Story.69―――視点・翅 その②
「―――妖精の祖にして女王、モルガン・ル・フェイの御子、〈妖精郷ブリテン〉を統べる者、オーベロンの名において告ぐ。〈ブリテン〉に住まう全妖精、全精霊は、朕に魔力を譲渡せよ。これは命令である! 従え―――【聖霊執行・妖精女王】!」
刹那、〈妖精郷ブリテン〉全土にわたるほどの大きな魔力反応が発生する。
それは、聖霊の化身である〝終末の妖精〟モルガン・ル・フェイの実の息子たるオーベロンに渡された大いなる権能。〈妖精郷ブリテン〉を効果範囲とし、そこに住まうすべての妖精、精霊に望む行動を要請することができる、世界に片手で数えられるほどしか存在しない、【世界が行う絶対命令権】。
その権能発動に必要な魔力を流し込む術式が発生したので、三人は一斉に魔力を注ぐ。
オーベロンは指先に魔力を集中させる。
―――が。
「な―――」
「魔術の不発?!」
「あれだけの魔力量で? ありえない!」
指先の魔力がしぼんでいく。それはまるで―――オーベロンに使われるのを拒否しているかのように。
同時にティターニアの目の色が戻る。
「……失敗ね」
「……そうみたいだ。みんな、朕のことが嫌いみたいだ」
「おい、どういうことだ。あの量の魔力が一瞬で蒸発したぞ! てめぇは一体、何をしたいんだ」
「何? 何ってこの術の成功だ。そうしないと、〈ブリテン〉どころか世界が滅ぶんだろ?」
「だから、なんであの量の魔力をモルガンに向かって打ち出さなかったのかって聞いてんだクソ野郎! 答えろよ!」
ノアがそうオーベロンを罵って胸ぐらをつかみ上げようとすると、間にティターニアが入る。
「さすがに見過ごせないわね。私の夫には指一本触れさせないわよ」
「だったら説明しろ! じゃねえと、オレは収まんねぇぞ!」
「いいんだ、ニア。ありがとう」
ティターニアを下がらせてオーベロンが前に出る。そして、ノアと真っ向から向き合う。
「……正直に話すよ、ノア・エヴァネフィル」
「おう。言ってみろ」
「―――朕はね、妖精とか精霊に嫌われているんだ。妖精の王なのにね。だから、一回も【聖霊執行・妖精女王】の完全行使はできたことがないんだ」
「……は?」
「理由はわからない。けどなぜか朕は嫌われてて―――」
「そりゃあてめぇが嘘ばっか吐いてるからだろ」
ノアが、オーベロンに向かって言う。
オーベロンが、薄っぺらい微笑みが、瓦解する。
「今、なんて―――」
「ああ、気づいてなかったんだな。てめぇは、自分すら騙すウソを吐いている。オレ……というか、オレたちにはわかる。多分、ティターニアも知っていたんだろう。てめぇは……」
「あぁ……待て、待て! それ以上言うな!」
オーベロンが顔に手を当てる。その手の下、本当の表情は、ひどく焦燥している。目を見開き、息も荒い。
そのオーベロンの制止を振り切って、ノアはオーベロンにたたきつける。
「てめぇは、ただ自分の傷をえぐりたくないからただ表面を取り繕ってるだけの、暗君だ!」
「違う、違う……朕は……」
―――朕は。
オーベロン。モルガン・ル・フェイの御子。精霊王。いろんな名前で呼ばれているけど―――もともとは〈理想郷アヴァロン〉を統べる領主―――理想王って呼ばれてた。
けれども、ある日。
一人の男が朕のところを訪ねた。立派な甲冑と鎧をまとって、腰には聖霊の気配を漂わせた一振りの聖剣を差していた。その男―――アーサー・ペンドラゴンは言った。朕は、〈理想郷アヴァロン〉の王ではなくなったと。
その時、朕は気づいてしまった。
朕は、母さんに捨てられたのではないかと。
そのことが、未だに忘れられない。それ以降のことは、全てが白昼夢のように感じる。だから、ニア以外の存在なんて、興味ない。―――これすらも嘘だ。
すべてが、ウソ。理想を語るだけの「理想王」。朕が真実だった秋は、もう過ぎた。夢のような夏が、ただ続いているだけなのだ。
でも、それじゃあ、いけない。それじゃ、妖精たちは従ってくれない。今一度、本当の理想王に返り咲くためには、どうすればいい?
―――そうなりたいなら、あなたは理想王なんて目指すべきではないわ、オーベロン。
朕は、はっとして顔を上げる。そこには、いつものすべてを見通したかのような眼をして、ニアが立っていた。
理想王を、諦める?
