、栄光の歓喜も束の間、その直後に大地が唸りを上げ、目の前の道がゴガガゴンッ……と陥没してしまった。

突然の事態に急ブレーキなどできるはずもなく、有世はそのまま大きな段差となった崖へ。ここまでの猛スピードのおかげで、まるで空を走るかのように葉が風に乗り進むが、いつまで保ってくれるだろうか。

 背後では有世に続き、ぽお助、きゅるんぱ、少し遅れて竹楽(たけらく)が同じように驚き、空に飛び出す気配がする。心配だが、振り返る余裕はない。

「どう、どっ……どしよう!」

 段差で軽く空へ跳ねた時のように上手く着地できるだろうか。高さもスピードもあの時とは段違いだ。しかしやるしか道はない。

 有世は覚悟を決め、幸い離れることはない葉の両端を掴み、姿勢を整える。

 そんな有世の下に、するりと大きな影が滑り込んだ。

『ぽっぽう!』

「うにゃっ!」

 ぺしゃりっ、という音とひやっと感覚。怪我も痛みもなく有世を掬い上げたのは、膨らんだように大きくなったぽお助の背だった。先に助けられていたきゅるんぱと竹楽、ついでに竹馬と共に乗っても、その背には広々とした余裕がある。

「あ、ありがとぽお助……助かった」

『ぽっ』

 ふわふわゆったり空を泳ぐぽお助は、お安い御用、といった風にさっぱりと返す。

レース結果は有耶無耶になってしまったが、全員が無事ならそれで良しだ。安心した有世は、掴みっぱなしだった葉っぱを丁寧に折りたたみ、記念にとリュックにしまった。

『きゅぎゅえー』

『がちょちょん……』

 有世がリュックのファスナーを閉め後ろを見ると、きゅるんぱと竹楽がひそひそと、何か深刻そうな顔で話し合っている。

「え、何かマズい感じ? おれできることある?」

『! きゅえ、きゅえっ!』

『ちょんちょん!』

「……そう」

 ここまで皆に助けてもらってばかり。何かできることはないかと思った有世だったが、二人は慌てて手や首を振り笑顔を見せる。少し寂しい気もするが、きっと本当に、今の有世にできることはないのだろう。

 大丈夫、ちゃんと帰れるさ、と励ましてくれる仲間たちを信じ、有世はぽお助の背から軽く身を乗り出して、少しずつ近づく目的地を見つめた。

「……やっと戻って来た」

 再び訪れた湖は、この短い間に少し様子が変わったようだった。先程は確かに、どこからかは不明だが、湖は上からの光に照らされていたはずだ。しかし今は、湖の内から光が空へと立ち上っているように見える。

『ぽっぷう』

「うん」

 ぽお助はこのまま全員を乗せ潜るそうだ。離れないようにとの指示に、有世は両掌をしっかりぽお助の背に添え頷いた。

 静かに下降していくぽお助の腹が、とうとうあの潜れない湖面に触れる。ぽお助はどんどん水中へ沈んでいくが、今度こそ有世も潜れるのか。

 なだらかな背を跨ぐように座った有世の足先が水に触れる。そのまま足首、脛、膝……――

(浸かれてる……!)

 ここまで来れば、今更水に拒絶されることもないだろう。有世は心を落ち着け、潜水に備え大きくゆっくり息を吸ってみた。が、

(一応準備したけど、いらないんだろうなぁ)

 この世界の不可思議さもだんだん掴めてきた。

 湖面を通る時は確かに水の感触だが、先に厚めの水層を通り抜けた足の感覚は、水中のそれではない。そもそも行く先で息が持たないようなら、ここに来るまでに誰かに何かを言われているはずだ。

 冷静に、楽しみに、ついに有世の顔が、顎からゆっくり水を迎える。

 神秘の湖面を通る時、目は閉じていようか、開けていようか。きっと二度と目撃することのない瞬間を見たい気持ちはあったが、鼻が浸かった所で、有世は結局、習慣なのか反射だったのか、息を止め目を閉じた。

 水圧に似た穏やかな力が髪を浮き上がらせるのを感じる。頭の先まで潜り切ったのだと判断し、有世はゴーグルを忘れた日のプールのように静かに、おそるおそる瞼を上げた。

 くねり揺らぐ光、通り過ぎ行く波。独特の抵抗と浮遊感。広がる景色も感触も空気中のそれではない。

 それでも予想通り、呼吸は問題なくでき、さらに視界も地上並みにクリアで良好だ。ただ、感じていた水の境目は、目では判断できなかった。

「竜宮城に行く時って、こんな風かな」

 湖中でも話せるのかの確認も兼ね、独り言に近く問うてみると、三匹それぞれからささやかな同意や返事が返ってきた。意思疎通もばっちり可能だと分かり、有世はようやく周りに目を向けた。

