Story.67―――妖精の王と結伝の騎士王
「―――オーベロンって言ったかな?」
(オーベロン―――)
なんだったっけオーベロン。確かシェイクスピアの戯曲「真夏の夜の夢」に登場する妖精の王様みたいな存在だったと思う。なるほど、妖精郷だから妖精の王もいるってわけね。
でも姿も分かんないのにどうやって探せばいいんだ。
「―――というわけでまたしても〈ロンドン〉の街に繰り出そう! とりあえず聞きまわればなんとかなるでしょ」
「楽観的すぎない?」
う、さっそくニーナに突っ込まれてしまった。
確かに、これはめちゃくちゃ楽観的かつ想像の十倍以上は労力のいる作戦だ。調べたところ〈文明異界領ロンドン〉に住んでいる住民の数はおよそ千人。この一分一秒が大切になる状況でやるような作戦では到底ない。
けど、これしか作戦がないのもまた事実である。
「でもやるしかない。できれば今日中に見つけたいけど、それでも一応猶予はある。マーリン情報によるとあと一日は持つらしい」
「一日かよ!」
「でも大丈夫、いけるよ! 探し回れば必ず!」
そんなこんなで私たちはとりあえず聞き込みを始めることになった。試しに、近くを通りかかった一般人の女性に聞いてみる。
「すみません、ちょっといいですか?」
「ん? なに?」
「実はオーベロンっていう人を探してまして……」
「オーベロン? あぁ……アイツか。アイツなら、今広場のとこにいるんじゃない?」
通りすがりの人は一瞬顔をしかめながら言った。早速?! 情報ゲットだぜ。
「ありがとうございます! 行こう、みんな!」
「早くねぇか?」
「そうね。めっちゃ早いわ」
「まぁいいでしょ。早いに越したことはない!」「きゃっ! え、何? なんですか?!」
そう言って私はアリスを担ぎ上げて足に呪力を込める。久しぶりの魔力回路をこじ開ける感覚。少し気持ち悪いが、最初の方に比べれば全然ましだ。
「おいクロム、なにしようとしてんだ」
「? 何って早く行きたいから魔術使って走っていく。アリス連れて」
「あんたバカぁ?!」
「んじゃ、先行ってるね~。『応用魔術・雷光のごとく、俊足―――十三梯』!」
「あ、おい!」
私は『応用魔術・雷光のごとく、俊足―――十三梯』を無詠唱で発動してすぐに走り出す。アリスを担いだままだから少し遅いが、それでも高速走ってる車並みのスピードは出ている。
「いやああああああああ!」
「アリス、口閉じて。舌嚙むよ」
「んぐぅぅぅぅぅ!!!!」
アリスが突然のスピードに驚いて叫ぶが、それを無視して高速で走る。そして私とアリスは〈文明異界領ロンドン〉の中央に位置する〈アナザー・トラファルガー〉に現着した。「ふぇぇぇ……」と目を回しているアリスを下ろし、『生活魔術・酔い覚ましの光』を使って酔いを醒ましてあげる。
「ごめんね、アリス」
「い、いいえ……大丈夫です。楽になりました」
「そ、良かった」
「良かったじゃないわよ、この阿呆!」
いつの間にか追いついていたニーナに頭をひっぱたかれる。
「痛っ!」
「自業自得だぜ、クロム。せめて事前に打ち合わせしろ。びっくりするだろ」
「はい……」
「ま、この話もこれで終わりにしよう。いたぜ、例の〈ロンドン〉の管理人がよ」
ノアが指さした方向を見ると、そこには浮いている一人の男性がいた。白い翅はトンボの翅のよう。暖色を基調とした配色のローブを身にまとい、長く伸ばした茶髪をたなびかせている、切れ長の目を持った青年だ。
「あれが、オーベロン……でもなんで?」
私は宙に浮いているオーベロンを観察してみる。すると、遠く離れているが、なにか下にいる民衆と言い合っていることがわかる。少し近づいてみると、その内容がはっきりと聞き取れた。
「おい、降りてこいバカ! てめぇ今日という今日はツケ払ってもらうからな、オーベロン!」
「オーベロン、てめぇはまず人の女たらし込むのやめろや! 俺最近彼女と別れたんだよてめぇが原因でなぁ!!」
「ウチで借りた金いつ返すんだ、あんちゃん? おおん?!」
「あぁ?! るっせぇ! でけぇ声出さなくても聞こえてるよ、こっちはよぉ! あと二番目のやつ、それは知らんわ! なんでもかんでも朕のせいにすんなよ!」
「……うわぁ」
……なんとなく、通りすがりの人が顔をしかめた理由がわかる気がする。そりゃあ、こんな非常事態でもなければあんなク……げふんげふん個性的な人とはかかわりたくないよね!
