Story.59―――邪竜/終戦の龍
「―――アイツが、さっきの……『木花咲耶姫』とかいうやつに、魔力が似ているんだ」
「……どういうこと?」
「簡単には言えないんだが……こう、なんだ。生物には固有の魔力循環があるんだ。人類と魔族はよく似ているけど、それでも実物を見たことがないからハシヒメのときは気づけなかったんだ。
―――けど、『木花咲耶姫』の魔力を観測して解析したらよ、人類の魔力循環とだいたい同じだけど、それでも微妙に人類とは違う部分を見つけたんだ。魔力循環は生物固有だから他の生物が魔力循環を真似ることはできない。……そして、目の前にいるアイツからも、魔族と同じ魔力循環が感じる」
「えーっと要するに?」
「アイツ、魔族だ」
私達の会話が聞こえていたのだろうか。彼女は顔に影を落とし、うつむく。だが―――さぞ面白そうに、彼女は笑ったのである。
「ふはっはっはははははは! 私が魔族であることをよく見切ったものだ。そこは評価してやろうかな、人類―――いや、聖人か」
「……御託は良い。お前は誰だ」
「ふむ。その問いに答える義務はないな。だが、まあ名乗らねば無礼であって〝魔祖十三傑〟の名に泥を塗るというもの。―――ならば答えようじゃないか!
私は〝魔祖十三傑〟第十一座―――『邪悪』の役割を羽織る者。〝星喰らいの邪竜〟ヴォーティガーン。……いや、こちらの世界では〝終戦の龍〟ファヴニールと言ったほうが伝わるか」
「―――〝終戦の龍〟ファヴニール、だと?! あの四大国大戦が終戦するきっかけになった魔族のことか!」
ニコラ先生は知っている風に答える。……だが、四大国大戦という言葉については聞いたことがある。というか常識だ。
昔四大国―――ワルキア帝国、ローマ帝国とオルレアン聖王国(現在のオルレアン・ローマ二重帝国)、ソドゥーム連邦―――がその時まだ数が少なかった異世界人を巡って争った、という世界最大級の戦争だ。
だが、その戦争は理由不明のまま終戦したという。
―――その理由が、〝魔祖十三傑〟の襲来だったとしたら。
世界を混乱させないために、情報統制を敷いているとしたら。
「そのとおりだ! 私はその〝終戦の龍〟ファヴニールそのもの!」
「だが、そのファヴニールは英雄ジークフリートに討伐されたはずだ! だから、〝終戦の龍〟は死に絶え、た……まさか、その体は―――」
ニコラ先生は何かに気づいたような顔をする。
その、体……?
私は、ヴォーティガーンの体を観察してみる。すると、その体の血色が―――全然ない、ということに気がついた。まさか―――体が、死んでいるのか?
「気がついたようだな。そう! この体は私の本来の体ではない。私はあのジークフリートに〝聖魔剣〟邪滅の鉄槌で斬られた。しかし、体は死んだが、私の魂までは切り裂けなかったのだ。そして私は―――〝聖魔剣〟邪滅の鉄槌に乗り移った。
そこからは簡単だった。ジークフリートの妻、クリームヒルトは夫の敵を取るために私を手に取った。いやはや、彼女の憎悪や復讐心と言えばアレは美味であったな! そして敵を取った後―――私は、完全に〝聖魔剣〟邪滅の鉄槌を征服した。つまり、クリームヒルトの身体を乗っ取ったのだ!」
「……なるほど。それで? 何が目的だ」
「ふゥん―――私に恐れないとは中々に立派なものだ。それほどの精神性があるならば、私の新しい肉体としても有用かもしれんな。
良いだろう、教えてやる。私の目的は―――〝アヴァロンの聖杯〟の奪取だ」
―――〝聖杯〟の、奪取―――!