 潜る前、地上から見た七々色(なないろ)の数々が、より鮮明な色味で存在している。それらは場所ごとに色味の異なる灰青の岩場では一層良く映える。

 そんな鉱石や泳ぐ小魚たちからは、こぽり、こぽり……と、時折シャボン玉のような泡が生まれ、上っては途中で光の粉となり、湖面を照らす。先程湖の内を照らしていたのはこの光か。

 泡を追い見上げると、いつの間にか湖面は満ちた光で蓋をされたようになっており、地上の一切はもう欠片も見えやしない。一方通行はこの世界の常なのか。

(ま、戻らないから良いんだけどさ)

 今進む湖中の芸術も、きっとあっさり見納めになるのだろう。過行く一つ一つは名残惜しむ暇もないまま次へとつながってゆく。それはごく自然な事なのかもしれないと、有世はここまでの道を振り返り想う。

 この世界に限らない。その時々に纏う空気、揺れ続ける心。死ぬまで変化する自分自身。それらを抱える限り、全く同じに何度も出会える景色など、きっと本当は存在しないのだ。

 当たり前のように扱って『今』を蔑ろにすることなく、瞬きを逃さず焼き付け、歩みは止めず、時にふと思い出し記憶に触れる。それが生きているということなのではないか。

 自分だけでは生まれないであろう大仰な思考が流れるように脳を駆け巡る。有世は何故こんな考えに触れられたのかと、全ての境界が曖昧になったような心地で、湖中とは異なるリズムで揺れる、ぽお助の背の波を見つめた。

 現れては消えゆく、繰り返す波。変化こそ世界の常。どこかで読んだような言葉が浮かぶ。

(……卯月(うづき)ばっかり進んでると思ったけど、おれもいつだって変わっていってるのかな)

 自身の変化はあまり良く見極められないが、どうせなら良い方に変わっていてほしいいものだ。

(変わらず仲良く……は無理なのかも。じゃあ、どう伝える……?)

 次に卯月と会えた時、すぐにここ最近の不誠実を詫びなければ、有世は気まずさを引き摺り、彼女と一言も話せないどころか、伝えるまで何にも身が入らないに決まっている。

 学校に行けば嫌でも――嫌なことなんてもはやないのだが、卯月とは顔を合わせることになる。それでなくてもお隣さんだ。言葉がまとまるまで有世は迂闊に家から出られなくなってしまう。帰ってから考えていたのでは間に合わない。

 そのため先程決意してから、隙を見つけては思いを言葉に変換するため、短い合間に頭をフル回転させているのだが……。

(変わっても仲良く? 変わるけど? 変わるから……? うー……ん?)

 頭の中だけでは難しい。辞書とペンとメモが欲しい。訳もなく走りたい。

 有世はまた一旦、考えるのを諦めた。こうなってしまえば一度間を取った方が、後からポンッ! と言葉が湧いたりするものだ。そりゃあもう、必死に考えていたのが阿呆らしくなる程簡単に。

『ぽい、ぽん』

「……ふぇ? ……あ、本当だ」

 集中していると、それ以外に向ける五感が疎かになりがちだ。声に引き戻された有世が寝起きのぼんやりから覚めるように意識の方向を変えた時には、ぽお助はすっかり湖底近くまで到達していた。

 色味は同じでも周囲のゴツゴツと対極な、広々滑らか、障害物のない平らな湖底だ。有世としては体育館の床が思い浮かぶ。

 そこには場違いに思える、古い木の枠に囲まれた鴨居と敷居、そしてそこにはめられた、紙の張られた格子の障子戸が立っていた。枠の左右にはそれぞれ威勢良く茂った笹が飾られている。笹の下にも何かがあるようだが、陰になって良く見えない。

