Story.70―――翅、墜落/視点・心臓 その①
「さて、母上の周辺まで来たのは良いんじゃが、それにしてもでかいなぁ」
一人〈人妖協同戦線ロンディニウム・キャメロット〉の結界から飛び出したモードレッドは、モルガンを視覚に収めきれるぎりぎりまで近づいていた。周囲には絶え間なく龍泥があふれ出しており、おいそれと近づけるような状況ではない。
「ま、どうにかなるじゃろ。儂ならイケルイケル」
モードレッドは腰に差してあった剣を抜くと、体中に張り巡らされているすべての魔力回路を全力で隆起させる。
「〝唸れ、龍の心臓!〟」
その一言で、あたりの空間が揺らぐ。
―――ぶぅぅぅぅぅ―――んんんんん―――!
それは古き龍、〝古龍候〟血赫の竜の心臓の模倣品。神代の豊富な神秘をそのままにして封印した文字通りの〝神代の礼装〟と呼ぶのにふさわしい。
一拍ごとに空間を揺るがすほどの魔力を発生させる。
単純な魔力生成炉心。しかし、それは現在建造されている人類が扱うどの魔力生成炉心よりも段違いに効率も、魔力量も高い。
その生成された魔力のすべてが、モードレッドの魔力回路に流れ込む。常人ならば魔力回路の許容量を超えて二度と魔術が扱えないほどにめちゃくちゃになるが、さすがは〝転伝の魔女王〟モルガン・ペンドラゴンの一人娘。魔力回路も一流である。
圧倒的な魔力量を涼しい顔をして受け止める。
そして―――自らに存在する魔力回路を、手に握る剣に伸ばす。それは、自らの持つ物体を自らの体の一部とみなす、『魔術式学』における高等技術。身体の一部とみなすことで、持つ物体、それ自体に直接魔力を流すことができる。生半可な器ならば、魔力の奔流に耐え切れず物体が壊れる。その技術を扱うには、長く使い込んで使用者と相性がいい器を使用する必要がある。
「耐えろよ、儂の相棒!」
しかしその剣はおよそ千年を超える年月をモードレッドとともに生きた妖刀。すでにモードレッドの魔力には馴染んでいる。器としては申し分ない強度である。
そして遂に、詠唱が始まる。
「―――ああ、母よ。貴女を泣く。貴女の犯した罪を、我が落涙の滝で禊祓う。
ああ、母よ。貴女に怒る。貴女の取りこぼした全てを、我が怒りの炎で焼却す。
〝幾星霜〟より世を嘆き続ける者よ、我が母よ。この斬撃は我が咆哮。貴女の嘆きをかき消す、救済の咆哮である―――〝逆邪剣〟紅き王権のしるし、王権開放『永遠なる王雄の証明』!」
モードレッドの持つ剣――― 〝逆邪剣〟紅き王権のしるしから、赤いエネルギーの刃が放たれる。そのエネルギーは、『妖精結界』の影響を受けて一瞬モルガンの手前で止まるが、火花を散らし、圧倒的な魔力量による反位相により、『妖精結界』を中和してモルガンの翅に届く。
そして―――
「墜ちろぉぉぉぉぉ!!!!」
『アァァァァァァァァァァァァ!!』
モルガンは苦しげな遠吠えをあげて、『妖精結界』を終了する。それは、翅が墜落したことを表す。しかし、モルガンもタダでは帰さない。
その金切り声は魔力を纏った空気の断層となり、指向性を持ってモードレッドへと放たれた。
それに気づいたモードレッドは即座に魔力による肉体強化を行う。その肉体は、誰にも傷をつけることはできない―――そう思われた。
「むっ!」
その空気の断層は、鋼鉄の如き硬さのモードレッドの左手を切り落とした。
それを確認すると、モルガンはもはやモードレッドに興味を示さなくなった。その代わり、モルガンの興味は目の前で心臓を狙っている数名に移された。
「ふん。もう儂に興味はないってか、母上。ま、ええじゃろ。あとは任せたぜ、若造!」
モードレッドは黒い地面に倒れ伏し、程なくして安らかな寝息を立て始めた。
こうして、翅は墜落した。もう世を拒む壁は、ない。
「―――『妖精結界』が破られたか。好都合。よくやってくれた、オーベロンさん」
