Story.58―――〈理想郷アヴァロン〉
「―――さて、では聞かせてもらおうじゃない」
私は、氷で作られた城にいた。ところどころに夜空とそこに瞬く星々が反射し、小さな宇宙が作られている。
その玉座に構えていたのは、絶世の美女だった。
青みがかった黒髪は、絹織物のように高級感に溢れ、それが身につけている白を基調としたスタイリッシュなドレスによく合っている。
また、周りを囲む氷の中に佇んでいるからか、そこはかとなく儚げで、なおかつその冷たさに殺されないという強かさを感じる。
銀髪の美少女―――クー・フーリンがつけている胸当てとよく似た意匠が施された黄金の冠をその頭に乗せて、青氷で作られた玉座に堂々と構えているこの女性が―――
「―――はい、スカアハ様」
―――この〝神聖郷ケルト〟を統べる最後の純粋な神霊―――スカアハであった。
スカアハ、といえばケルト神話における英雄、クー・フーリンの武芸の師匠であり、一説によれば『影の国』を治める女王だという。
私は、一人この女王の前に出されているのだ。
では、なぜ私はスカアハの前に出されてかしずかされているのか。
それは数分前のことである。
〝魔祖十三傑〟第十二座―――『木花咲耶姫』もといハシヒメ・イチジョウとの戦いに勝利した私は、みんなに連れられてこの氷の城へとやってきた。
そしてカナリアにあの槍―――『心貫くは我が血朱』を貸したという美少女、クー・フーリンに連れられ、ここに来たと思ったら、その直後に胸ぐらを掴まれて投げられ(!?)、スカアハの前に出されたのである。
その後にスカアハから聞かれたことは―――望み。
〝魔祖十三傑〟を討伐すれば、何かしらの褒美があるのが常識らしい。そりゃそうか。敵軍の指揮官の首取ってるんだもんな。
そして、私が望むのは。
「―――〈理想郷アヴァロン〉へ行くための、〝越聖の閂〟の鍵を開けていただければ、と」
「良いでしょう。そのぐらいなら、いくらでも開けてあげます。大体、〈神聖郷ケルト〉に来る人間は、理想郷へ行くための門が目的なの。別に開けてくれって言うならドアノブ取れるまで回してあげてもいいのよ?」
〝越聖の閂〟ってドアノブで開くんだ。
そんな下らないことを考えていると、クー・フーリンが出てきた。
「……スカアハ様は、この〈神聖郷ケルト〉に何百年もこもってるからよ、人との接し方がわからないんだわ。ドアノブ、なんていうものもないしな。アレだろ? ドアノブって……外の世界にあるドアが、それを回せば開くんだろ?」
「いや、鍵かかってるときもあるから」
「鍵なんてピッキングすれば開くでしょ」
「フランソワ、あんたは黙ってなさい」
「……えっと、もう良いかしら」
スカアハは少しうんざりとしたような顔をして私達を見た。
(なにか癪に障ったか?)