 他にそれらしいものはない。あれが次の場所への扉か。

 ぽお助が湖中浮遊を終え着底すると、丸みのあるその背からきゅるんぱと竹楽が滑り台のように降り、低重力の落下の後湖底に立つ。有世もそれに続いた。

 底に立ってしまえば不思議なもので、陸を歩くのと同じ感覚で歩ける。月面歩行の宇宙飛行士の動きを想像していた有世は、ほんの少しだけ、がっかりな気もした。

 乗っていたときは近すぎて実感がなかったが、少し離れ改めてその全身を見上げると、今のぽお助は本当に巨大な金魚だ。鯨のようで格好良いが、この大きさだと困り事もある。

「次の扉、あれだよね。ぽお助通れる?」

『ぽぷぉ』

 楽勝、と笑い、全員を降ろしたぽお助がくるりと一回転泳ぐ。するとぽお助の中心、凝縮された海の身体に渦潮が生まれ、その奥へと水が吸い込まれていく。

『ぽっぽう!』

「おぉ……っ」

 行く先不明の渦に呑まれ水量が減るにつれ、ぽお助はみるみる小さくなっていき、最後には元のバランスボールサイズまで戻った。障子戸を潜るのもばっちり可能な大きさだ。

 有世がつい拍手すると、ぽお助は満更でもない顔で優雅に尾鰭を靡かせ、ウイニングランよろしく縦に大きく真円を描いた。

『ちょーい、ちょちょんちょがりー』

『ぽーっ!』

 浮かれてないで早く来ーいとの呼びかけに、ぽお助は、浮かれてない! と勢いよく竹楽へ泳ぎ突っ込む。照れ隠しの一撃は、竹楽の竹馬宙返りに見事に躱された。

 面白いやり取りはいくらでも見飽きないが、一番のんびりしている場合ではないのは自分だと、有世も急ぎぽお助を追った。

 三匹が集まる障子戸の前で立ち止まり、だけどやっぱり気になる背面を見るため、有世は一人小走りで回り込む。すると裏は一面板張り、まるで学芸会の張りぼてだ。

 それでも通ることは確信しているこの障子戸、普通に手で開けそうなサイズではあるが、それで良いのだろうか。窺うように見ればきゅるんぱと目が合った。

『きゅ!』

 きゅるんぱが転がり、笹の陰へ隠れる。有世が下方の葉を手で退けてみると、笹の下には長く太めの白い蠟燭(ろうそく)が備えられていた。

「蝋燭だぁ……」

 有世は七夕の行事で思いがけず、菓子ではなく蝋燭をもらうと嬉しいあの気持ちになりながら、そっと使いかけのような断面のそれに触れた。

 毎年共に七夕を楽しむ卯月は「もらえるならお菓子の方が嬉しい」と言う――確かにあまり使い道はなく、結局最後は仏壇のある祖父母の家行きになる――のだが、クレヨンのように削れ、水を弾く不思議な素材や透明みのある質感は、有世にとってはとても面白く好ましい。

 蝋燭と言えばやることは決まっているだろう。丁度良いアイテムも、今なら所持している。

『きゅう、きゅえい、きゅん?』

「うん」

 有世はリュックを開けると、畑で汲んだ青い炎の入ったカップを取り出した。カップの中身の炎は一切零れず、燃え移ることもなくあの時のままだ。

 そっと、水の中でも構わず燃え続ける炎を笹の下の蝋燭に灯す。そしてもう片方の笹へ向かい、同じように置かれた蝋燭にも。

 すぐには障子戸には動きはない。やや不安を感じながら有世が戸の正面まで戻ると、

「おわっ⁉」

 灯した火は笹を包む勢いで、一瞬だけボォッ! と燃え上がり消えた。

 少し離れていた竹楽とぽお助は静かに声を出しただけだったが、有世の隣のきゅるんぱは、久々にボフッ! と毛を膨らませた。この近距離で突然の大炎上。それは驚くに決まっている。

 きゅるんぱと同じくらい驚き、ついカップを投げ出した有世は落ち着こうと、飛び出しそうな自身の心臓を服の上から押さえながら、身体を振って驚きを飛ばそうとするきゅるんぱに話しかけた。

「びっくりしたなぁ……フれ?」

 フランベみたいだった、と続ける前に、無意識が捉えた異様な光景と混ざり言葉が絡まる。

 周囲に広がり始めていたのは、蝋燭から立ち上る白い煙……否、煙ではない。

「霧……だよな」

 しかも、ちゃんと確認すれば出所も蝋燭ではない。障子戸そのものだ。

 障子戸は開くではなく、蜃気楼のように揺れ形を失い霧となり、枠だけを残し消えゆく。溢れる霧で見えにくいが、敷居と鴨居の間、先にぽっかり暗い道は続いているようだ。

 投げたカップを回収しようと辺りを見渡した有世だったが、見える範囲にはない。綿毛同様、役目を終えて消えたのだろうか。とにかく、探している場合ではなさそうだ。

「行って良いよな」

 有世は答えを待つこともなく、未知の暗闇に踏み入った。もはや訊くまでもなく、行くべき道はここだと分かるため、三匹に対する「前進」の合図のようなものだ。

 真っ暗な道だが、やや光の性質をもった霧が満ちているため、視界は白一色。後ろから仲間たちが来ている気配はかろうじて感じられるものの、何だかやたら静かで、仲間の足音――ぽお助には元々ないが――が聞こえない分、少しでも離れると迷子の不安に吞まれそうだ。ここは一度逸れれば合流が難しい場所だと、有世の勘が叫ぶ。

 早くこの霧を抜けたい、だけど急いで後ろと逸れるのは避けたいジレンマで、有世は慎重に進むしかない。全員で手でも繋いで進めれば良かったが…………

(きゅるんぱとは姿勢的に無理。竹楽は両手竹馬で塞がってるし、ぽお助は……おれが後ろなら尾鰭は掴めそうだけど)