ニコラ・フラメルは愛銃を担いで目の前のモルガンを見る。そのモルガンには、もう先ほどまで周囲を覆っていた『妖精結界』は無くなっていた。その結果、ニコラ・フラメルの眼にはあらゆる情報が映っている。
「やっと視えるようになった。全く、苦労かけさせやがって、このデカブツが」
ニコラ・フラメルの眼が煌々と輝く。数多の死線を潜り抜け、そのことごとくを射抜いた経験により開眼した、世にも珍しい後天性の『超常魔眼』の亜種である、『超常天眼・千里眼』。その白色に輝く眼球が、どのようにすればうまく仕留められるか、ロスなく射抜くことができるのかを映し出している。
そして、ニコラ・フラメルはその眼に映る情報を精査し、担いでいた愛銃を地に置き、構える。
「さーて、どうなることか。俺としてはここ一発で仕留めたいが―――どうにも貫通するかどうかすら怪しいな。素の防御力が高すぎる。どうにかして防御力を下げたいが……ま、試しに一発入れてみよう」
そう言ってニコラ・フラメルはスコープを覗きながら詠唱を始める。
「接続詠唱―――固有接続、錬金創造開始。所有武器認識―――〝魔弾の射手〟。魔術起動、固有魔術接続―――『錬金創造』、接続完了――― 射殺せ、〝魔弾の射手〟」
トリスタンの〝悲聖弓〟『喜劇』の原理を一撃で射出不良に追い込んだ、ニコラ・フラメルの基本狙撃術にして最高戦術。貫通の魔術を組み込む術式を刻んだ剣を『錬金創造』で即座に収斂し、愛銃である礼装〝魔弾の射手〟から放たれる銃弾に乗せて威力を底上げしつつ確実に相手の急所を撃ち抜く高等技術である。
しかし、そんな魔弾も、相手は『妖精結界』がないとはいえ最高位の妖精。その身にまとう漏れ出た魔力の層によって貫通の魔術の効果が打ち消され、肉体に届く前に前進する力を失い、地に落ちる。
「やはりダメか。それならば―――」
ニコラ・フラメルは腰にぶら下げていた外付けのポケットから次弾を取り出す。そしてそれを〝魔弾の射手〟に装填する。
「―――何度でも試すだけだ!」
構える。
そして撃つ。それをニコラ・フラメルは何度も繰り返した。手持ちの弾が底を尽きようとも、それを『錬金創造』で即座に錬金する。射撃するごとに、収斂する剣に刻む術式を変えていく。有用なものがないかを試しているのだ。
貫通から阻害へ。阻害から追尾へ。追尾から爆発へ。爆発から分裂へ―――。
しかし、何度撃っても一向に心臓へ届く気配がない。それどころか、モルガンの肉体へ近づくことができたのは数十発中の三回ほどしかない。
そうしているうちに、ニコラ・フラメルの魔力が切れそうになっていた。その総量は、あと『錬金創造』を数度発動できるかできないか、と言ったところであった。
長時間に渡る狙撃のせいで、集中力も途切れてきており、息も荒い。肩で息をし、瞳孔は震えている。
「―――チッ、ダメだ! こうなりゃ、奥の手を使うしかねぇか……癪だけどな!」
ニコラ・フラメルは身体中に張り巡らされている魔力回路をすべて〝魔弾の射手〟へ集中させる。
「―――『錬金創造』、残力全消費。究極錬金開―――」
その時であった。
「待って、人間。今はまだ、その時じゃない」
逆光の奥。ニコラ・フラメルが詠唱を中断し振り返ると、そこには、彼にとってもう一つの因縁と言ってもいい存在が以前とは変わり果てた姿で立っていた。
「はっ、なんちゅー姿だ、あんた」
「それはお互い様。あなただってボロボロじゃない、ニコラ・フラメル。私に勝ったのはまぐれだったの? 『帝国一の狙撃手』」
「うっせ。俺はヒト型の中型個体専門なんだよ。あんなデカブツ聞いてねぇよ」
「……まぁ、いい。ここは私が行く。あなたは指をくわえてみているといい」
「……そうだな。孔開けんのは任せたぜ―――トリスタン!」
竪琴のような弓を携えた少女は、羽織っていたマントを翻して、堂々と言う。
「―――任せよ、人間。ここからは〝白射手の騎士〟……いや、〝終末の騎士〟トリスタンがお相手しよう」
その少女の姿は、以前のものとは違い―――金色と黒色が混じるものとなっていた。




