Story.64―――年寄りの戯言
「カナリア、静かに。私も、まだ戦える。だがまぁ……私は、次の一振りで息絶えよう。だからカナリア、少し話をしよう。私の、『円卓の騎士』としての始まりを」
そう言って、エクター・ド・マリスは語り始めた。彼のオリジン、今の彼が出来上がった、その直接の出来事を。
―――エクター・ド・マリス。
今でこそ『円卓の騎士』の一席に座り、〝剣鬼〟という二つ名を持つ騎士だが、もとはただの、ある村に住む少年であった。また、名もエクター・ド・マリスという名ではなく、アルベール・ド・マリスという、ごくありふれた名前であった。
だが、彼が十六の頃、人生を変える、ある大きな事件が起きる。
現在は記録は残っていないが、〈妖精郷ブリテン〉のどこかに眠っている当時の資料には、その事件はこう遺されている。
曰く―――一面が炎と血で覆われ、生存者はただ一人。
誰が呼んだか、その事件は後世に「妖精郷一村焼き討ち事件」と名付けられ、現在では噂好きの上位貴族の間でまことしやかにささやかれているのみとなっているが―――その事件は、悲しき血と炎にまみれた、人類史上最悪の被害をもたらした本当にあった事件の一つなのである。
その現場となったある村の一角にある、小さな家。そこに、アルベールは住んでいた。
当時は教育機関などあるはずもなく、少年はただひたすらに、家族を養うために畑仕事にいそしんでいた。
両親は自分が十四の時に流行り病にかかり、また悪い衛生環境と食糧難により、わずか三か月足らずで亡くなってしまった。そのときから、アルベールは一家の大黒柱として、自分より三つ下の妹と五つ下の弟を育てているのである。
「い……しょ。よいしょっ! あー、腰が痛い」
「精が出るな、アルベール」
「あ、親方! お疲れ様です!」
「おう! こっからはアタシも入るから、頑張っていこうぜ」
「うっす、ありがとうございます!」
別に畑仕事と言っても自分の家の畑を耕すのではない。村の有力者にやとわれて、その有力者の畑を耕すのだ。
その中で、アルベールは親方と呼ばれている存在に出会った。
働きに出た十四の時、アルベールはまだ背も小さい子供だった。しかも、両親を亡くし、突如として一家の大黒柱となった。その心労からか、アルベールは体が弱い。そんなアルベールを気にかけてくれたのか、親方はよくアルベールに構った。体調を崩した時には看病し、村の誰かに恋をしたと相談すれば、成就するよう方法を教えてくれたりした。
そして、働き始めて数刻がたったころ。
「よし、飯にしよう。全員、休憩だ!」という親方の号令が入り、昼食となる。
全員に豆やドングリが混ぜられたパンと玉ねぎのポタージュが配られ、各々自由気ままに食事をとる。
アルベールはというと、その配られた昼食を持って、人気のない丘に行く。そして手早く昼食を取り終えると、丘の上に生えた一本の木に立てかけられている、削りの荒い木剣を取り出し、素振りを始めた。
この剣こそが、アルベールにとって唯一の没頭できる楽しみであった。剣をふるっている間だけは、全てを忘れることができる。自分以外何もない、空に潜ることができる。
両親を亡くして間もなく、畑仕事の帰り道に、騎士が野外で訓練をしていたのを見たのが始まりだった。今でこそ少し粗野が目立つ、と言えるが当時はその剣技が舞を踊るように流麗だと感じた。そして、見よう見まねで木を削り、木剣を作って振るった。
それ以外の楽しみがなかったわけではないが、一番と言えるのは、やはり剣であった。
その日も、剣を振っていた。頭を空っぽにして、ただひたすらに。頭の中でイメージを作り上げて網膜に投影すれば、一人で対人戦ができるまで成長した。イメージは、あらゆる攻撃を仕掛けてくる。横薙ぎ、突き、袈裟切り。変わったものだと足払いをして突き刺してくるなどというものもあった。
アルベールは、そのことごとくに挑み、敗れ、また挑み、勝利し、そのことごとくを吸収した。