 動物は基本、しっぽを掴まれるのを嫌うイメージがある。魚は動物とは少し別枠だろうが、どちらにせよ、全員では繋がれない。

 考えることで気を紛らわせ、不安を押し込めながら歩くうちに、ちゃぽり、と水たまりを踏む感覚と各々が出す音が増え始めた。そのおかげで一人ぼっちの不安が減ると共に、そこからだんだん足元一面が水の張った道に変わっていく。

 やがて水は有世の前から後ろへの流れを持ち始め、水量を増し、浅い川になった。いや、勢いとしては沢と呼ぶのだろうか。二つの違いが良く分からない。有世は課外学習で体験した『沢のぼり』という名の『川歩き』を思い出し、まあどっちでも良いかと名の選択を放棄した。

 有世の気持ちが晴れ行くと、合わせるように霧も晴れ行く。

 一筋の強風で最後の霧が搔き消されると、青空の下、有世たちは大自然の中の遺跡を思わせる、蔦や苔に覆われた石壁に挟まれた細い川を進んでいたことが判明した。

「良かった! みんな、ちゃんと居る」

『きゅう!』

 振り返って確認すれば、きゅるんぱがひょいと有世の肩に飛び乗る。踏み台にされた竹楽は、四歩蹌踉けた後、両竹で地面をガシと捉えた。

 忘れていたが水が苦手なきゅるんぱは、自分の後ろを歩いていた竹楽の頭に乗って難を逃れて来たようだ。狭く乗り心地は悪そうだが、視界も悪く細い通路で順を入れ替わり、さらに後ろに居たぽお助に乗る余裕はなかったのだろう。

 有世はきゅるんぱを乗せたまま、ざばざばと脛まで濡らしながら、さらに上流を目指す。竹楽はこの流れの中でも器用に竹馬移動を続け、ぽお助は当然のように泳いでいる。

『ぽのぽん?』

「ううん、大丈夫。せっかくだしこのまま歩かせて」

『ぽ』

 ぽお助が、乗るか? と気を利かせてくれたが、今の有世は絶好調である。川の涼やかさが心地良く、歩き疲れる気配がないのだ。

 それに、普段は川遊びなど危なくて気軽にできない。しかも今なら、万が一こけても、ぽお助がすかさず助けてくれる。安心安全なアウトドア体験だ。

 日差しが温かい。足元は滑らない。水音が美しい。……とても楽しい。

 二度目であるが初めてと言える経験が輝き、先月、ごちゃりとしたモヤモヤのまま、楽しいもつまらないも思わず黙々とこなした沢のぼりの記憶までが、有世の中で、ほんの少しだけ明るいものになった。

(もっとちゃんと参加すれば良かったのかな)

 今更しょうがないと思いつつ、過去の自分のもったいなさに少し沈む。あの沢のぼりは、有世にとってどんな思い出になりえたのだろう。

 しかしそれは過ぎ去ったこと。戻れないのは先程、謎の哲学で学習済みだ。

 後悔したなら次へ繋げ。

 誰かの声が聞こえた気がした。


 水位が上がり、有世の膝下ぎりぎりまで浸かるようになった頃、道路のように真っ直ぐだった川が池のように楕円に広がり、その奥には滝が流れていた。

「虹、綺麗だな」

 高さはないが横幅のある滝では、滝行には少し強すぎるであろう勢いで水が落ちている。打たれるのは御免だが、少し離れて、水しぶきに映る虹と共に眺めるのなら、いくらでも見飽きることがなさそうだ。

 だが今はキャンプ中ではない。有世は、帰宅途中だということを一瞬忘れる程の光景を意思で見納め、次へ進む道を尋ねた。

「きゅるんぱ、次は? 崖上るの?」

 自力だけでは到底無理だが、ぽお助に乗せてもらえば可能だろう。しかし、

『きゅーえ』

 進むのは上ではなかったらしい。

 川に降りられないきゅるんぱは、案内を後ろの二匹に任せる。力強く請け負う竹楽だったが、格好良くポーズを決めている間に、クールに返事をしたぽお助がすーっと泳ぎ、竹楽を追い越した。竹楽は少しショックな顔を見せてから、慌ただしくぽお助を追う。

『ぽい』

 ぽお助が滝の横で有世を呼ぶ。どう見ても行き止まりの位置だ。

「ここ? 何か――」

 あるの? と訊きながら、有世はぽお助と追いついた竹楽が示す方へ顔を向けた。

「! 凄い! 洞窟!」

『きゅきゅっ』

 正面からは水に遮られ全く想像もしていなかったが、滝の裏側には洞窟の入り口が待っていた。

 お宝を見つけたように瞳を輝かせる有世の反応に、きゅるんぱも満足そうに喜ぶ。先に洞窟があると聞いていれば、有世はここまでの感動は味わえなかっただろう。言葉ではなく案内で示したのは、サプライズのためだったということだ。

