Story.74―――おお、眠りよ【O'SONNO】
「さあ、ブリテン島最後の戦いの始まりだ」
フランソワは結界の暗闇の中でニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「フランソワ、悪い顔してるね」
「ふははは! 別にいいだろう。現に、我々は既に精霊信仰の禁忌である妖精殺しの計画を立てているのだから。悪いことの代表例といっても過言ではない!」
そういやそうだったわ。しかもこの中の二人は精霊信仰における重要人物。精霊信仰の暗部である暗殺教団の教主に、精霊の寵愛を一身に受けた聖人とは別種の存在である聖者。精霊に刃を向けるということは、私にはあまり実感がないが大罪に近い感覚なのではないか……?
そう思ってニーナとカナリアを見る。
すると、ニーナは少し苦い顔をしていたが、カナリアは気にも留めていないようだった。
「え、抵抗ないの? 今から精霊信仰の本尊に刃を向けるってのに」
「ええ、確かに抵抗はあるわ。けど、世界の危機だもの。自分の信念云々で世界滅亡を見届けるなんてできないわよ」
「立派やね。で、カナリアちゃんは?」
「いや、別に抵抗はないな。世界の危機なのだろう? ならば民を守るために剣を持つ。それが騎士というものだ。それに、世界が滅んではクロムに会えない」
「え、好き」
カナリアの突然のイケメン発言に少し本音がもれてしまったが、それを隠すように私は咳払いをする。
「こ、コホン。えー、んじゃあフランソワ。私たちはもうモルガンに向かって移動すればいいってこと?」
「ああ。疾く居ね。こちらはこちらで準備がある。それに、カナリア・エクソスならもう準備運動を始めているぞ」
「え?」
そういわれて横を見ると、カナリアはラジオ体操をしていた。
「え、ラジオ体操?」
「ん、クロムも知っていたのか。そうだ。異世界から伝わった由緒正しい準備運動だと剣術科で教えられたものだ。今はあまり時間がないから一番しかしてないが……今度四番を見せよう! あれは凄いぞ、およそ人間の可動域を無視している!」
ラジオ体操って四番まであったっけ? なんか二番とか三番とかで止まってた気がするけど。まぁいいか。私が知らないことなどこの世には無数にあろう。今は目の前の敵に集中せねば。
「ふぅ……よし! いつでも行けるぞ」
「了解した。では、クロム・アカシックを抱えてモルガンの首元まで行け。クロム・アカシック、浮遊の魔術は覚えているな?」
「うん。ばっちり」
「それでは行くといい。次は泥のない綺麗なブリテン島で会おう!」
―――それを開戦の合図とし、私たちは動き出した。
「それじゃあ、いくよ!」
「ああ。いつでも」
「呪文詠唱―――破棄、そして実行―――『発展魔術・飛翔せよ、地の者ども』!」
私が魔術を発動すると、私を抱えているカナリアの身体がふわりと宙に浮く。
「おお! 浮いた!」
「で、ここからどうやって動くの?」
「任せろ! 日々の鍛錬の成果、見せてあげよう」
そう言うと、カナリアはぐぐぐっ……と足に力を籠める。ん? 宙に浮いているのに足に力が入っている。まるで、そこに跳ねるための面があるかのように。
「え、何するつもり?」
「まぁ見てて……はっ!」
カナリアは、その直後に前進した。え、私まだなんの推進力も出してないんですけど。
「はははは! 見てたか、クロム! これが、日々の鍛錬で得た成果の一つ。空間を一つの『面』ととらえ、そこに力を加えることで移動する技法―――〝空踏術〟。本来なら自由落下中に移動する向きを変えるぐらいしかできないのだが……今はいつでも宙に浮いているからな。どこまでもスピードを出せそうだ」
「すご……私には再現不可能だよ」
「ありがとう。では行くぞ、クロム。これからスピードを上げる。舌を噛まないように気を付けてくれ」
「ん!」
そう言って、カナリアは空中に存在するように見える『面』を次々に足場にして、持ち前の脚力を以って加速していく。その姿はまるで、草原を疾走する馬のごとし。時速数十キロにも達しそうなスピードを、ぐんぐんと伸ばしていく。
