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Story.57―――「悲恋の乙女」

 ―――迎え撃つくぐらいは、できそうだ。

 そう思って私は九字斬刻兼定幻亡骸童子切を構える。


「呪詛詠唱―――須弥山に獄卒あり。ただおのが正義を示すため。山林に天狗あり。ただみなが未来を見据えるため。追儺(ついな)羅刹(らせつ)あり。ただたれが力を認めるため。征服せよ、蹂躙せよ、奪取せよ。今はただ、己が欲を満たすために。そこに現れるは全ての善だと知れ―――『乖離結界』、展開!」


 空から、闇が満ちる。


「―――これは……!」


 大地から、炎が湧き出る。


「まさか―――」


 そこかしこから、幻想が溢れ出る。

 急に光が灯る。

 そこには、それまた幻想とも言えるような建造物が建っていた。なるほど、藤原頼通が平等院を極楽浄土をこの世に再現するために作った、というのも納得だ。それほどまでに―――これは、救いに溢れていた。

 だがしかし、それと同時にこれは絶望も溢れている。

 ―――恋の、絶望だ。どこまで行っても結局のところハシヒメ・イチジョウという人物は恋にとらわれる「悲恋の女」なのかもしれない。……もしかしたら、それが彼女の『魂の金型』、とやらなのかもしれない。

 建造物はまるでお堂のようで、伏魔殿という表現が正しいと思われる。

 平等院鳳凰堂が極楽の再現なのだというのならば、この伏魔殿は地獄の再現だ。


「ようこそ、クロム。私の『乖離結界』―――『蓮華祇園法界(れんげぎおんほうかい)浄玻璃夜叉寺(じょうはりやしゃでら)』へ」

「……随分とまた、趣味の悪い」

「あら、心外ね。私はその構えている刀のほうが趣味が悪いと思うのだけれど」


 よそよそしい喋り方でハシヒメは話す。

 なるほど、私はついに敵と認定されたようだ。


「そう? 私はかっこいいと思うけど」

「……まあ良いわ。こっちを見なさい。―――コレが、あなたを裁くこの『乖離結界』の象徴。そして、私の本当の魂の形。

 ―――来なさい、夜叉毘盧遮那(やしゃびるなしゃ)


 そして、ぬぅっと現れたのは―――巨大な鬼だった。毘盧遮那仏の名を冠してはいるが、その実、ハシヒメの精神性はどこまで突き詰めても「鬼」なのだ。

 夜叉毘盧遮那。

 どちらかと言うと明王、と言ったほうが良い風貌をしている。しかし、明王像で示される明王とは決定的に違うところがある。

 ―――背中にある後光が、火焔光ではなく二重円光であることだ。

 それが、一応の毘盧遮那仏とのつながりを現している。

 なるほど。仏教では毘盧遮那仏は毘盧遮那如来とされ、一説によれば宇宙の始まり―――ビッグバンを現しているとされる。それは根源である。だからこそ―――彼女の精神性の「根源」を現しているのだろう。

 魔術は、その者が信仰する宗教や民族の文化によってイメージに差異が出る―――それをわかりやすく表現している。

 まあそんなことはどうでも良くて。


「―――へぇ、それがハシヒメの象徴?」

「そうよ。『乖離結界』―――というのはその人の精神の象徴が心象風景とともに顕現する呪術。結界、と言っているけれどもその本質は異世界転移。私という小宇宙の中へ入っているだけ」

