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Story.65―――日常の崩壊

 親方と恋人になったその日の帰り。アルベールはさっそく親方を待っていた。

 農場の出口の門で、その日の給料が入った小袋を左手に持ち、自前の鍬を右肩で担いでいた。

 しばらくすると、親方が門から出てきた。


「親方、お疲れ様です!」

「おう! アルベール、お疲れ様。―――待ってたのか、アタシを」

「はい。一緒に帰ろうと思って」

「ハハッ! 可愛いやつめ。いいぜ、帰ろう。家の方向はどっちだ?」


 アルベールは来た道を頭の中でたどって、この農場より南にあることを思い出す。


「南ですね」

「南か……うちは東の方にあるから……あの途中の分かれ道のところまで一緒に行こうか」

「はい!」

「ハハッ! いい返事だ。んじゃ、行くか」


 そうして二人は歩き始めた。

 西に沈む太陽が、空気中の水分によってゆがめられ、赤い光を放つ。

 時期は晩秋。

 色づいていた広葉樹の葉は、ところどころ落ち始め、キリギリスがチッ、チッ、チッと鳴く。ざわめく風は、生えた草をなびかせる。

 それと同時に、親方の長い金髪をなびかせた。その何気ない姿でさえ、今はアルベールをときめかせた。

 しかし、この間無言であった。

 なにか話題を出さなければと思い、アルベールは必死になって頭を回転させる。そうして思い立つ。


「お、親方は騎士の頃、なにしてたんですか?」

「ん? まぁそうだな―――外から来る敵を倒したり、困っている農民を助けたり。あぁ、あと剣に没頭しすぎて怒られたこともあったな。それも十は下らん」

「えぇ……」

「ま、今のあんたも似たようなもんだろ、アルベール。今度見てやるよ」

「ありがとうございます」

「でもほどほどにしとけよ~? アタシはそれで城追い出されたかんな」

「なにやらかしたんですか」


 大地を踏みしめながら二人は進む。そしていつしか、分かれ道まで来てしまっていたことに気付いた。


「あーあ。ここで終わりか。さみしくなるな、アルベール」

「そうですね。でも、また明日も会えますよね」

「あぁ、アルベール。また明日な」

「はい、また明日」


 そう言って、互いに別れを惜しみながらそれぞれの道を行く。親方は東へ、アルベールは南へ。歩を進めていくと、アルベールはふと、言いようのない虚しさに襲われた。


「……寂しいな」


 いつもは一人で帰っていた道。それが、たった数分恋人と歩いただけでこの始末。


(いつの日か、あの人と同じ道を、家まで歩くことができるのだろうか)


 そう考えて、いつの間にかついていた家の玄関を開けた。

 扉を開けると、壁にコートがかけられている。それぞれ妹と弟のものだ。

 いつも通りの日常。だが、熱に浮かされているのか、それが正常に認識できない。ずっと、宙を舞っているような感覚だ。

 恋は盲目―――なんて言葉を聞いたことがあるが、なるほど、あながち間違いではないのかもしれない。確かに、これは盲目になって致し方ないほど強烈な刺激だ。

 ずっと熱に浮かされたまま、アルベールは荷を下ろし、妹が作ってくれていた夕食を、家族そろって食べる。その時ですら、熱に浮かされていて妹や弟の話にもうつらうつらと相槌を打っていただけであった。

 ふと、パンを食べていると、壁に掛けられている一振りの剣に目が行った。それは父親が使っていた本物の鋼でできた剣だ。アルベールらが住んでいる村の周辺ではモンスターが発生しやすいので、護身用として真剣を置いているところは多い。

 それを見て、アルベールは思いをはせた。


(剣を持っている親方……なんとなく想像はつくな。なんか、あのなりで凄く真面目な太刀筋してそう。でも、それがまた良い。なぜかはわからないけど、イメージと実物の姿が少し違うと、なんか良い)


