5-鍵を開く
まだ見ぬ「きゅるんぱの仲間たち」は、丘を越えた先の村に居るという。有世はきゅるんぱと共に様々な花が咲き乱れるなだらかな道を進んでいた。
「……綺麗だ」
有世は格別花に詳しい訳ではないが、それでも満開の桜の下にひまわりが咲くなど、見かける花々は季節がごちゃ混ぜであると分かる。図鑑やテレビでも見たことのない花も数多く咲いており、中にはガラスのように固く艶やかな花や、透けて輝き触れることのできない花まである。今更ではあるが、とても現実に存在する風景ではない。
「本っ当に、何なんだろ、ここって……」
蔓を伸ばし垂れ下がるように咲く薄紫の丸い花にそっと触れると、花は静かに揺れ、爽やかな音色を響かせた。その音に振り返ったのだろう。つい足を止めた有世に気づき、数歩先からきゅるんぱが引き返して来た。
『きゅ?』
「あ、ごめん。早く帰らなきゃって言ったのおれなのに」
『ぎゅっ』
きゅるんぱが首を横に振り、空を示す。空は有世が大扉を出て森へ入った時からずっと変わらない青。ここの時間経過はゆっくりなのだろうか。
『きゅーんきゅる。きゅぱっ、ぎゅえ』
きゅるんぱが言うには、最終的に帰り着く時間は、のんびりでも急いでも変わらないらしい。むしろ急いでも良いことはないそうだ。その時思うまま、感じるままに進めば、それが最善になるという。
「分かった。……でも、もう大丈夫。進みたいって思ったから、進もう」
『きゅいっ!』
気になる花はいくらでもあるが、その全てに触れていては一年あってもきっと足りない。先程の花の音色が、有世にとっては区切りのチャイムだったのだろう。すぱりと切り替わった思考が有世に次の景色を見せる。
「あれは――?」
改めて前を向くと、大木の幹にも負けないような太さの緑の茎がぐんぐん伸びていく。茎は時折葉を出しながら成長し、近くの大銀杏の背を越えたところで、先端にパッと大輪の白い花を咲かせた。
『きゅうっ! きゅうおん!』
「あれに乗る……乗るって!?」
きゅるんぱの手招きに、訳が分からないまま有世は茎の正面に立つ。乗るとは、そびえる茎を登るということなのだろうか。さすがに骨が折れそうだ。
『きゅっきゅっ』
きゅるんぱが花を見上げる有世の足をぱすっと叩き、上ではなく前だと示す。言われたとおりに有世が目の前の茎を見ていると、
ぺろんっ
茎の根元の皮の一部が、四角く剥けるように開いた。茎の内側は空洞になっているようで、剥けた表皮はくるくると丸まり、開いた口の端に納まっている。
中が気になった有世が覗こうとすると、きゅるんぱに「降りる側が先」だと引き留められる。訳が分からず待っていると、茎の中から二匹の動物が現れた。
『きゅっ!』
『ちぃ』
『ぐっ』
「あ、ども」
茎の中から出て来た大きなリスと小さなクマは、きゅるんぱに和やかな挨拶を贈り、有世とペコリの一礼を交わすと、そのまま仲睦まじく花畑の奥へと消えていった。
『きゅう、きゅーりるー』
きゅるんぱと共に茎の中へ入ると、有世は直感的にこれが何なのか、そして「降りる側」の意味を理解した。
「これ、エレベーターなのか」
誰も居なくなった茎の中は、緑の壁に囲まれた小部屋のようだった。床の上には何もないが、奥に掛けられた木札には「行き先を教えてください」と見慣れない文字――何故読めるのだろう――で書いてあり、傍には虹色のインクが染みた筆と、メモ帳の様に束ねられた葉が添えられいる。
きゅるんぱは鼻歌交じりに慣れた手つきで葉っぱに文字を書き込むと、その葉をペタリと茎の内側に張り付けた。すると開いた茎は元通り閉じ、茎内は真っ暗に。黒の空間とは違う完全な闇に有世は一瞬身体を強張らせたが、それを解すように、上方に咲いた淡く輝く花が光の泡を注ぎ始める。
「わ、蛍が舞ってるみたいだ。暗くなったのちょっと怖かったけど、これならむしろ良いや」
『きゅっ!』
ぼんやりしたこの明るさは、上映中の映画館に近いだろうか。足元のきゅるんぱの姿はしゃがまなくては見えない。声だけでも居ることは分かるが、有世も隣に腰を下ろす。
