Story.66―――さらば剣鬼よ
「……親方?」
「な、アルベールか?!」
魔族・『南光坊天海』に殺されそうになっていたアルベールと『南光坊天海』の間に挟まって、『南光坊天海』の得物をはじいたのは、彼の恋人である親方だった。
「立てるか?」
「は、はい。でも親方はなんで?」
「言っただろう、アタシは元騎士だとな。騎士の役目は人々を守ること。元ではあるが、その経験がある者として、助けなければとアタシの心が叫んだんだ」
親方はそう語る。同時に、『南光坊天海』も口を開いた。
「よくも私の邪魔をしてくれたな、人間! しかし、まぁ大したものだ。私が魔力で強化した右腕すらも吹き飛ばしてしまうほどの威力。君、まともな生まれしてないだろ」
「おい親方に向かってそんなこと……!」
「いや、いい。下がっていろ、アルベール。あの魔族の言うとおりだ」
「どういうことですか?」
「―――アタシの生まれは、普通じゃない」
アルベールの表情が一瞬ひきつる。
「アタシはね、人造人間なんだ。しかも特別製のな。だから、アイツが言っていることは間違いじゃない」
「ははっ、だろうなと思っていたが、まさか本当にあるとはな」
「一体、何の話して……?」
「ほう、言ってないのか。ま、端的に言うとそいつは化け物だ。人類が生み出した、私たちを殺すための道具。聖なる霊を、単なる殺戮人形に貶めた人類史上最悪の魔術作品だ」
絶句。
「そ、そんな言い方……」
「事実だ。すべて、『南光坊天海』の言う通り。アタシは『円卓の騎士』という人造人間で結成された組織の一員だ。目的も同じ。アタシたちは、魔族の最高戦力である〝魔祖十三傑〟を倒すために作られた、生命体だ。だけどな……」
親方は、逆接の言葉を紡ぐ。
「それでも人間だ。アタシにだって、守りたい人はいる。そのために今、『南光坊天海』! アンタを殺す!」
「無理だ。君に私を殺すことはできないよ、円卓」
「やってみなきゃわからないさ!」
親方は腰に提げていた剣を引き抜く。
「剣技『聖夜華咲夜』!」
「!」
周囲の炎の赤を反射して光る剣から放たれる、五つの剣筋。しかし、それはただ五回剣を振っただけではない。
不可視の斬撃。
一度剣を振っただけで、どこからか現れた残り四つの太刀筋。
これは〝世界〟が彼女の「勇猛」さに当てられて再現した、彼女の初撃。そのコピーである。
『南光坊天海』は、一瞬驚きはしたものの、驚異のスピードでそれを避ける。
「君、どこからそんなものを」
「知らん。アタシが剣を振るうと、勝手に出てくるんだ、コレ。便利だけど不気味なんだよな」
「そうか。では、私も反撃するとしよう! 『邪道魔術・運命反転・双丘青山』」
『南光坊天海』が魔術を起動する。それに警戒して距離を取る親方だったが―――実際は何も起きなかった。
「なんだ? それは見せかけか?」
「な―――そんな! 私の最大魔術が、どうして発動しない!」
『南光坊天海』の慌てようを見て、親方は一気に距離を詰める。
「そうかそうか! 隙を見せたな、魔族! 早々に居ね、剣技『聖夜華咲夜』!」
「く――――――!」
親方が放った二度目の『聖夜華咲夜』。その五つの太刀筋は確実に『南光坊天海』を五枚に下した―――
「―――なんてね」
「ッ! ああッッ!!」
そう思われたその時、突如として親方の体から血が噴き出し、切り裂いたような赤い縦線が五つ入っていた。
「……まさか!」
「そう! 私の魔術の効果だ。私は死にはしないが、本来死ぬであろう攻撃を食らうと、〝世界〟が死んだという判定を下す。そのことを応用して、死の運命を反転させ、相手に押し付ける魔術である『邪道魔術・運命反転・双丘青山』を使い、君にカウンターを食らわせた、ということだ」
「親方、親方ァ!」
アルベールは血を流している親方に近づく。
抱えると、親方は「んぅ……!」と苦しそうな声を漏らす。
手を見てみると、そこには赤い血がべっとりと付着していた。
「ふむ、なかなかに良い光景だ。純愛だな」
「うるさい! お前がこうしたんだろ!」
「ああそうだ。だが―――元はといえば、君がおとなしく殺されなかったのが悪いのだろう?」
「そんな、そんなことは」
「ああ……ない。アルベール、君は何も悪くない」
「親方!」
そう言って親方はもう一度立ち上がる。