そう思うのも無理はないほどに不機嫌そうだった。
「そろそろ、開けてもいいと思うのだけれど。クー・フーリン、出して」
「……いきなりっすか。まあ、やりますよ。
―――顕現せよ。〝越聖の閂〟!」
―――いきなり、〝越聖の閂〟が現れた。
しかし、いきなりだが確かに強烈な神秘が溢れ出ていた。
見た目は石造りの芸術品のように見える。それはそう。例えるならば―――オーギュスト・ロダンの「地獄の門」のような。
というか、どうやって出してんだアレ。
「今どうやって出してんだって思ったよな?」
「なんかバレてるんですけど」
「ん〜まあ、簡単に言えば基礎の魔術理論だ。『逆説の法則』っていう魔術理論なんだが……知ってるだろ?」
それは知っている。『逆説の法則』といえば、まず最初に習う魔術理論の一つで、トリガーと結果は一緒であり、どのような魔術も結果からトリガーに遡ることができる、という理論である。
「あれはな、魔術限定の話をしているが、実際はそうじゃない。本来はある程度の神秘を含んでいるもの同士の関係性を言っているんだ。私はこの〝越聖の閂〟を守っていて、そばに立っているという結果がある。それじゃあ、私がいるんだから〝越聖の閂〟がそばにあるのは『逆説の法則』から考えて必然だろ?」
……そういうもんなのか。
「門、だけにってか?」
「心の中読まれてるんですけど。怖い」
「へいへい。それじゃあ、始めるか。つっても大したもんはしねえけどな。
―――開門せよ、〝越聖の閂〟!」
ゴゴゴ……と重厚な音を立てて〝越聖の閂〟が開かれる。
そこから覗く景色は、暗闇であった。だが、その暗闇の中にも黄金が紛れている。
「ほれ、開いたぞ。行くなら早く行け。理想郷の魔力が溢れ出したらここだって持つかはわからんからな」
「ありがとうございます。それでは、行ってきます」
「ええ。帰るときはあちら側にある〝越聖の閂〟をくぐればいいわよ」
「―――本当に感謝する、女王スカアハ殿」
「良いのよ。私も、人が来るのは久しぶりだったし、それがいきなり魔族の幹部を討伐したってなればこれぐらいは当たり前でしょ?」
そう言って微笑むスカアハの姿は、なんだか記憶の中の母親と重なって見えた。
「……では行くぞ」
『はい!』
そして私達は、〝越聖の閂〟へと足を踏み入れた―――。
―――暗い、しかし、黄金が紛れている。
そんな領域に、調査チーム一行は足を踏み入れた。
即座にあふれるのは〝幾星霜〟から放置されていた―――否、保存されていたこの世界の中でもっとも濃度の濃い魔力。
精霊や妖精の始祖とされる聖霊が永遠の時を眠りながら過ごしている、〝埋葬場〟。
彼らは、そこを進む。
そして、ついに彼らは見つけてしまった。
ここら辺一帯に漏れ出している魔力の源。ここが本当に特別な場所であるという証―――〝聖遺物:アヴァロンの聖杯〟を。
だからこそ言わなければならなかった。
そう―――
「こんなところで何をしているのかな?」
「―――こんなところで何をしているのかな?」
私達はそう話しかけれらた。……いや、おかしい。こんな場所に人がいるなんて、おかしい。
だってここは〝幾星霜〟の時代から放置されていた聖霊の住処。あたりは濃すぎる魔力で充満していて、私達のようにある程度の魔術的な耐性がなければすぐに死んでしまうほどだ。
だから、話しかけてきた人が、ここの聖霊なのだと、そう結論づけることにした。
「……あなたは?」
「私のことなどどうでもいいだろう。それよりも、ほら。そんな危ないものに近づいてはいけない。それは〝アヴァロンの聖杯〟と言って、この〝世界〟に一つだけ送られた〝聖遺物〟だ。〝聖遺物〟とはいうなれば世界の安全装置。それに触れれば、もうこちらの世界には戻ってこれない。
だからほら、こちらへ来なさい」
そう、彼女は言って、こちらへ手を差し伸べる。
腰には剣を提げており、中々に年季が入った剣であることがうかがえるほどに柄の部分は汚れていた。
聖杯に消えた騎士―――それが、ふと頭に浮かんだ。
「どうする、みんな?」
「……そうだな。彼女が言う通り、〝アヴァロンの聖杯〟は危険だ。存在の確認もできたし、もう帰ってもいいと思う」
「私も賛成だ」
「私もよ」
「僕もだ」
「わ……私も、です……」
彼女の提案に乗ったのはニコラ先生、カナリア、ニーナ、フランソワ、アリスの五人。
「俺は反対するぜ」
「上方もや」
「そうですね……僕もですね……そうですね」
逆に反対したのは旧聖人三家の面々となった。
「それじゃあ、どうして反対なの?」
「決まってんだろ。そりゃあアイツが―――」
私はノアに反対の理由を聞いた。すると、ノアはとんでもないことをいかにも普通のように、流れるように言ったのである。
「―――アイツが、さっきの……『木花咲耶姫』とかいうやつに、魔力が似ているんだ」