ブン! と剣が空気を押し出す音が聞こえる。それと同時に、突風が舞い、木に着いていた何枚かの葉を落とす。
ふぅ―――と一息ついて木剣を下すと、後ろからパチパチと拍手する音が聞こえた。
振り返ってみると、そこにはパンを片手に握った親方が立っていた。
「えっ、親方?!」
「おう! 見事な剣だったぞ。すごいな、アルベール!」
「あ、ありがとうございます……」
アルベールは照れ臭そうに頭を下げて頬をかく。
親方はそんなアルベールにずいっと近づいて、質問を投げかける。
「それにしてもどうやってあそこまで自力で行ったんだ? 騎士たちが剣を振るっているところは見かけるが、あそこまで圧倒的な力も精密な動作も持っていない。どれだけやったらあそこまで行くか、アタシには見当もつかないね」
「ははは……実は拾ってもらった時からやっていたんです。それこそ、騎士がやっている剣にあこがれてってのもあります」
「なるほど。確かに最初の方とかは騎士の剣の派生、みたいな形だったもんな」
「―――」
ここでアルベールは、ある違和感を覚える。それは―――
「―――親方、なんか剣技にめっちゃ詳しくないですか?」
「はは! そりゃそうよ。だってアタシ、元騎士だからね」
「え? 親方が―――騎士?」
「おうよ!」
アルベールは、親方が騎士である姿をイメージしてみる。
(鎧と甲冑を身に着けて、鋼の剣を持っていて―――胸を叩きながら「おうよ!」と言って鍬を振っている―――くそっ、どうしても親方が騎士をしている姿が想像つかない!)
「どうした? そんなに意外か?」
「はい。まったく想像つきません」
「むっ、そいつは酷くないか、アルベール。そこまではっきりと否定されると、アタシ傷ついちゃうんだけど」
「いや、親方傷つかないでしょ。へこたれたとこ見たことないですもん」
「なんだとー! アルベール、木剣をよこせ。痣だらけにしてくれるわ!」
親方はいつもの様子からはイメージできないほど、可愛らしく地団太を踏む。
そんな様子が、なんだかおかしくて。
「ふふっ」
アルベールは笑った。
そして、すぐに自分でも笑ったことに驚く。
(ここ二年、心の底から楽しい、なんて剣以外であまり思ったことなかった)
その「あまり」の部分に含まれているある一つの感情に、覚えがある。
(まさか―――俺は、親方に惚れている?!)
自覚したとたん、ボッと顔が赤くなる。以前村の娘に惚れたときも、彼女と話しているときは素直に心の底から笑えた。その感覚に行きついてしまったからこそ、アルベールは自覚してしまったのである。
ふと、木に寄りかかって拗ねている親方の方を見る。
むっとした表情で頬を膨らませているのが、なんとも新鮮で―――愛らしいと思った。
「何見てんだ、アルベールぅ」
「い、いえ何も!」
「んー怪しいなぁ。なんだ? アタシに惚れたか?」
「ヴェッ?!」
まさか核心に迫った言動をされるとは思っていなかった。アルベールはさらに顔を赤くして俯いてしまった。
そこで、親方は気づく。
「え、ま、マジ?」
「……マジです」
「へ、へーそっかー?! ……ふーん?」
(終わった……)
そう思った。まさか相手も二年間弟のように扱ってきた男が自分に惚れているなんて思わないだろう。気色悪いと思うんじゃないか、と内心おびえていた。
「ま、いいぜ」
「……え?」
「聞こえなかったのか? いいって言ったんだよ。アタシも、最近ガッシリしてきたあんたを見ると、その……ドキドキしてたっていうか……」
「マジすか、親方!」
「だー! もういいだろう! アタシは、あんたと付き合うって言ったんだ、アルベール! それでいいんだな!」
気が変になっているのか、親方はしゃべり方が支離滅裂になっている。
それでも、アルベールは微笑んで言った。
「―――はい! よろしくおねがいします!」
これで、やっと64進数で桁が一つ上がる……。某四角いサンドボックスゲームだとアイテムが一スタックになる……。
ここからだ……私は、まだ、やるべきことをやっていない!