 そして水を飲もうと思った時、手に取った食器が実はスープの器であったことを知らずに、アルベールは口をつけた。


「あっちぃ!」




 村も寝静まった、深夜。アルベールも自分のベッドで横になっていたが、ふと、鼻をつくような煙たいにおいと、秋とは思えない異常な熱気で目が覚める。


「なんだ?」


 ベッドから起き上がってドアを開けると―――そこには、火の海が広がっていた。

 見渡す限り、赤い。


「うわぁ! か、火事だ!」


 アルベールは家族の無事を確認するため、それぞれの部屋のドアを開けようとする。しかし、熱でドアを止めている金属が歪んでいるのか、いつもの力では開かない。


「クソッ! 開けるぞ!」


 アルベールはドアを蹴破る。するとそこには―――家族の亡骸が転がっていた。

 見渡す限り、赤い。


「な、なんで……」


 家族の死体におびえ、腰を抜かす。

 しかし、その死体のそばで、何かがうごめいているのが目に入った。


「……ん? あぁ、まだ人がいたのか」

「う、うわああああああああ!」


 そこにいたのは長い灰色の髪と赤い瞳、するどい牙を持った、僧侶のような服を着た長身の男だった。 

 アルベールはとっさに部屋から出る。


「そう怖がるな。みたところ、君はこいつらの兄と言ったところか。安心しろ、直に君も彼らのもとに送ってやろう」

「お、お前が殺したのか?!」

「見ればわかるだろう。そうだ、私が殺した」


 その発言に対して、恐れと同時に怒りもこみあげてきた。だが、アルベールにはこの怪物に対抗する手段がない。

 だから逃げた。

 火の海となっている家の中を、玄関めがけてまっすぐに。

 足の裏はやけどでただれたが、やっと玄関の前までだどりついた。


「のろい」

「え」


 いつの間にか後ろに立っていた怪物は、アルベールを壁にたたきつける。すると、壁に掛けられていた棚やらなにやらが落ちてきた。


「うぐぅっ!」

「まあ、勝てないと判断して逃げたその決断力には少しばかり賞賛の意を示そう。しかし、私は速いのでね。君の後ろに立つことなんぞどうってことない。さぁ、今度こそあちらへ送ろうか」

「ひっ」


 近づいてくる怪物を見ながら、どうすれば生き残れるのか考える。すると、床に落ちた剣に目が留まった。


(剣―――あれなら、時間を稼ぐぐらいはできるかもしれない。そのためには!)


 剣を拾うすきを作るために、アルベールは口を開く。


「お、お前は誰なんだ……!」

「私か? ふむ。別に教える義理はないが、まぁ冥途の土産というものだ。教えてやる。私は〝魔祖十三傑〟第五座―――『支配』の(ロール)を羽織る者。〝為政者(ポリティックス)裏僧侶(ドミネーター)〟『南光坊天海』だ。私の名を知らない家族にも教えてやりたまえ」

「そうか―――その言葉だけで十分だ!」

「な―――」


 拾った剣を使い、怪物―――『南光坊天海』の首めがけて振るう。

 そしてその剣を握ったまま玄関から出る。


「はっ……はっ……! ―――は?」


 玄関から出た先、家の外の村に広がる景色は、まさに、地獄だった。

 民家は燃え、人の悲鳴があちこちで響き渡る。


「親方……親方ァ!」


 アルベールは、自分の恋人を探しに駆け出す。


(家はどこだ? くそ! 今日途中までしか行ってないからわからない! とりあえずあの分かれ道まで―――!)

「随分と、いい太刀筋を持ってるんだな、君」

「ッ!」


 ザッと後ろを勢いよく振り返ると、そこには先ほど剣で首を落としたと思っていた『南光坊天海』が、ボロボロの衣服を着て立っている。


「やってくれたじゃないか。おかげで少し、服が焦げた」

「どうして、まだ生きているんだ……!」

「どうして? 面白いことを聞くね、君。言っただろう? 私は〝魔祖十三傑〟、すなわち魔族だ。魔族は魔核を破壊しない限り不死身なのさ。もっとも、私は魔核の弱点すら克服しているがね」


 アルベールは、その言葉に絶望を隠せない。

 魔族。

 それは、モンスターとはまた違う枠組みの生物。世界に存在する五つの大陸の一つを治める、別の生態系の生物。伝承でも、様々な悲劇の始まりは、この魔族による事件のことが多い。

 そんな危険な生物が、自分の前に現れる日が来ようとは、平和な日常を過ごしていれば思うよしもない。


(せっかく好きな人と一緒になれたのに……まだこの日常が続くと思っていたのに。いつかは、親方と同じ家に住めるかな、って考えてたのに―――どうして)

「それじゃ、おとなしく死んでくれるかな。私も、あまり暇ではないんだ」

「く、来るな!」


 アルベールは手に持った剣を振り回すが、一向に当たる気配がない。パニックで手元がくるっているのだろう、『南光坊天海』は、その剣をたやすく避ける。


「太刀筋がバレバレだ。さっきまでの君はどこへ行ったのかな? 折角祈りの言葉が刻まれている剣だ、当たれば私だってダウンするのに。ま、どうでもいいか。じゃあね、少年」

「う、うわああああああああ!!」


 『南光坊天海』が持つ得物が、アルベールを狙う。

 それは徐々に徐々に近づいていき―――


「邪魔だ、魔族!」

「なにッ!?」


 ある人影に阻まれた。

 その人影は―――


「親方……?」

「な、アルベールか?!」


 アルベールの恋人、親方だった。

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