振動も音もなく、光の泡も有世ときゅるんぱ以外の一切を照らさない。茎は今、どうなっているのだろう。もう移動は始まっているのだろうか。行き先は一体。それから、移動時間はどれくらいなのか。
有世は次々と浮かぶ疑問を口に出そうとしたが、その直前にぱっ、と室内が明るくなった。いや、一瞬で景色が変わっていたと言った方が正しいだろうか。突然はっきりと見られるようになった空間は、小さなログハウスの一室のようだった。素朴な椅子や机、横長のタンス、小さな暖炉などが備えられたこの場で、変わっていないのは奥の木札一式だけ。
外が気になった有世が、少し重い厚めの木製ドアを開けて転がるように外に出れば、やはりと言うべきか、大きな茎はどこにも見当たらない。きゅるんぱにとっては自然な移動法のようだが、広々とした空を仰いだ有世はつい狼狽える。
「え、どっ、どっから来たのおれたち」
『きゅうえー?』
「あ……そうだよな。繋がってないとこの移動、もうやってたよな、おれ」
確かにここに来るまで、白から黒、黒から外へと、有世は一方通行の謎移動は経験済みだ。青の扉も二度目は開けなかったため、本当に物理的に繋がっていたのかは不明である。とはいえ。
「でもやっぱり、驚くもんは驚くよ。来た道の痕跡すらないなんてさ」
『きゅえ?』
「そーゆうもんだって」
『きゅーん』
首を傾げつつも納得してくれたきゅるんぱと共に、有世は緩い坂を下りながら短い木立を抜ける。視界が開ければ、心地よい風が若草の匂いを運び、お日様よりも優しく温かい光が、ほんわかと明るい影を映し出す。その夢のような光と影に彩られるのは――
「わあ……!」
『きゅい!』
並んで立った高台の下に見えたのは、なだらかな高低差を持った、広々とした村のような場所だった。まだ遠目ではっきりはしないが、様々な色や形の屋根が点在しているようだ。自分なりに賑やかな光景を想像し、早く近くで本物を見てみたい、と有世は心を弾ませる。
「あそこにお前の仲間が居るんだよな」
『きゅんっ』
目的地に近づき、嬉しそうに揺れ跳ねるきゅるんぱの姿につられ、有世も思わず跳ね歩く。高台に備えられた、丸みを帯びた木の柵に沿って進めば、村へと降りられるであろう楽し気な印象の階段に辿り着いた。
一段を降りるのに二、三歩は必要そうな、不規則に幅広かつ緩やかな階段はカラフルなブロックで作られており、明るく華やかな見た目でありながら、周りの自然風景が持つ素朴な美しさとも調和しているように有世には思われた。
いざ一段目に踏み出してみると、コン、と靴音はするものの固さを感じず、試しに勢いよく踏みつけても足に衝撃が来ない。かといってふにゃふにゃと柔らかい訳でもない。未だかつて感じたことのない踏み心地だ。
初めは慣れなかった幅広のステップも、歩きやすい素材のおかげで、すぐに軽やかな足取りに戻る。この階段、ただ歩くだけで元気が湧いてくるようだ。
しかしこの見晴らしの良さ。有世にとっての馴染みの階段と重なり浮かぶ。
「な、きゅるんぱ。こんなに空が広くて景色が綺麗で、居心地の良い階段ってさ、意外と少ないよな」
『きゅ?』
「お前にはここが当たり前なのかな。……おれの家の近くの公園にも、まあ、ここまで凄くはないけど、大きくて広い階段があるんだ。遊ぶのに使っても、座って喋ったり、おやつ食べたりしても楽しくて。みんなにとってはただ普通の階段みたいだけど、おれは、あそこに居るの……大好きなんだ」
いつもは時に見飽きる程身近な、だが今すぐには帰れない場所を想い、有世は空の果てを見つめ静かに語る。そんな切なさを纏った有世にきゅるんぱは優しく寄り添うと、幸せそうに金言を告げた。
『きゅう、きゅい! きゅいきゅー!』
「好きは、宝……? たかが階段の事で、そんな風に言ってくれた人初めてだよ。……あ、人じゃないのか」
あまりに自然に会話が成立しているため、目の前のウサギをウサギだと感じなくなっているようだ。いや、どう見ても愛らしいウサギでしかないのだが。
有世は言葉を噛みしめるように。一度立ち止まり小さく二度頷いた。
「ありがときゅるんぱ。今の言葉、忘れない。格好良いし、温かかった。いつかおれも誰かに……言えたら良いなぁ」