「……どうする? あれ、近づけるの?」
「無理な気がする。ありゃあヒートアップしすぎて冷めるのを待つしかねぇよ」
そんな風に考えて待機していた時、反対側の通路から「あっ!」と大きな声が響いた。……この声は。
「あれ、アルベリヒはんちゃう?」
「えぇ……はい……前に会った人ですね。まさか妖精だったとは」
「確かに、雰囲気似てるね」
「ああ。あの魔力はアルベリヒさんだ。俺は、少し挨拶してこようかな」
そう言ってニコラ先生はオーベロンに近づいていく。
「お久しぶりです、アルベリヒさん」
「ん? えーっと君は?」
「名乗っていませんので覚えていなくても無理はありません。俺は少し前にあなたに助けてもらった旅団の者です。名を、ニコラ・フラメルと言います。どうかお見知りおきを」
「えーっと……誰だっけ。ほんとに。ねぇニア、覚えてる? ……あぁ! 工場街の結界に迷い込んだあの時の大人だね! まさかまた会うなんてね」
「はい。嬉しい限りです。ところで、ぶしつけながら一つお願いしたいのですが」
「うん。どうした?」
「人探しをしておりまして、アルベリヒさんならば何か知っているのではないかと」
「いいよ、言ってみ? 大体の人の名前は覚えてるから」
「ありがとうございます。探しているのは―――オーベロンという妖精なのですが」
その時、オーベロンの体がピシっと金縛りにあったように動かなくなる。
「へ、へぇオーベロン。オーベロンねぇ。朕は知らないなァ。ごめんねちからになれなくてそしてばいばいよいたびを!」
あ、オーベロン逃げようとしてる!
そこですかさず私はこちらに気付いていないニコラ先生に叫ぶ。
「先生、その妖精がオーベロンだよ!」
「な、本当かクロム! ならば仕方がない、『錬金創造』」
「うお!」
ニコラ先生は瞬時に錬金術で作った巨大な金網をオーベロンにかぶせる。そして、翅を使って飛んで逃亡を図ったオーベロンは、進路をふさがれて地に落ちる。
「な、なにをするんだ君! 朕に恩があるんじゃないのか、ニコラ君!」
「こちらとしてはとても心苦しいのですが……この〈ブリテン〉を守るために、あなたの力が必要なんだ、アルベリヒ……いや、オーベロン」
そう言われたオーベロンは少し驚いたように目を見開き、地面に座りなおして言った。
「……何か事情があるようだ。聞こうじゃないか、人間の諸君。力を求められれば、この妖精王オーベロン、拒むことはないよ」
「ありがとうございます。こちらの事情はこうなのです―――」
そしてニコラ先生はこれまでの経緯とモルガン・ル・フェイが復活し、〝魔祖十三傑〟第十一座の支配下に置かれ、厄災をまき散らしているということを伝えた。オーベロンは与えられた情報を吟味するかのように口元に手を当てて考え始める。
「なるほど。まさか朕が〈ロンドン〉に引きこもっている間にそんなことになっていたとは。あぁいや、今は〈ロンディニウム・キャメロット〉か。それで? 君たちはなぜ朕の力を欲しているんだい?」
「それは……マーリンからあなたの力を借りるようにと助言をいただいて」
「マーリンって、あのマーリンか?! あいつ〈アルカディア〉に封印されているんじゃなかったのか?」
「そこにいる呪術師の少女にマーリンが憑依しまして。それで助言をいただいたのです」
「なるほどねぇ……いいよ、協力してあげよう」
一拍置いて、オーベロンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。とても小さい声だったが、呪力で強化されている私の耳には、ちゃんと届いていた。
「……そろそろ、朕自身と向き合う時かな」
―――一人の白銀の騎士が、岩に腰かけている。その表情は疲弊しきっており、およそまともな健康状態ではない。
地面には赤黒い龍泥がはびこっている。もっとも、特殊な存在である彼女はそれの発生源の攻撃ならともかく、龍泥その影響は受けないが。
そんな彼女に、近づく人影が一つ。腰に剣をぶら下げ、ゆっくりと近づいていく。
およそ、その距離一メートル。背後とはいえ、いつもの彼女ならば自身から三メートルの間合いに入ればすぐに気づくはずだ。
それなのに、その老人は未だ気づかれていない。
そして老人は語りかけた。
「ヴィア、何をしている」
「……! あなたは?!」
ベディヴィエールはその身体を動かし、後ろへ飛びのく。左腕は、瞬時に魔力が籠められ光り輝いていく。
「ふむん。主人に向けて聖剣を向けるとは、なんとも阿呆よの」
「何を言っている、貴様! 私の主人はとうの昔に行方知れずだ!」
「だから、いい加減気づけよ、ベディヴィエール。儂のこと、忘れたのかい?」
「……なに?」
メドラウトは、腰に差していた剣を握り、地面に突き刺す。すると、剣先から炎が発生し、周りの龍泥を一気に蒸発させた。
それと同時に、メドラウトの周りの空間が砕け始める。
「唸れ、龍の心臓。『応用魔術・絶対偽装・二十面相』、破棄」
「あ、あなた……いや、あなた様は!」
「久しいのう、ヴィア。息災だったか?」
「い、いえ、とんでもございません。お待ちしておりました、我が主―――」
メドラウトの空間が完全に砕け、ガラスのように破片となる。
そこから現れたのは深紅の髪をツインテールにし、青い目を蘭々とほとばしらさせている、宙に浮かぶ王冠を持つローブ姿の年端もいかない少女だった。
その少女に対してベディヴィエールは仰々しく申す。
「―――モードレッド様」
「ふむ! このような出迎え、感謝しようぞ、ヴィア!」




