Story.60―――〈人妖協同戦線ロンディニウム・キャメロット〉
「あ、来てる! あの波がこっちに来てる!」
最初に言ったのは誰だっただろう?
そんなことは、考える暇もなかった。なぜならば……そう。
黒い波が、押し寄せていたからだ。
禍々しく黒く、ところどころ赤く染まった泥のようなもの。それが、あの巨大な女―――モルガン・ル・フェイ(仮称)の周囲から流れ出ていた。
しかし、見ただけでわかる。アレは―――絶対に触れてはいけないものだ。わかってはいるが、あの泥の押し寄せるスピードは、思ったより速い。今走ったところで、アレから逃げ切ることができるかどうか……。
そんな時だった。
「キャッ!」
キキーッと豪快なブレーキ音を鳴らして、この世界にはないはずのスーパーカーが停まったのは。
窓が開き、そこから一人の女性が顔を覗かせた。
「乗って!」
その女性は―――
「ウリスさん?」
―――私たちが泊まっていた宿・《Hotel Another London》の女将である、ウリス・ノエル・オニールであった。
「間一髪だったねぇお客さん!」
「どうしてあなたがここに?」
「説明は後! 飛ばすぜベイベェ!」
ニコラ先生の質問に答えるそぶりも見せることなく、ウリスさんは全力でアクセルを踏む。
瞬間、強烈なGがかかる。中は『空間魔術』で拡張しているのか思ったより広かったが、それでも全員が入るとなると狭く、誰かと頭がぶつかった。
「チッ、無駄に速度が速い! しょうがないけど奥の手出しちゃうからね! しっかり掴まってなよ!」
ちょ、展開が早い!
「それは被造されし天の御使。その心臓をここに降ろす。
――――――炉心解放……〝人工天使試作0号機〟!」
ウリスさんがそう言うと、エンジンが唸り声を上げた。
まるで―――それは、拘束具を解かれた大いなる獣のように。
瞬間、ボンネットが横に開いた。ロボットアニメのコックピットのハッチが開くかのように。そして中から出てきたのは―――燃えたぎる、極大の熱を帯びた球体だった。
この球体の見た目だけで多大なエネルギーを持つことがわかる。それが一気に四輪駆動のスーパーカーに流し込まれる。
――――――タイヤが、悲鳴をあげた。
逃げ出すかのごとく、ぐんぐんとスピードを上げていく。そのスピードは、泥の流れるスピードを遥かに上回っていた。
城門が見えてくる。
私たちは、間一髪のところで、〈文明異界領ロンドン〉へ到着したのである。
「あ、危なかった……」
「いやぁメンテナンスしてなかったけど動いてくれて助かったよ」
「結局、あの車はなんだったんだ? とても速かったし、とてつもない魔力量を感じたが……」
ニコラ先生が、ウリスさんにあのスーパーカーのことを尋ねた。
それに、ウリスさんは面倒くさそうに答えた。
「あぁ……〝人工天使試作0号機〟のこと? アレはねぇ、語るには私が元々いた世界の頃から話を進めなきゃいけないんだよね。……まぁいっか。歩きながら話そう」
そう言って、ウリスさんは歩き出した。その後を追うように、私たちはついていく。
そして、ウリスさんは語り出した。
「〝人工天使試作0号機〟はさ、私がFBIで『プロジェクト・ブルーブック』に携わっていた頃に開発されたんだ。あ、『ブルーブック』って知ってる?」
「あれ、ですよね……アメリカ政府がUFOを研究してたっていう」
「そうそれ。よく知ってるね。こっちの世界でもこの話広まってるのかな?」
は! これは自分が転生者だということを暗に示していることになるのではないだろうか?
そう思った私は、必死になって取り繕った。
「い、いえ。私の知り合いに都市伝説好きな異世界人がいて。その人から聞いたんです」
「ふゥん。まぁいいや。そのね、UFOっていう宇宙人が乗る機械を研究していたの。私はその中でもトップ中のトップ…………研究最高指導者及びMIB特別指揮官をしていたの。都市伝説好きならMIBも当然知ってるよね?」
「ま、まぁ。MIB―――暗闇に紛れる者どものことですよね? 宇宙人とかUFOの情報を管理していたっていう」
「せいかーい! それのね、トップをやってたの。ある日ね、私はいつも通り研究をしていたんだけど……部下と一緒に研究していたあるUFOのエンジン部分のレプリカが完成してしまったの。それを起動したら……私はその起動し終わってオーバーヒートしているエンジンと一緒にこの場所に来ていたの」
「そのエンジンというのが……」
「そう―――〝人工天使試作0号機〟のことよ。ウルトビーズって名付けたのは人間に創作された未来を拓く存在―――つまり、天使だから。
……それで?」
「え?」
「あなたたち、あれについて何か知っているの?」
あれ――思い返してみて、すぐに頭に浮かんだのが、あのモルガン・ル・フェイと名乗る巨大な生命体。
私はあれについて何も知らない。
いいえ、と口を開こうとした瞬間――――
「モルガン・ル・フェイのことかな?」
と、勝手に口が動いた。
まさか、この口調は……
(マーリン?!)
「……雰囲気変わったね。あれ――モルガン・ル・フェイについて知っているんだね?」
「いかにも。自己紹介が遅れてしまった。私はアーサー王に仕えた宮廷魔術師マーリン。この呪術師の少女を依代にして一時的に顕現している」
「な、マーリンだと! まさかあの宮廷魔術師に遭遇するとはな……。人生、何があるかわからねぇもんだな」
マーリン、あんた何やってんのさ!