『きゅう、きゅん!』
話す度きゅるんぱが嬉しそうに耳を傾けてくれるお陰で、普段は内に留める気持ちも、表層へと浮かび上がる心地だ。有世は思いに蓋をしきれず、遠慮がちにきゅるんぱに問うた。
「あの、さ。もうちょっとだけ、おれの好きを話しても良いかな」
『きゅんっ! きゅる、きゅっいーきゅん!』
好きの話を聞くのは好きだ、と、きゅるんぱが喜び跳ねる。確かに有世も、嫌いより好きの話を聞く方が楽しいし好きである。まあ、どちらも新たなことを知るきっかけにはできるのだが。
話して良いと言われて、それでも少し躊躇ってから、有世は口を開いた。
「……怖い話の『怪談』は嫌いなのに、上り下りの『階段』は好き、なんちゃってさ。思いついても誰にも言えなかったけど……言ってもお前は馬鹿にしないんだな」
『きゅ? きゅるきゅい?』
何が言い辛いのかと、きゅるんぱに不思議そうに尋ねられ、有世は嬉しいような気恥しいような、複雑な気持ちで応える。
「だって、駄洒落っぽくて引かれそうじゃん。おれ、言葉遊びは好きなんだけど、自分では上手く言葉が浮かんだつもりでも、褒められる時と引かれるときの境界って未だに良く分かんないから、迂闊に口に出せないんだよなぁ」
自分の言葉遊び好きはいつからか分からないが、あれは小学校に入ったばかり、初めてできたクラスメイトたちと何気なく話していた時のことだ。思いつきを言葉にし、「すげー」などと言われ、言葉遊びに何の疑問も持たないままだったのは初めの二回まで。しかし渾身の三度目は「うえ、駄洒落かよ……」と何故かドン引きされた。その瞬間、有世の『好き』は曖昧で不鮮明なものに成り果ててしまったのだった。
自分が何を言ったのかはもう覚えていない。覚えているのは――今でも振り払えないのは、大きな二つの感情。
「みんなが同じもの好きな訳じゃないのは分かってる。それでも面と向かって否定されるのは……悲しいしお化けよりずっと怖い」
『きゅん』
一息で言い切った後、頷いてくれたきゅるんぱの姿に、ようやく自分の感情が追いつく。
(あ、おれ……こんなこと思ってたのか……)
涙の感情たちを認めてしまえば苦しくなるだけだと、どこかで考えないようにしていた、自分の本心。深く深く沈めてあったはずが、話しているうちにふわふわと舞い上がり、心の谷から溢れ始める。
知らぬ間に滲んだ涙が零れないように眉間を寄せる有世だが、滲む言葉はどこまでも広がっていく。
「みんなにも好きになってもらわなくても良いんだ。……だけど、おれの好きを、誰かには知って欲しいというか、理解っていて欲しいというか。うん、そんな気持ちも、やっぱりあるんだなぁ」
違う。こんな話をしたい訳ではない。弱い姿を、誰にも知られたくない。それなのに涙は溢れ、流れる一方だ。
「…………寂しい……っ」
嫌だ。これだけは絶対に言わないつもりだった。言いたくなかった。
家族が居て、友人が居て、それなりに楽しい日々を送っているつもりで。だけど肝心な所では、誰とも分かり合えないような孤独感。
「ううぅうっ……うええ、っく」
堪えれば堪えるほど、きっと今の自分は不細工だ。そう頭では分かっていても、最後の意地がなかなか外せない。乱れた息と喉が閊えるような重たい苦しみをしばらくは抑え込み、それでもとうとう、有世は階段に座り込み――泣きじゃくった。
「わあああっ、えああ……んっ! しんどいよぉ! 何で、こんな……っっあ」
何を主張したくて泣き叫んでいるのか、有世自身にも分からない。悔しいのか情けないのか、それともただ辛く悲しいのか。何だって良い。きっとこの感情は、分類など必要のないものだ。
膝を抱え、一度は顔を伏せ。だけどもう隠す必要もないと、晴れ渡る空の下、泣いて、泣いて…………泣き切って。
「うう、ぐすっ」
駄々っ子の様に泣き尽くし、衝動こそ落ち着いたが、まだもう少し、涙は生まれ続けてしまいそうだ。何も言わず隣に居続けてくれるきゅるんぱには救われる心地だ。有世の経験上、これが両親ならきっと、すっきりする程泣き切れる前に「いいかげんにしなさい」などとあきれたように言ってくるのだろう。あれには無性に腹が立つ。