 洞窟は、やや歪んだ四角形だが、六畳一間程の広さだろう。天井は低めで、竹楽はしぶしぶ竹馬から降りている所だ。その空間に置かれたものは一つだけ。

 有世は迷わずその物体――固定された脚立の一段目に立ってみた。

 そこに脚立があったから。そんな軽い気持ちで上った有世だったが、その行動がスイッチだったのだろう。目の前の壁の上部で何かがボヤリと五回点滅し、最後にははっきりと点灯した。

 奥の壁に埋め込まれていたのは、行き先を指示する誘導灯だった。

雰囲気は非常口のそれと似ているが、光色は青白く、上向き矢印と、天井の蓋を持ち上げるピクトグラムの上半身、そして『GO!』という文字が描かれている。

 見上げると、天井には綺麗な正方形の窪みがある。これを押し開けろということか。

 一段目ではギリギリ手が届かない。有世は頭をぶつけないよう屈みながら、二段目、最上段の三段目と上り、両手と、ついでに頭のてっぺんを窪みに押し当てた。

「ふ~……う」

 どれほどの重さがあるか分からない。有世は息を吐き準備を整えると、腰を上げるように全身の力で、窪みを押し上げた。

 やや重みはあるが、力む程ではない。音もなく静かに開いていく蓋は、前方だけが斜めに持ち上がっていく。差し込んだ光加減からして、進む先は室内だろうか。暗くはないが、空の明るさでもない。

 目の高さまで頭を出すと、有世は頭で蓋を押さえたまま、両手を縁に移し、外の様子を覗き見確認した。

 正面は石造りなのか、ツルリとした白っぽい壁。そこから少し距離を持って、左右は色の異なる板壁に挟まれいる。今分かるのはそれだけだが、とりあえず出ても問題はなさそうだ。

 有世は完全に立ち上がり蓋を垂直に開け放つと、腕の力で身体を持ち上げ上階へ移動した。

「よ……っし、出た」

 振り向き確認すると、出口は床に置かれた大きな本の中に存在していた。

 真ん中より少し上側のページが全て蓋として持ち上がっており、通ってきた穴はまるで、開いたページに描かれた絵のようだ。

 穴からは順に仲間たちが上がって来る。

『がっちょん』

「うん」

 最後尾だった竹楽が有世を呼び、背負ったままでは(つか)える竹馬を差し出す。有世が片方ずつそれを受け取り引き上げると、竹楽自身は楽々、穴の上に飛び乗った。

『ぽお、のぽん。ぽい』

『ちょんがりが!』

 こんな時くらい竹馬は置いてくれば良かったのにと言うぽお助に、竹楽は、そこまで邪魔になってないだろと反論している。決して険悪ではなく、仲良しの愉快なじゃれ合いに見えて、有世は何だか羨ましい気がした。

 そんなほんわりした空気を浴びながら、有世は穴を覗き込んだ。もちろんそこから見えるのは、脚立と洞窟の地面。ではあったが。

「?」

 念のため、右に一歩、左に二歩。それでもやはり変わらない。どの角度から見ても、穴の先の風景は張り付いたままだ。

 有世は左掌でそっとページを撫でた。伝わるのは、ざらりとした厚手の紙の触感だけ。続いて、下から上に、一ページだけ捲ってみると……。

 次のページは白紙だった。上から切り抜いた痕跡も、当然ない。

 捲ったページを戻し、有世はもう一度穴の部分を手でなぞる。

 通ってきた穴は、今や完全に、墨色で描かれた絵でしかなかった。

「毎度面白いな」

 呟き、有世は蓋を閉じようと、横から本の上表紙を押した。

「うーん、()ったいなー……この本、開けっ放しでも良いか」

『ぎゅえー』

 錆びたようにギシギシと、少しずつしか閉じない本に苦労した有世が作業を投げ出そうとすると、閉じかけは駄目だときゅるんぱに止められた。最初から閉じようとしなければ良かったのか。

「あー無理だこれ。ごめんみんな、手伝ってー」

 有世の頼みに、三匹は遊びに誘われた気軽さで集まってくれる。本当に頼もしい限りだ。

『ちょいちょい、ちょ』

「分かった」

 竹楽と有世は一枚ずつ上部のページを捲り降ろし重量を減らしていく。ぽお助が大きな尾鰭で何度もぺしぺし表紙を叩き、ある程度表紙の角度が小さくなると、飛び乗ったきゅるんぱが自慢の脚力で跳ね回った。