そこで私はふと気づく。―――モルガンが乱射している魔力砲が、一向に私たちにあたる気配がないということに。
どういうことなんだ? 先ほど私は「何かしらの原理」が覚醒したと考察したが、今、冷静になるととても無理のある考察に聞こえる。なぜならば、私は「原理が発現した人間」というものの存在の記録を、見たことがないからだ。
私がランスロットの〝反聖剣〟『不壊』の原理を見た戦いの後、原理というものについて興味がわいたので調べてみた。すると、武器に発現するということは極稀にあったが、人間に発現するという例は見られなかった。
反例として、今戦っているモルガンがあげられるが、それはモルガンが聖霊に一番近い妖精というイレギュラーもイレギュラーの特例であるからだ。
もしかすると、カナリアも特例なのかもしれない。
だが、そこで私は思い出した。前世の記憶―――「ファムタジアンドクロス」の中、カナリアの持つスキルを。
そのスキルの名は『英雄ノ証』。その効果は―――「発動したとき、そのバトル中は『魔術』攻撃が不必中になる」というものである。
そうか、カナリアの中にくすぶっていた能力が、何かしらの原因で一気に覚醒したんだ。おそらく、エクターさん関連の何かで。
そう思考を巡らせながら、私は自分の異能「幻想封印」のシンボルである鎖をモルガンに巻き付けて、その魔力を削っていく。この鎖の効果は絶大であり、モルガンの魔力量が目に見えて小さくなっている。先ほどの、顕現したころとは見違えるほどに。
私がこの鎖を巻き付けるたびに、モルガンの魔力量はまるで二分の一の指数関数の戻り値のように減っていく。最初に封印したときは全体の魔力量の約二分の一を一気に封印したから負荷が大きくかかったのであって、そのあとはとても楽である。
そして、首元まであと数十メートルというところまで私たちは迫った。そこで、予定されていた通り、火球の魔術を空に打ち上げて合図を送る。
「クロム、私の腰にある剣を抜いてくれ」
私はこくりとうなずいて手が離せないカナリアの代わりに剣を抜く。それは、カナリアが『木花咲耶姫』に使っていた双剣とは違い、白銀に輝く一本の大剣だった。
私はそれをカナリアに渡すと、慣性に身を任せて一緒に飛ぶ。
そして剣をカナリアが振りかぶった、その時だった。
「なんだ、これは―――!」視界が、白く染まっていく―――。
―――白い、白い視界が少し灰色に染まる。
ゆっくり起き上がると、だれかが倒れている。ひとだろうか? まだよくにんしきできない。すこしちかづいてみる。けれどやっぱりだれかわからない。あかいかみの、きれいなひと。
ああ、しっているはずなのに。わたしには、あなたがわからない―――
「さっさと起きろ、薄ノロども」
「……!」
その言葉で、ふと我に返った。先ほどまで誰だかわからなかった人影の正体はカナリアで、同じく目がまだぼやけているようだ。
そして、私は声が聞こえた方を向く。
そこには、金髪で背の高い、白に神々しく輝く剣を携えた一人の男性がいた。男性は騎士らしく、白い甲冑を身にまとっている。
「……は! ここはどこだ、あなたは誰だ!?」
カナリアが復帰したようで、男性を見て困惑しているようである。
「落ち着けよ、お前ら。まずは深呼吸だ。ほら、息吸って―――吐いて―――また吸って―――吐いて―――」
男性の言う通り、一応深呼吸してみる。すると、心の中の整理がついてきて、だんだんと冷静に物事を考えられるようになってくる。
そこで、私は質問をしてみた。
「……ここはどこなんですか?」
私が尋ねると、男性は頭を掻きながら言う。
「まぁ待て。まずは自己紹介からだ。初めまして、未来の客人。俺はこのブリテン島の全盛期を切り開いた二代目の王にして、〈理想郷アヴァロン〉の現行管理人―――名を、アーサー・ペンドラゴンと言う」
男性―――アーサーは、そう名乗った。