そんな風に過ごしてきたものだから、有世は綺麗に泣き切れた時の独特な爽やかさを、今初めて知った。頭の中が膨張し、脳が痒いような不快感もあるし、視界もぼんやりしている。持っていたティッシュは使い果たし、赤くなるまでかんだ鼻は詰まり気味で息苦しい。それなのに身体は軽く、気分は穏やかな海の様に凪いでいる。
この感覚に至ることは、きっと一人ではできなかった。有世はまだ少し鼻声のまま、きゅるんぱに声を掛けた。
「なあ、きゅるんぱとはっ、一緒に帰れないんだろ? 分かるんだ。……でも、帰りたいのに、帰ったら、きっともうすぐ独りに……誰とも楽しく話せなくなる」
『……』
これまで語りかければ、必ず声での返事をしてくれたきゅるんぱが、今は静かに有世の目を真っ直ぐ見つめるだけだ。まるで続く有世の言葉を待っているように。
「でも、今日お前と会えたみたいに、いつかまた……会えるかなぁ。こんな風に、一緒に居られる人」
静かに口を閉じれば、今度こそ言葉に区切りをつけたからだろうか。有世の不安に、きゅるんぱがまるで何かの予言の様に応えてくれた。
『きゅう、きゅきゅーきゅ。きゅるきゅっぱ!』
「おれ、この先そんなにたくさんの人と会うの?……そう言われたら、一人くらい、きゅるんぱみたいな人居てもおかしくないな」
『きゅん! きゅいり……』
「それに?」
『きゅう、きゅききゅん』
「……ずっと、居る?」
引っ掛かりを感じ、有世は自分の発言をふと思い返した。「もうすぐ独りになる」とは、今はまだ独りではないということだ。自分は何故そう言ったのだろうか。
悩む有世は、思い出して、ときゅるんぱに促され、意識を過去の世界へ向ける。
まだ今の様な苦しみを知らなかった幼い自分。当たり前のように好きな言葉を選び使い、不安も寂しさも感じず笑っていられたのは何故だろう。それはきっと、無理なくとても自然に、一緒に楽しんでくれる誰かが居たから。
その相手は家族ではない。いつの時も有世の記憶に居るのは。やっぱり浮かぶ姿は。話して嫌われたくないけれど、それでも知って欲しい相手は――
(卯月……)
何でも話し合えて、時には大ゲンカして、でも最後はなぜか仲直りしていて。無限の色彩を楽しむように、あれもこれも一緒に笑った、大切な友人。ずっとそうして居られると思っていたのに、互いにぎくしゃくし始めたのは――変わってしまったのは一体いつからだったろう。
「…………あれ?」
いや、互いに、ではない。それなら今日までの間に、とっくに有世は卯月と離れていたはずだ。今日だって、渋る有世を公園に誘ったのは卯月だ。変化はあれど、卯月は壁など作っていない。
感情と現実が綺麗に切り離され、偽りだらけだった世界が鮮明に映る。
「何だよ。……全部おれのせいじゃん」
あまりの真実に体の力が抜け、有世は、やはり柔らかい階段に後頭部から倒れこんだ。視界いっぱいに空が広がる。感覚が冴えたせいか、空は一層美しく、穏やかに煌めいた。
ぎくしゃくしていたのは有世だけ。今はまだ、卯月は有世を嫌ってなどいない。
嫌われたくないから強くあろうとしていたのに、強くあるために嫌おうとしていた。間抜けな真実の景色が見えた途端、あんなに離れたかったはずの相手に、今は会いたい。そんな風に思う自分が弱く格好悪いような気がして、嫌われるような気がして、やっぱり会いたくない。堂々巡りだ。この輪を断ち切りたい。
(だけどこのままじゃ、ずっと駄目なような気がする)
何が足りないのか、何が余計な荷物になっているのか。自分が何の欠点もない程立派な人間なら良かった。そうすればいつまでも、一度も不安に思うことなく、卯月の前を歩いていられるのに。
考えた所で、現実の自分は、理想まで一瞬で成長できるものではない。このままでは近いうちに卯月に追いつかれ……追い越される。
漠然とした不安たちの中で、明確に迫る不安。そんな有世の思考を読み取ったかのように、やはりきゅるんぱはタイミング良く言葉をくれる。
『きゅう、きゅいりー、きゅきゅん』
――隠さないで、信じてみたら?