 全てのページを降ろし終え、表紙もあと一息。最後は全員で表紙の端に乗り、シーソーの要領でようやく本は閉じ切った。

「あー良かったぁ……閉まらなかったらどうしようかと。きゅるんぱ、竹楽、ぽお助、ありがと」

『きゅ!』

『ちょん!』

『ぽっ!』

 仲間との共同作業だと、しんどいはずの作業すら、何だか面白みが増すようだ。

 本を閉じ終えた疲れも即座に消え、有世はついに板壁の先へと踏み出す。

 光が増し、有世の影が濃くなる。目に飛び込んだ光景に足が止まった。

「ここ、って」

 壮観だ。まるで吉夢だ。息を呑むとはこのことか。有世は感動のまま立ち眩み、立ち竦む。

 そこは、広い広い、図書館のような場所だった。

 それぞれ段ごとにデザインが異なる不規則なステップフロアの空間には、数など到底数えられない程の本棚と、そこに無作為のように納められたり、時には床や棚の上に置かれた本が存在しているが、景色同様、どちらにも統一感はない

 本棚は、無垢の板材で作られた小さく質素なものもあれば、海外の歴史ある建物の内装写真で見たような、金や銀の細工が施された巨大なものまで、実に様々な素材や作りの棚が共存している。有世がぱっと周りを見た印象では、全体的に温かみのある木製が多く、武骨な金属製のものは少なそうだ。

 本も同様に、一般的な文庫本サイズ、初めて実物を見る豆本、出口だったもの程ではないが一人では到底運べなさそうな大きな本、豪奢(ごうしゃ)な革張り、和風の紐閉じ、厚い絵本らしきもの、ホチキス留めの雑誌……――但し、その全ての背表紙には何の文字も書かれていない。

「本って、こんなにたくさんある場所があるんだ……」

 有世が知っている『本がたくさんある場所』は、小さい方から、放課後の定番、学校の図書室。走って行ける距離の市民図書館。それから時々両親に車で連れて行ってもらう大型書店だが、ここの規模はとても現実味がない。

 興味深い光景に目移りを繰り返しながら、自由にふらふら棚の合間を歩く有世の後ろを、きゅるんぱたちは一列に並んでついて来てくれている。

 頼れる三匹の仲間たちは、この部屋に来てから何だか静かだが、心なしか皆、ほっとした様子でもあり、元気がない訳ではなさそうだ。図書の部屋ではお静かに、ということだろうか。

(……室内竹馬はオッケーなのに?)

 ちらりと竹楽を振り返ると、発想と光景のちぐはぐさに笑いがこみ上げる。

 有世は口元を抑えて静寂を保つと、改めて本に興味を向けた。

 どの本もタイトルが分からないため、有世は何となく惹かれた一冊に手を伸ばす。それはちょうど有世の視線の高さの棚にあった、群青に銀ラインの古びた革張りの洋書だった。

 よく考えれば、どうせ中身は外国語で書かれていて、読むことなどできないのだろう。それでも開いてみたいと感じ、有世はやや重そうなそれを棚から出そうと、本の背に指をかけ――

「きみ……そんな、嘘でしょう?」

 驚く声に、有世が反射的に手を引っ込め振り替えると、吹き抜けの先、三段上の階、重厚な本が詰め込まれたアンティーク調の黒棚を背に、袴ともドレスともつかない不思議な服を着こなした若い女性が、少し困った様子で立っていた。

 華奢な身体に小さな顔。美しく腰近くまで流れるのは、毛先の所々がパステルカラーの多色に染まった、きらめく雪色(ゆきいろ)の柔らかい髪。服と揃いの色である零れ落ちそうな濃紺の瞳は星の光を(たた)え、遥かな宇宙を思わせる。声もまろやかに愛らしく、彼女を有世の感性で物語の登場人物に例えるならば、姫や王女の称号がとても良く似合うと思った。

 何故か、有世は彼女とどこかで会ったことがある気がするが、はっきりとは思い出せない。これ程印象的な相手なら、忘れることもないはずなのだが……。

 奇妙な感覚が気持ち悪く、有世が全神経を記憶に向け考えていると、それを邪魔するように、部屋全体を大きな揺れが襲った。

「きゃ!」

「わっ! 地震?」

 女性がバランスを崩ししゃがむ。有世は重心を低くし、きゅるんぱと共に踏み留まったが、逆に重心の高い竹楽は、ひっくり返りそうになったところをぽお助に支えられていた。

 揺れは部屋を一度、グワンと不自然に揺らしただけで治まったが、所々から本が飛び出し、床に散らばってしまっている。

「きみたちっ、大丈夫? 本ぶつかったりしてない?」

「あ、はい。大丈夫……みたいです」

 白が基調の和風柵から身を乗り出し心配する女性に、有世は全員の様子を確認して返した。

「良かった……。それにしてもどうして……」

 女性は一安心といった風に微笑みを見せたが、すぐに思い出したように悩み顔に戻ってしまった。原因は突然現れた自分のせいと思った有世は、散らばった本を跨がないように避けワンフロア登ると、少しだけ近づくことができた彼女に謝った。

