Story.75―――理想、探索。
「初めまして、未来の客人。俺はこのブリテン島の全盛期を切り開いた二代目の王にして、〈理想郷アヴァロン〉の現行管理人―――名を、アーサー・ペンドラゴンと言う」
男性は自らを〝承伝の騎士王〟アーサー・ペンドラゴンだと、そう名乗った。
その名を聞いたとき、私は安堵した。よかった、フランソワの降霊が成功したのだ、と。しかしすぐに最悪な現実の可能性を考える。
降霊したアーサー王が私たちの目の前に現れている、ということ。それすなわち、私たちは既に死亡してしまったのではないだろうかという可能性だ。
「ああいや、お前たちは死んでない。お前たちは、今モルガンの首を落とそうと剣を振りかぶったその瞬間で外の世界の時は止まっている」
「『外の世界』? それはどういう……」
「なに、簡単な話だ。お前たちと俺が今いるこの空間―――これは〝純聖剣〟求めるは絶対の勝利が内部に抱える試練の世界。本当にこの剣を扱うにふさわしいかを問う、審判の間だ。そして俺はそれの裁判官。意思を聞いて、それでこの剣にふさわしい者かどうかを決める」
なるほど。まだ完全には理解できていないが、大体の概要は把握した。つまりここは精神世界で、私たちは〝純聖剣〟求めるは絶対の勝利を疑似的に顕現するところまでは行ったが、最後の関門を突破していないということか。
「そうだ。お前たちは今、聖剣の頂に触れている。しかし、それを振るう資格を持ちえない。だから、俺が今から審査をする、ということだ」
「……頭の中、読んでるんですか?」
「おう。ここは俺の所有物の中にある精神世界。つまり、俺の領域だ。マーリンのやつもやっていただろう? あれと理屈は同じだと思ってもらってもいい」
「ああ、そういう……」
なんか、この世界の上位陣の人たちって読心しすぎじゃない? それがデフォなのか?
私はアーサー王をじっと視界にとらえながら、アーサー王が次に放つ言葉を待つ。すると、カナリアが私に寄りかかってくる。
「うぅ……まだ頭がぽやぽやする……」
「頑張って、カナリアちゃん……って、ちょい重いかも」
「ああ、なるほど。この世界に転移して一瞬時空間のねじれを観測してしまったから、一種の乗り物酔いのような状態になってしまったというわけか。……それでもまあ、質問に答えることぐらいはできるだろうよ」
そう言って、アーサー王は言葉を紡ぐ。
「こんな状態なお前に問うのは少し酷だが―――カナリア・エクソス、貴君の理想はなんだ」
「理想?」
アーサー王は、武を競うでもなく、舌戦を繰り広げようとするわけでもなく、ただ静かに、理想を問いかける。
「そうだ、理想だ。俺が問うのはこの剣を扱うにふさわしい覚悟と、おもしろそうな理想を持っているかどうか。まぁこの剣に触れるっていうことはそれなりの覚悟があるってことだろうし、覚悟は免除。だから俺は、お前らに理想を問いかける。
さあ答えろ、カナリア・エクソス。お前の理想はなんだ?」
その問いに、カナリアはとても簡単そうに答える。
「ん? 私の理想か? 理想は、クロムと一緒に幸せに暮らせればそれでいい。いつもは穏やかに暮らして……たまにごたごたに巻き込まれてっていう退屈しない生活。それが私の理想だ。正直言って、世界なぞどうでもいい。だけど、世界が滅んでしまってはクロムと一緒に過ごすことができない。それだけは絶対に阻止する。そのために、この聖剣を求めたんだ」
「ねぇその唐突なイケメン発言やめて。対応に困る」
「……はは、いいねぇ。俺はすごく言いにくいんだが、百合を眺めるのが好きなんだ。―――つまり、いいぞもっとやれ、ってことだ」
この騎士王―――本気か!? 伝説の騎士王が百合豚とか、後世に残すことできないぞそんな記録! しかも、これ調査名義だから多分報告書とか書かなきゃいけなくて。そしたらある一文に「騎士王は百合豚であった」とかいう意味わからん文言が出てくるぞ。
「別にいい! それが真の漢というものなり!」
「こいつ……本気だ! 本気と書いてマジと読む系の、あれだ!」
「うーん、よくわからないな!」
一人この意味不明空間に取り残された哀れな若き騎士が放った一言で、私たちは少し正気に戻った。オタクは一回ボルテージが上がると冷めるまでが長い。
「こほん。よし、これでカナリア・エクソス、お前の権利は俺が保証しよう。おそらくこの一時だけだろうが、モルガンを一刀両断することができうる。
そして―――クロム・アカシック。お前にも同様の質問をしよう。貴君の理想はなんだ?」
そして、予定調和にアーサー王は私にも同じ質問をする。
「私は―――」
だが、私はすぐに答えられなかった。
希望はある。叶えたい理想もある。それは、頭の中ではもうすでに駆け回っている。しかし! しかし……喉の奥。そこにあるはずの理想は喉から出ることを執拗に拒んでいる。
「私は、私は……」
焦りと緊張。その全てで、喉が詰まる。
あ、だめだ。出ない。
―――助けて、助けて。誰か……
(ならば、少しの間だが、協力してあげようか、クロム)
その声は―――マーリン!