何を? とは聞き返せなかった。それは今なら、有世が一番良く分かっているはずだから。だけど、
「簡単そうに言うけどさ、それが難しいんだろ」
『きゅーん?』
ちょっと意地が悪そうにきゅるんぱが笑う。出会ったばかりのはずなのに、きゅるんぱには全てお見通しのようだ。何故だか有世以上に有世を知っている、と言っても良いくらいに。
有世はちょっと拗ねた顔できゅるんぱを睨んだが、きゅるんぱはどこ吹く風で楽し気に見返してくるばかりだ。まるで睨めっこのようにしばし見つめ合い、どちらからともなく、二人で声を上げて笑った。
一頻り笑えば、有世は、先程までの悲しみと今の笑いが混ざり合った涙を左腕で乱暴に拭い、まだ少しだけ無理が混じった笑顔を作る。
「ふう。結局、嫌の話もしちゃったな。ごめん」
『きゅっ。きゅうきゅんき、きゅん!』
「うん。おかげですっきりさっぱりだ」
変わること。変われないこと。まだ何が解決した訳でもない。
それでも宿った小さな星の輝き。
「帰りたい、じゃなくて、帰らないと駄目だな」
アイツに、ちゃんと伝えるためにも。
自分の意思を確認するように、静かに声にする。
すぐさま強くはなれない。卯月に先を行かれるときは近いだろう。それならば、弱い自分を認め、知ってもらうしかない。
(打ち明けたら、がっかりされるのかな。それでも――)
隠したままでも溝ができるのなら、全てを伝えてみよう。もし弱さを知られて嫌われたのなら、もう一度、そこから強くなろう。未来を見据えて、覚悟を決めるのだ。
「……ふふっ」
『きゅ?』
「うん。なんか大袈裟なこと考えちゃった気がして」
有世にとっては一世一代の告白でも、他人から見たら、きっとちっぽけなことなのだろう。有世とて、バレンタインに玉砕したクラスメイトに同情するのは、ほんのひと時だ。当人がどれだけ傷ついても、やっぱり明日は来る。世界は回り続ける。それでもその世界には確かに、本気の思いがあったのだ。
帰ったら、学校の宿題なんかそっちのけで、すぐさまこの大課題に挑まなくては。……上手く言葉にできると良いが。
有世は試しに、隣の友人宛に言葉をまとめる。生まれた思いは、いたってシンプルだった。
「うーん。きゅるんぱになら『ずっと一緒に居たい』って、こんなに簡単に言えるのに。変なの」
『きゅう!』
「そんな風に喜んでもらえたら嬉しいな。本番も」
『きゅいっ!』
「分かってるよ。やるしかないよな」
『きゅん!』
有世の顔つきの変化を感じ取ったのか、きゅるんぱは大きく二度跳ね、「さあ進むぞ!」と言わんばかりに有世を急かす。
「さっきまでゆっくりで良いって言ってたのに。時が来た?」
『きゅおん!』
「おれもそんな気がしてたっ」
一足お先、と転がりだしたきゅるんぱを追い、有世もいよいよ階段の終わりへ進む。有世の意思に応じるかのように、階段は柔らかさだけでなく、推進力を与えるような弾力を持ち始める。
最後の二段を幅跳びのように飛び越え、有世はきゅるんぱと同時に着地した。
「おれが先に降り切った!」
『きゅーえ。きゅう、きゅん!』
どちらも譲らず、けれど本気で争う程でもなく、有世ときゅるんぱは視線を交わすと、次の勝負のゴールへと走り出す。
階段のブロックは道のタイルへと続き、その先まで彩り続けている。
二人は力をくれるタイル道を駆け抜け、村の入り口、道を跨ぐように置かれた扉のない木の門を目指した。