Story.62―――ベディヴィエール
やあ、一週間ぶりだね!
「――――原理解放!」
ベディヴィエールがそう吠えると、その剣に光が集まる。しかし、その光はそうそう良いものではない。
なぜならば、それは人の感情の残穢――ひとえに言ってしまえば、怨念なのである。
この聖剣は、そんな怨念を正の魔力に変え、己が剣身へと蓄えるという性質を持つ。
「その一時、涅槃寂静の如く。その苦しみ、無量大数に等しく。無銘の剣は、無名の腕によって振るわれる。
あらゆる苦しみを、この一閃に傾ける。
一度の加虐、幾千幾万の被虐をここに。
解放するは我が剣、汝が力。ここに報復を命ず。
――――〝粛聖剣〟『報復』の原理、『苦しみを知れ、大元たる君よ』!」
ここに現れるは、その全てを解き放つ一閃。輝かしき怨嗟の閃光。玉虫色の無名の腕によって振るわれる、白銀の無銘の剣。
それは確実に、ヴォーティガーンを両断する。
瞬間、どろり、とした龍泥が溢れ出る。
「な――予想外だ! 計算にない!」
「最初から最後まで、手の内を明かさないのが円卓の文政官の仕事ですので」
そうして、ヴォーティガーンの体の中に光る玉のようなものがあるのに気がつく。ベディヴィエールは、それに向けて〝粛聖剣〟『報復』の原理を構える。
「そ、それは――――」
「これで、おしまいです!」
ベディヴィエールは渾身の力を込めて、〝粛聖剣〟『報復』の原理を突き出す。
それでも、まだ砕けない。そこにベディヴィエールは自らの左手を握り――――〝粛聖剣〟『報復』の原理のポンメルを突く。
すると――そこにヒビが入った。そして、それは粉々に砕け散る。
ヴォーティガーンは、ゆっくりと瞼を閉じて、その身が耐えきれなくなったのか、龍泥へ溶けた。
「はっ――――! ようやく、これで。アーサー王の時代より続く邪竜との因果は、これにて終結ですか。……なんとまぁ、あっけないことでしょう。
ともかく。これで終わり。ガウェイン、エクター二世の方へ加勢へ行きますよ」
ベディヴィエールはガウェインの方へと振り返る。
しかし、そこにはガウェインの身体はなかった。
「ガウェイン?」
嫌な予感がして、ベディヴィエールは〝粛聖剣〟『報復』の原理を再び構える。左腕は機関銃となり、最大限の警戒体制を取る。
周囲を観察するうちに、ベディヴィエールは光る物体が落ちていることに気づく。それはまるで――そう、あの太陽のごとき聖剣のような。
「――――ッ、ガウェイン!」
叫んだ時、そこに顕現した。
黒い澱みをこれでもかと撒き散らす暴君。卑劣なる王、白き竜。ヒトのカタチをとりし邪竜。神々しさすら感じる、その美貌を優雅に歪ませながら泥は造形される。
龍泥より出でるモノ、その名は――――
「ヴォーティガーン!」
「ふははははははははははははは! 私は、今まさにここに再び降り立ちたり! ヒトの背負し邪悪という罪、それが全て取り除かれるまであり続けるが故に!」
ベディヴィエールは、再び顕現したヴォーティガーンに向けて〝粛聖剣〟『報復』の原理を振るう。
「呪文詠唱―――破棄、そして実行―――『発展魔術・魔術再臨』! 煌めけ、『苦しみを知れ、大元たる君よ』!」
苦しみを凝縮した燦々と輝ける一閃。それはヴォーティガーンの喉元まで迫り――無惨にも砕け散った。
「な――――ッ!」
「ふむ、先程喰らったやつよりもいささか強い一振りのようだが――そんな、一度が喰らったものを二度も喰らうほどやわではない!」
ヴォーティガーンは唖然とするベディヴィエールを蹴り飛ばす。
「ほう、これが奴の力か。流石は〝太陽の騎士〟と言ったところか」
ベディヴィエールが、その言葉に反応する。
「今、なんと言った……?」
「うん? あぁ、聞こえていなかったのか。聞こえるように言ったつもりなのだが。
――――〝太陽の騎士〟ガウェインは、私が喰らったと、そう言ったのだ」
その事実は、ヴォーティガーンの言葉が証明している。なぜならば、そう。
「本当なのですね…………『目明かしの誓い』が破棄されている。ということは、先程破壊したのは魔核ではなく、ただの囮だったということですか」
「理解が早くて助かる。そして――ここで早く死んでくれればもっと助かるのだがね!」
ヴォーティガーンは〝聖魔剣〟邪滅の鉄槌を変化させた爪でベディヴィエールを切り裂こうとする。
しかしそれは、ベディヴィエールの持つ〝粛聖剣〟『報復』の原理によって防がれた。
「まだ戦う気力があるのか。仲間が殺されたというのに、薄情な女よな」
「いえ、いいえ。それは違う。私は――――」
落ちている〝陽聖剣〟至高天に輝ける炎を拾い、ゆっくりと立つ。
「私は、遺されたから戦うのです。この聖剣の放つ炎で、熱で、私にチャンスをつないでくれた騎士の想いを継いで戦うのです」
「そうか。だがその戦いも私がいるため無為なり。ここで死に絶えよ! 異能『参聖拝炎』!」
陽が昇っている間、己が力が三倍になるという異能を以て、ヴォーティガーンはベディヴィエールを抹殺しようとする。
その時。
ベディヴィエールは、言う。
「ここに、『目明かしの誓い』を破棄する」
本来の――否、それ以上の力を以て両手に握られた聖剣を振るう。
――――――おや、ベディヴィエールの「目明かしの誓い」が破棄されたようだ。では、彼女の二つ名を教えよう。
彼女の二つ名、それは、数多の拳法を修めたことに由来する。
全ての拳法を修め、新たな流派を開拓し、自らの左腕がなくなってもなお、彼女は修行を続けた。
その末に、彼女は至った。〝聖人の座〟、本来は全を浅く修めるという性質を持つ彼女が、その運命に抗い、ただ一を極めたが故。
自らの『魂の金型』さえも抜け出して、新たな金型を作り出した、その功績ゆえに。
拳の道を修めし聖人それゆえに――――――
「私の二つ名は、〝拳聖〟。この聖なる拳を以て、そこな邪悪を剪定する! 異能『収妖斂魔』――基礎素材指定、〝粛聖剣〟『報復』の原理、〝陽聖剣〟至高天に輝ける炎。収斂開始――!