助けて、マーリン。
(よろしい。ではいったん落ち着こう。話はそれからだよ)
……その一言で、緊張がほぐれていく。先ほどまで狭まっていた視野がだんだんと広がっていき、周りが見えるようになる。
すると、そこには私を見つめているカナリアの姿があった。
(さあ、彼女を見てどう思う?)
どう思うって……わからないよ。私には、まだ、わからない。
(本当にそうかな? 君はもう気づいている。君は、彼女に、どう思われたいんだ?)
わからない、わからない、わからない。
(理想なんて大層なものは必要ない。必要なのは、その聖剣を手に取るために必要なのはいつだって―――)
心からの叫びだ。
「私は―――わからない! 理想は、まだわからないけど―――それでも、私はカナリアと一緒に……一緒にいたい!」
その叫びに、アーサー王は大きく口をゆがませる。
「……ふははは! 上等上等! おもしろいやつらだ、やはり。―――いいだろう。合格だ。俺の剣をくれてやる」
「やった……!」
「ではレクチャーだけして終わろう」
そう言ってアーサー王は腰に提げていた剣をカナリアに投げ渡す。
「使い方は至極単純だ。カナリア・エクソス、お前は全力で剣を振り下ろせ。その際、時分の筋繊維の断裂などは気に留めるな。何か一つに集中して、心を無にして振り下ろせ。以上だ」
「それだけ?」
「ああ。カナリア・エクソスはそれだけだ。本命は―――呪術師のお前だ、クロム・アカシック」
「え? 私?」
「そう。お前は自らの〈根底刀剣〉を顕現させることができる。そしてその能力は、あらゆる幻想への絶対優位性。その〈根底刀剣〉を薄く膜のように剣にまとわせろ。そうすることで、膂力では刻み切れないモルガンの霊体まで刃が届き、モルガンの存在証明を終わらせることができる」
そこまで言うと、アーサー王の身体が薄くなっていく。
「アーサー王、身体が!」
「問題ない。これは俺が退去するサインだ。俺は今から〈幽玄郷ヘスペリデス〉に帰還する。ま、あとは頑張れよ、お前ら」
アーサー王は半透明になりながら私たちから歩いて遠ざかっていく。
そして、ある程度行ったところまで歩くと、唐突に私たちのほうを振り返りながら言う。
「ああ、そうそう」
振り返って、アーサー王はその続きを紡いだ。
「クロム・アカシック、マーリンの野郎……いや、女郎によろしく。あとカナリア・エクソス、『円卓の騎士』末席着任おめでとう。エクターの後任、よろしく。そんだけだ」
「アーサー王! ……っ!」
アーサー王が完全に姿を消した時、私たちはまた、白い視界にのまれていき―――
「……っ!」
「戻った、のか?!」
カナリアが握っていたはずの剣を、私も共に柄を握っていた。その剣は―――煌々と、目をつむりそうになるほど眩い光を放ち、私たちを照らしていた。