(ふっはっはっは! ちょっと昔の知り合いについて人に話す機会ってのは花園にこもっているとなくなるからな! 少し出させてもらった)
マーリンは一拍置いてから話し始めた。
「さて、これから話すのは『円卓の騎士』とアーサー王についてだ。そして、モルガンはこの円卓の成り立ちに深く関係している」
「円卓の話をするの? なら、ここで話しましょうか」
「ここは……?」
「へぇ」
目の前にそびえ立っていたのは黄金、あるいは白亜に輝ける王城――〈キャメロット王城〉であった。何故こんなところに〈キャメロット王城〉が?
「漁夫王の捨て身の転移か」
「正解。その口ぶりだと、マーリンっていうのは本当っぽいね」
〈キャメロット王城〉の城門が開く。
そこには前に来たような豪華絢爛さは無かった。そこにあったのは、廃城とでもいうような様子の内装。だが、そこからは高濃度の魔力を感じる。
「今『円卓の騎士』と〈文明異界領ロンドン〉は手を組んであの泥を受け止めているの。この〈キャメロット王城〉のもつ膨大な魔力をリソースに魔力を流し続ける限り崩壊することはない〈文明異界領ロンドン〉でのみ採掘されている特殊な金属『ロンディニウム』を壁にして。
それゆえ、今の〈文明異界領ロンドン〉はロンディニウム・キャメロット――――〈人妖協同戦線ロンディニウム・キャメロット〉と言うの」
ロンディニウム・キャメロット――――人と妖精が力を合わせ不条理に立ち向かうための城。
「へぇ……それはいい。妖精が人と協力するなんてことはあまり起こらないことだから、手を組めばどれほどの力になるかは未知数だ」
私の身体は寂れた階段を登りながらそう言った。そして踊り場で振り返る。
「では語ろうか。謎の神秘を纏いし騎士団――『円卓の騎士』について」
踊り場の後ろにはめてあるステンドグラスからは彩色豊かな光が差し込み――――まるで私の身体が天からの使いように錯覚させていた。
そもそもの話、『円卓の騎士』というのはいつの時代から結成されたか。それを知るものは実に少ない。
――――じゃあ、いつなの?
結成自体は二代目国王〝承伝の騎士王〟アーサー・ペンドラゴンの時代だ。しかし、その構想――というか構成員自体は初代国王〝起伝の騎士王〟ウーサー・ペンドラゴンの時代から決められていた。
『円卓の騎士』の構成員のほとんどは――――実は特殊な造りの人造人間なんだ。
現存している『円卓の騎士』のメンバーを上げていくと――
〝█ █〟ベディヴィエール。
〝白射手の騎士〟トリスタン。
〝剣鬼〟エクター・ド・マリス
〝█ █の騎士〟ガウェイン
〝不壊湖畔王〟ランスロット、〝魔導者〟漁夫王は死亡済みか。
そして――――〝聖杯の騎士〟█ █ █ █ █ █。
ところどころ聞こえなかった部分があっただろう? それはその騎士が「目明かしの誓い」を立てている場所だからだ。
――――「目明かしの誓い」とは?
「目明かしの誓い」というのは、自らの力を示すものである二つ名の一部を隠すことで、隠した部分の名を明かした時に力を十二分に引き出すことができる魔術儀礼だ。他者が勝手に開示することはできない。
この「目明かしの誓い」は騎士のマナーのようなものでね、不要な殺しはしないように枷として付けられた誓いだ。
――――それは、〝血盟〟のようなものなのですか?
〝血盟〟に似た部分はあるかもね。どちらも誇りに賭けて誓うものだ。しかし、〝血盟〟は行動が制限されない代わりにペナルティがあるのに対し、「目明かしの誓い」は「力を抑える」という行動が強制される。ここが大きな違いと言えるだろう。
話を戻そう。
『円卓の騎士』はウーサーの頃にはすでに原型の構想が出来上がっていた。
ウーサーという男を表す代表のような剣――――〝純正剣〟『勝利』の原理の秘める力と息子アーサーの妃であるグィネヴィアの身体をベースに創り出した人造人間の騎士団。それが当時の構想だ。
――――なぜ王妃グィネヴィアなんだ?
いい質問だ。グィネヴィアという女性は魔術的に非常に珍しい存在でね、彼女は〝始原の精霊〟ヴィヴィアンと〝終末の妖精〟モルガン・ル・フェイのモデルとなった聖霊の分身が顕現したものなのさ。
彼女の肉体からコピーされた存在である『円卓の騎士』は老いることはなく、常に万全の状態で戦いに臨むことができる。また、不完全なまま生まれてくると言うのも大きな特徴だ。
聖霊という力はあまりにも大きく、人という金型に入れるのは無理だ。だから、その力を分けて自らの分身とも言える武器を携えて生まれてくる。
そのときに引っ張られて本来はあるべき機能が失われて不完全なまま生まれる。
しかしその欠損は大きな力を制御するために必要なもの。
そして『円卓の騎士』の本当の役割は――――
「――我らの本当の役割は、人類の敵たる〝魔祖十三傑〟を討つことです」
視点は変わり、三人の騎士が一体の邪竜と合間見える。
そこでは、新たな屠龍が始まろうとしていた。