――ここに在りし我が左腕を、ただ一つに定める。それ即ち定礎なり。いかな役の位であろうとも、私が極めるのは拳なりて。我が母体、グィネヴィアよ、御照覧あれ。ここに繰り出すは我が鍛錬の究極なり――顕現せよ、〝犠聖腕〟騎士王の喪われし聖なる拳!」
ここに聖なる腕は成った。
もはやそれは、一介の人類に連なる個人が有してもいいものではなかった。
聖霊の分霊より生まれし者、その複製体が自らの破片として持ち込んだ聖剣。それを一本ならず二本までも犠牲にしたその腕は、まさしく聖なる腕――〝聖遺物〟の類になっていた。
ベディヴィエールはそのまま踏み込み、ヴォーティガーンへと一気に距離を詰める。
「發ッ!」距離を詰め、そのまま重心を下に。そして自らの全体重をかけて左の手のひらで突く。
「ぬ……がッ!」
放たれたそれは、まさに神速の一撃。〝聖遺物〟であるがゆえの奇跡で踏み込んだ時の速度をそのままに、自らの筋肉での速度を加えて放つ高濃度の神秘を含んだ神技。
これによってヴォーティガーンは体勢を崩し、隙が生まれる。
そこを、彼女は見逃さなかった。
「脊ッ、」
「ぐあッ!」
回し蹴りでヴォーティガーンの身体をベディヴィエールの方へ飛ばし、
「憤ッ!」
「何っ! くっ……」
そのまま腹にストレートを決める。だが、それはヴォーティガーンの腕によって防がれてしまった。
「散々やってくれたな……ならば次はこちらの番だ!」
ヴォーティガーンはその有り余る力を振り回すように拳を振るう。
何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も――――拳を打ち込んでいく。ただの人間や魔術師ならば肉塊と化していてもおかしくない攻撃を受けてなお――ベディヴィエールは立っていた。
「なぜまだ立てる……」
「逆に問いましょう。なぜ私に力で勝てると思ったのか。そしてあなたは、力をそのまま振るうことで、逆に自らを追い詰めてしまった。――――その意味が、わかりますか?」
「……まさか! くっ、『邪道魔術・祈りの巡礼を阻む者』!」
ベディヴィエールが攻撃を防いだのは全て――左腕。この左腕は、〝粛聖剣〟『報復』の原理を素材の一部として使っている。それが指し示すことは、ただ一つ。
「もはや言葉なぞ不要。もはや我が拳の前に全ては意味を成さず。これなるは、我が王、その父君、王妃、王子全てに捧ぐ至高の一撃。これを受けし者、一切の希望は捨てるべし! 原理暴走――――『至尊なる王族へ捧ぐ我が聖拳』! はああああああああっ!」
その光り輝く拳は、炎熱をまとい、そして蓄積された全ての怨念を威力にかえ、愚直なまでまっすぐに進んでいく。
聖剣を返還した忠義の騎士。一度聖剣を持ったが故に、その身体には聖剣の神秘が染み込んでいた。
それら全てを一気に解き放ち、ヴォーティガーンの『邪道魔術・祈りの巡礼を阻む者』の障壁すらも砕き――――その心臓へ歩を進める。
「ここが本来の魔核だ! 私は、これを打ち砕く! 奇跡は、そのように定められた!」
〝聖遺物〟であるがゆえの奇跡の行使。その権能全てをこの一撃に注ぎ込む。
そして、その拳はヴォーティガーんを貫かんと徐々に速度を上げ――ついにその心臓たる魔核を粉々に砕いた。
「ぐあああああああああああああああああああああ! 私の魔核が、こんな、木偶の坊などに……!」
「私は、円卓の騎士としてその役目を全うした。この拳は、ここで消えてもいいという決意の表れだ!」
そう言い切ったとき、ヴォーティガーンの魔核は完全に破壊された。
動力源を失ったヴォーティガーンはまるで存在意義を失ったかのように塵となって消えていく。
ここに、〝魔祖十三傑〟第十一座は討伐されたのである。
やっと、そろそろ、一番の見せ場、かな? そろそろ、モルガン戦入るよ。疲れるよ。