「あの、勝手に入っちゃってごめんなさい! でもおれ、急に良く分からない所に居て、今帰る途中で、脚立の次がここだったから、来ようと思って来たんじゃないんです!」

 有世は一度山折りのように頭を下げ、ここに居る理由の説明を試みる。何だか口下手だし言い訳じみた感じになってしまったと、自分の話しぶりにややがっかりした有世だったが、女性は気にする風でもなく、二度小さく頷いた。

「そっか、迷い込んじゃったのね。まさか本当にそんな日が来るなんて――いや、来ない方がおかしいのか。そうだよねえ……」

 女性は一人で納得している様子だが、有世には何が何だかさっぱり分からない。何から訊けば良いのかすらもだ。

 このまま話し続けるか、それとも一度、背後の三匹に尋ね事をするか、有世が迷って固まっていると、女性がニコリと笑い、先に動き出した。

「待ってて。すぐそっちに行くから」

「あ、はい!」

 女性の居る場所から有世のフロアまで、直線距離では近いと言えるが、直接繋がる階段がないため、だいぶ回り道になってしまいそうだ。

 自分から会いに行きたかった有世だが、迷路のようなここで迷わず進める自信もなく、素直に待つことにした。

 どのような道を辿ってここまで来てくれるのか。見える場所だけでも……と、有世は女性の動きを追う。すると彼女は何故か階段とは逆に向かって進むと、

「よ……っと」


――タンッ……


「わっ! えっ?」

 大胆に柵を乗り越え、そこから有世の一つ上のフロアの棚の陰に向かって飛び降りてしまった。それほどの高さではないとはいえ、何だかハラハラする。

 そして踵の低いブーツで軽やかに階段を下ると、快活な子どものように最後の二段をぴょんと飛ばし、小気味良い音と共に、有世と同フロアに降り立った。

「お待たせっ! ……あれ、どうかした? 大丈夫?」

「いやあの、飛び降りたのにびっくりして……そっちこそ大丈夫、ですか?」

「うん。いつもやってる事だもの」

「……はは」

 けろっと楽し気な女性の姿に、どこか(ほう)けていた有世もつられて、やや引きつったままだが笑顔になる。

 そこから一呼吸の後、何だか気が抜けた有世は礼を言わねば、と思い出し、今度こそ上手く喋ろうと、急いで言葉をまとめた。

「えっと、その、おれから行くのが礼儀? っぽいのに、わざわざ来てくれて、ありがとうございます」

 駄目だ。やっぱり上手くいかない。また格好悪い姿を見せてしまった。

 学校の作文や新聞など、時間をかけて紙にまとめるのならもう少しマシな文章にできる気がするのだが。話し言葉と書き言葉は似て非なるものだと痛感させられる。

 有世が内省し、緊張気味に背筋を伸ばしていると、女性が少し不満そうに眉をひそめた。やはり言葉を間違えたか。それとも意識を自分の内に向けたのが失礼だったか。

 二択で悩む有世だが、しかし彼女が気にしていたのは全く別の事だった。

「んー……やっぱり嫌だなぁ」

「え?」

「さっきから思ってたけど、そんなに(かしこ)まらなくても良いのに。わたしときみの間柄なんだし」

 女性は不機嫌、というより少し拗ねたような様子で言う。どうやら有世が彼女の事を忘れているのが原因だったようだ。

 それは当然、有世としても気になる事項で、先程も必死に脳内記録を可能な限りパラパラめくりまくったのだが、どうしても彼女の情報は見つからなかった。

 これでは永遠に待たせてしまう。有世は腹をくくって訊いてしまうことにした。

「あの、ご、ごめんなさい。やっぱりおれ、どこかでお姉さんと会ってますか? 考えたんだけど、思い出せなくて」

 怒られるか、悲しまれるか。どちらの顔も見たくない。彼女には笑顔でいてほしい。

(え、おれ何で……)

 不意に生まれた自分の気持ちに、有世は戸惑い、謎が増える。

 有世が頭を捻りたい衝動に駆られていると、何故か女性もきょとん、と小首をかしげた。

「あら、分かってなかったの? わたしは――」

『がちょんっ!』

「わっ、竹楽? なあに?」

 有世の問いに答えようとした女性を竹楽が慌てて遮り、前に出たポーすけときゅるんぱも共に首を横に振りまくった。女性と三匹とは既に知り合いらしく、有世を置き去りに寄り集まると、親し気に話を続ける。