それが意味することは、つまり。
「そんなことすれば、〈理想郷アヴァロン〉が崩壊するぞ! 〈理想郷アヴァロン〉が崩壊すれば―――〝世界〟が黙っちゃいない。絶対に『天からの懲罰は鎖』が介入してくるぞ!」
「問題ないさ。私は、そのことも考慮して―――〝聖杯〟の中身ではなくガワだけ頂く予定だ」
「……もう一つ聞いておこう」
「なんだ? そろそろ〝聖杯〟に近づきたいんだがね」
「―――〝聖杯〟を手に入れたあと、何をするつもりだ」
「…………」
ヴォーティガーンは、少し考えた素振りを見せたあと、顔をあげた。
そこにあるのは先程までの冷静、しかし高揚しているような不思議な表情ではなく―――それは、恍惚としたような表情であった。
なにか、ヴォーティガーンにとって重要な興味のあるものを意味するのだろう。
そしてヴォーティガーンは口を開く。
「…………そうだな―――言ってもいいか。私の目的は―――この最大の霊脈地である『旧王国島ブリテン』を、汚染することだ」
「汚染する、だと?」
「そう。汚染することは、人類への大きな衝撃となろう。なぜならば、この最大の霊脈地である『旧王国島ブリテン』が、人類の魔術行使の要であるからな。ここが汚染されれば、あとは〈無名幻想都市イス・ケルリーテ〉の霊脈しかない。そうなれば、人類が魔術を行使するのは困難となるだろう!」
「……なんてこと」
「では、早速破壊させてもらおうかな。……『龍嶺賛称・亡者羅生』」
まずい。ヴォーティガーンと〝聖杯〟の位置は私たちより明らかに近い。―――いや、待てよ? ヴォーティガーンは明らかに『天からの懲罰は鎖』を恐れていた様子だった。ならば……私が、やるしかないのではないだろうか。
―――否、「だろうか」ではない。やるしかないのだ!
「させない……! 来て、『天からの懲罰は鎖』!」
「な―――何をするか! くっ、やはりあの方の後継者なだけはある……だが、諦めるものか!」
そして、ヴォーティガーンは〝アヴァロンの聖杯〟に手を伸ばす。
だが、時すでに遅し。
裁きの鎖は、すぐそこまで来ていたのである。
神々しく光り輝く、この世界全てを遍く照らすような。そんな美しき裁定者が、星を喰らう邪龍に牙を向く。
その衝撃は凄まじく、空間を断絶していたはずの結界すら無視して、私たちまでもが宙へと浮いた。
「……くっ! 掴まっとけよ! 『錬金創造』!」
ニコラ先生は薄い金属製のパラシュートのようなものを作成し、私たち全員を乗せて滑空する。
だが、金属製のパラシュートのようなものの耐久値はそこまで高くはないようで、数分経つときしむ音が聞こえてくる。
そして―――その時は来てしまった。
バキッと音を立てて、金属製のパラシュートのようなものは壊れてしまった。
「あぁぁぁぁぁぁ! 落ちる!」
「だーもう! 上方がやるしかないんか! 『発展魔術・魔術再臨』!」
ふわり、と何者かに包まれたかのように着地する。これは間違いなく、シュトロハイムの魔術だ。
魔力で形作られた妖魔の手に包まれて、私たちはあたりを見渡した。
すると、奇妙な魔力の塊が見える。あれは、そう。例えるならば、禍々しいこの世の終わりのような。それでいて、何かが始まる布石のような……。
瞬間、私ははっきりと見てしまった。
災厄を。
終末を。
―――その卵を。悶え苦しんでいる、生まれる前の雛鳥のような女の姿を。
みんなの方を見ると、さすがに気づいているらしく、カナリアは言わずもがな、あのニコラ先生ですら顔が青ざめている。それほど強大であると言うことだ。
そして、あの謎の存在は叫んだ。
《私、は、わた―――し……は! 誰? だ、れ! ヴィヴィアン―――違う! 私は、私は――――――――――――!
―――私は、モルガン・ル・フェ》
その叫びが終わると同時に、謎の黒い濁流が押し寄せた。それは周りの魔力をエネルギー源としているらしく、だんだんと魔力濃度が低くなっているのがわかった。
「な、なんだあれ!」
フランソワが叫ぶ。無理もない。私だって今にも叫びたい。
「あ、来てる! あの濁流が、こっちに来ている!」