―――……言い方を変えるわ。オーベロン、あなたはどんな風になりたいの? それが一番大事よ。
理想王になる。それはまるで、呪いだ。一度手放した祝福を取り返そうとやっきになることは、呪いなんだ。
今一度、朕の理想に立ち返る。
朕は、朕は―――
「朕は、前の朕とは違う王になる。もう一度、母さんに必要だっていう、証明がしたいんだ」
「は、随分とお子様じみた理想ね。けど良いわ。付き合ってあげる。それが、あなたと共にいるって誓った、私の理想なんだもの」
オーベロンは伏せていた顔を持ち上げる。
「ごめん。もう大丈夫だ、ありがとう。そして、またお願いできるか?」
「……憑き物が落ちたみてぇだな。いいぜ、今なら信用できる」
その顔には、一点の曇りもない。今まで霧のように顔全体を覆っていた薄っぺらい外膜が、秋の澄んだ空気の様に透明になった。そこには、偽りの微笑みなんて、ない。
「行くよ、ニア。朕たちの存在を、母さんに知らしめてやろう」
「生意気なこと言うじゃない。けど、そういうとこ嫌いじゃなわ。―――準備完了。始めましょう!」
先ほどの儀式の手順とは逆に、ティターニアがオーベロンを抱きしめる。
同時に、オーベロンの目が光る。あの時の、ティターニアのように。
そしてティターニアが呪文の詠唱を始める。
「呪文詠唱―――能力範囲拡大のため、キャラクターシークェンス『ティターニア』を停止。権能譲渡、対象:オーベロン」
「―――妖精の祖にして女王、モルガン・ル・フェイの御子、〈妖精郷ブリテン〉を統べる者、そして……理想を追い求む王たるオーベロンの名において告ぐ。〈ブリテン〉に住まう全妖精、全精霊よ、我が理想に賛同する者よ、朕の声に耳を傾けておくれ。そして、朕に君たちの力を託してほしい。これは命令じゃない。それでも、朕のエゴに付き合ってくれるかい?」
すると、オーベロンの周囲に光の玉が集まる。
「この魔力量は、さっきの倍以上! まさか、本当に〈ブリテン〉中の妖精や精霊が集まってるんか!?」
「……ありがとう、みんな。いざ征かん―――【聖霊執行・理想王権】!」
オーベロンの背後に巨大な術式が描かれる。そこに、三人は魔力をここぞとばかりに流し込む。
―――術式は完成した。その膨大な魔力がオーベロンの魔力回路に流れ、また指先に集中する。その指先には、人の顔程の召喚陣が描かれている。
「―――礼装、最大展開。〝夜を夢見て、槍は征く〟!」
刹那。起動された礼装―――〝夜を夢見て、槍は征く〟は槍のような形から瞬時に姿を変え、まるで銃弾を放つための銃身と銃口のような形になる。そしてオーベロンから供給された魔力を取り込み―――圧縮する。
その圧縮された魔力は膨大な破壊力を秘めながら、じっと待っている。己が主から、発射命令が下されるのを。
そして。
「〝夜を夢見て、槍は征く〟、魔力射出!」
〝夜を夢見て、槍は征く〟が圧縮した魔力を極太ビームにして発射する。それは、先ほどモルガンが放ったビームよりも高い威力を誇りながら、モルガンに接近する。
そしてそれは翅の片方に迫り―――
「Gaaaahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」
「当たったけど、まだ足りないか!」
えぐる。しかし、それでももう片方の翅はいまだ健在である。
「こうなれば朕が蓄えている全魔力を動員して―――」
「待て、兄弟。儂が助けてやろうぞ」
声のする方を向くと、そこにはローブ姿の少女がいつの間にか立っていた。
「……あんた、誰だ?」
「そうか。まぁ、知らんのも無理はない。儂は異父兄弟みたいなものじゃからのう。改めてここで名乗っておこう。
初めまして兄上。そして久しぶりじゃの、聖人たち。儂はモードレッド。アーサー王の嫡子にして、結伝の騎士王。そして、メドラウトと名乗っておったものじゃ」
「―――! 思い出した、メドラウトってあの爺さんか!」
「正解じゃ! 儂は、まぁ訳あって変装しながら放浪していたのだ。そして母上が復活したという風のうわさを聞いたものじゃから、飛んできたのじゃ」
メドラウト―――もといモードレッドはそう語る。そして、モードレッドは剣を抜くと、一言。
「それじゃ、行ってくるわ。儂がもう一枚の翅落としちゃる!」
「え、ちょ!」
そう言ってモードレッドは走り去っていった。
その数分後、もう一枚の翅は落とされたのだった。