「……え、もしかして言っちゃ駄目なの? これ」

『ちょんちょん』竹楽が首を二度、縦に大きく振る。

「あ~……じゃ、さっきの揺れもそういうこと?」

『きゅん』きゅるんぱが長い耳で丸を作った。

「成程ぉー」

 むう、と顔を(しか)め納得する女性は、溜め息を吐いてから有世と向き直った。

「……とまあ、詳しくは話せないのだけれど、とにかくもっと気楽に接して? 敬語もいらないわ」

「……うん」

 進めば謎が解けるどころか、増える一方な気がする。

 有世は一先ず答を諦め、それでも彼女に言われた通り、不可解な緊張を手放した。許可を貰えたためか、身体も心も少し軽い。

「そだ、お姉さんの名前は?」

「えっ? ……あの、名前くらいなら良い、わよね……? お姉さんって呼ばれるのも落ち着かないし」

 有世のシンプルな質問に彼女は動揺し、やはりまた動物たちに確認を取る。

『ぽぉぱぽ』

 ぽお助の言葉――何故か今は先程までのように動物たちの言葉を理解することができない――を合図に、三匹と女性は輪になった。

「ちょっとごめんね。相談するから!」

 作戦会議! と女性が手を挙げ、三匹とさらに寄り合い、むぎゅり団子状態に。彼らのひそひそ話は、やはり動物の言葉は分からないが、耳をすませば女性の話す言葉だけは有世にも漏れ聞こえてくる。

「名前は良いけど、存在自体ギリギリ? わたしはあんまり彼と一緒に居たら良くないのかしら? ……でも~っ」

 何やら話し合いは難航しているが、女性は自分の意見を通すべく奮闘しているように見える。

「一人で行かせて迷子にでもなったら……いや、君たちが付いていてくれてもさぁ、話せないとちょっと不便なこともあるだろうし……え、伝えられるの? バッチリ? ……ふーん」

 女性の声のトーンが下がる。何だか雲行きが怪しい。

「もうっ! ただわたしも一緒に行きたいだけだって、皆も分かってるのでしょう? どーにかならない?」

 とうとう女性は、もう限界とばかりに本心を叫んだ。もはや有世にも丸聞こえである。動物たちは何とか彼女を宥め、もう一度だけ秘密の話し合いを再開した。

 しばしの後、輪のざわめきが鎮まる。

「……それならセーフ? わたしっぽくなく、ねぇ……うーん」

 女性のその言葉を最後に、作戦会議は解散。悩む女性を残し、三匹は有世の周りに帰って来る。

「きゅるんぱ?」

『きゅい?』

「ああうん、ちょっと声かけただけ」

『きゅ』

 有世が試しに呼んでみると、また言葉は通じるようになっていた。彼らの意思で切り替え可能なのか。有世に聞かれてはまずい話は何だったのだろう。

 これも「話せない事」なんだろうな、と、有世は特別追求しようとは思わなかった。有世の目的は全てを知ることではなく、家に帰ることだ。

 ややボーっとしていると、ぽお助が、そろそろ行くかと胸鰭を動かす。有世は構わないが、女性はまだ唸り声を漏らし考えて続けている。

「ええーっと、あのぉ――」

 黙って去るのもどうかと思い、声を掛けたいが、呼び方が定まらないのは不便極まりない。有世はとりあえず彼女に近づいて、適当に音を放った。

 視界に有世が入ったことで、自分に用があると気が付いた女性は、びくりと半歩下がりかけたが、突如彼女は閃いたとばかりに瞳を輝かせ――

「そうだ。うん、折角だ」

「?」

 女性がキリリと凛々しい顔をする。そして、

「わたしのことは『王子(おうじ)』と呼んでくれたまえ」

 名乗ると共に、何故か話し方も振る舞い方までも一変させた。

「――何で王子?」

 予想外の呼び名と行動に、有世はそれだけをやっと聞き返した。

 確かに、世界には王子と称されても不思議ではない女性が存在することは有世も知っている。しかし目の前の女性は、その枠に当て嵌まるタイプではないだろう。彼女は腕白な面こそあったが、子どもの目から見ても一目瞭然な品と可憐さを兼ね備えていた。        

 そして正直今も、格好良さより可愛さが勝ってしまっている。

(なにより、王子自身が何だかやり辛そうだし……)

 有世が頭の上に疑問符を五つも浮かべたように混乱した顔をしていると、その内心を読み取ったかのように王子が笑った。

「ふふっ。どんなに好きな『自分』でも、毎日やっているとね、他の何かになりたくなる時もあるものだよ、少年」

「そう……いうもんなんだ」

 確かに有世も変わりたい願望はあるが、自分からかけ離れた何かになろうとは思ったことがなかった。

 けれど、自分の感性が全てではない。

 有世はちぐはぐなその呼び名を受け入れることに決めた。

「王子、ね……了解っ!」

「うむ、よろしくな、少年」

 王子は満足そうに胸を軽く反らした。やっぱり何だか違う気はする。

「それで、王子も一緒に案内してくれるの?」

「もちろんだとも! 大船に乗ったつもりでついて来てくれたまえ」

 そう言ってから王子はえへへ、と笑い、慌てて「今のはナシだ」とクールな振りをする。

 頑張って王子だと思ってあげよう。

 有世はそんな気持ちになった。

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