ガン! と持っていた剣を杖代わりにして、気合で立つ。
「まだ動けるのか! 化け物だ、本当に」
「ああ、それで十分。アタシに残されたのはあと一撃。その一撃で追い返してやろう」
「そこまで啖呵を切るのならばさぞ強い一撃なのだろう。良い、受けて立とう!」
そこまで言うと親方はこちらに振り返って言う。
「なぁアルベール」
「なんですか、親方」
「―――最期に、キスしてくれないか」
「……はい」
そうしてアルベールと親方は唇を重ねた。親方はアルベールを抱きしめて言う。
「ありがとう、楽しかった。たった一日の恋でも、アタシにとっては一生の最後にふさわしいものだった。だから、ありがとう」
「はい……はい! こちらこそ、ありがとございました、親方!」
そして親方はアルベールを離して『南光坊天海』に向き直る。
「今生の別れは終わりか、円卓」
「ああ。アタシは今、最ッ高に勇気にあふれている。今なら、アンタを吹き飛ばすなんて夢じゃない!」
「ならば魅せてみろ、円卓!」
親方は剣を握り「―――原理解放」をつぶやく。
すると、剣から黄金の光の粒子が生み出される。それはだんだんと数を増していき―――最終的に、剣身を完全に覆った。
「―――我が勇姿は民のために、我が勇気は王のために。
そして……我が勇猛さは、我が恋のために。
すべての勇断は、この一瞬、一閃のために!
―――〝勇聖剣〟『勇気』の原理、『我が勇姿に幸運あれ』!」
光の粒は形を変え、大剣となる。
その大剣はまっすぐに振り下ろされ―――ありえざる速度で『南光坊天海』に直撃する。
土煙が舞い、姿は見えない。
しばらくすると、土煙が収まり、あちら側が見えるようになってきた。
そこには片腕を失い、荒い息を吐いている『南光坊天海』が立っていた。
「くっ―――やってくれたな、円卓。その聖剣の力で再生もままならないとは……悔しいが、一旦ここは引き上げよう。さらば、円卓とその恋人よ。また会う時があれば、その時に」
『南光坊天海』は一瞬にしてその姿を消す。まるで、今までのことなど、何もなかったかのように。
そして親方が倒れる。
「親方!」
「……アル、ベール。よく聞け」
「はい」
「……アタシは、もはや、死を待つだけの、存在だ。もう長くはない。だから―――アタシが死んだとき、この剣をアンタに預ける。剣の名は〝勇聖剣〟『勇気』の原理。あとは県が勝手に教えて、くれるだろうよ」
「わかりました、親方」
「ふふっ、はは! アンタ、アタシの名前を知らないの?」
「まあ、そうですね。ずっと親方としか言われてませんでしたから」
「そう……それじゃ、最期にアタシの名前を呼んでくれよ、アルベール。アタシの名は―――」
―――ユートリア・エクター。
そして、そのとき一人の『円卓の騎士』が姿を消した。新たな『円卓』の後継者を完成させて。
「これが、私の『円卓』としての始まりだ」
長い話を語り終えた後、エクター・ド・マリスはガン! と剣を杖代わりにして立ち上がる。
「さて……構えよ、カナリア。これが私の―――いや、俺からの最期の稽古だ。お前に、俺の聖剣を継がせる。それに足るかどうか……カナリア、お前の力を、お前の一撃を、魅せてみろ!」
「……はい! その胸、お借りします!」
そうしてカナリアとエクター・ド・マリスは相対する。
それぞれの手に剣を持ち、互いの最高の剣技を、炸裂させる。
「いざ真剣に―――」
「―――勝負!」
同時に放たれた一閃は、互いに受け止めあう。
短い一瞬。そこで、勝負は決まった。
エクター・ド・マリスの持っていた剣が、はじかれ、地面に突き刺さった。
「見事だ、カナリア」
「ありがとうございました、師匠。ほんとうに、ほんとうに……」
涙ぐみながら、カナリアは自らの師匠に最後の別れの言葉を投げかけようとする。そうすると、エクター・ド・マリスが言った。
「『泣いてもいいが、泣き終わったらそのことは忘れなさい』……昔、ユートリアが俺によく言っていた、俺が最期に、お前に贈る言葉だ」
そうして、エクター・ド・マリスは息を引き取った。
その表情は、明るく、朗らかな表情だった。
それと同時に、その村には、一人の少女の泣き声が、響き渡った。それはまるで、死者の魂を送り届ける、鎮魂歌の様に。