「その理論は知っているから早くやろう? もう疲れた」


 その言葉に反応したのか、ハシヒメの額に青筋が浮かぶ。


「……そう。どこまでも死にたいようね! 行きなさい、夜叉毘盧遮那。クロム・アカシックを殺すのよ!」


 夜叉毘盧遮那がその手に持った剣を振るう。

 ―――だが、しかし。

 そんなもの、私の敵ではないのだ。


「九字斬刻兼定幻亡骸童子切」


 私は、上から迫っていた剣を、その握っている腕ごと切り落とした。

 そして、そのまま跳躍し、夜叉毘盧遮那の首を絶つ。


「な―――」

「終わりだよ、ハシヒメ」


 私はそう言って、油断している彼女の首元に九字斬刻兼定幻亡骸童子切を突きつけたのであった。

 覚悟したのか、ハシヒメは目をつむる。


「……ここまで、ね」

「うん。ハシヒメはここでおしまいだ。残念だけど、私の〈根底刀剣〉とは相性が悪かったね。

 ……なにか、言いのこすことは?」


 ハシヒメは少し考え込み、モゴモゴとした後―――意を決したように口を開いた。

 その時の顔は、憎悪をつのらせたような顔でもなく、かといって恋に狂った乙女の姿ではなかった。

 それは―――


「あなたが、好きでした」


 ―――少女の顔だった。


「―――……ありがとう。こんな私を、好きだと言ってくれて」


 そう言って、私は彼女の首をはねた。

 首をはねると、すでに魔核を失っていたハシヒメは灰となる。

 その時。

 ランスロットと戦った後のときとは違い、確かにこの耳に聞こえたのだ。


(あなたが、好きでした。

 あなたを、愛していました。

 あなたに、愛されたかった。

 あの娘(カナリア)が、羨ましかった。

 けれど―――ああ。

 ………………そういうこと。

 私が愛されたかったのは、あなたではなく。

 私が愛したかったのも、あなたではなかった。

 私が愛したかったひと

 いつも、いつも。

 どうして気が付かないんだろう―――)


 悲恋の乙女。その最後の声が、確かに。この、呪いに侵されてしまった、おかしくなっているかもしれないこの耳には―――。



 ―――あなたが、好きでした。

 ―――あなたを、愛していました。

 ―――あなたに、愛されたかった。

 ―――あの娘(カナリア)が、羨ましかった。

 ―――けれど―――ああ。

 ―――………………そういうこと。

 ―――私が愛されたかったのは、あなたではなく。

 ―――私が愛したかったのも、あなたではなかった。

 ―――私が愛したかったひと

 ―――いつも、いつも。

 ―――どうして気が付かないんだろう―――


 ―――私が愛していたかったひとは、すぐそこにいたというのに。

 私は、そう懺悔(ざんげ)しながら暗い暗い、暗闇を歩いていた。

 否。

 それは違う。暗闇じゃない。知っている。それは知っているのだ。なぜならば―――後ろから差す光が、燦々(さんさん)とこの未知(くらやみ)を照らしているから。

 けれど、私は振り返ることができない。

 だって、あれは。あの光は。

 私が、いつまでも愛していたひとだったから。私は、追われているのではない。いや、追われていたかもしれない。

 けれど、今はもう、彼は私を見失っていた。

 だから新しい光を探していた。

 そんなとき――彼女に出会った。

 クロム・アカシック。私の最愛の人。

 愛されたかったのは彼だけど。

 私が愛したかったのも彼だけど。

 だけどなぜか―――私は、彼女を好いてしまった。恋をしてしまった。愛を手放してしまった。

 私は、彼女に恋されたかった。

 だけど、私は最後の最後にフラれてしまった。

 だけど、今でもあなたは私の憧れ。

 いつまでも消えない光を、灯してくれた人。

 この灯火があればきっと。

 私は新しい運命を歩いていける。

 告白すると、私は何度も記憶を持ったまま転生している。何度も転生して、恋い焦がれて、最後にはあっけなく拒絶されるという運命を辿ってきた。けれど、今回は違う。

 彼女は、私を仲間として愛してくれたうえで、送り出した。

 そう。()()ではなく「()()()()」なのだ。私にはそれが、何よりも嬉しかった。

 さようなら、恋しい人。

 そしてまたいましょう、恋しい人―――クロム・アカシック。

 あなたがいてくれて私は、本当に、幸せ、でした。



 ―――戦いに勝った私は、みんなのもとに帰還した。


「クロム!」

「クロムちゃん!」

「大丈夫か?」

「ああ、うん……大丈夫。……と、ととと」


 そう言って私はカッコつけたが、バランスを崩してしまった。

 呪力の消費が、激しすぎた。今はもう全体の一割も残っていない。これは……封印だな。本当に必要なときにだけ使おう。

 しかも、この〈根底刀剣〉を顕現させるには多分、条件がある。その一つが呪力が全体の半分以上あること、なのだろう。なぜならば、私が〈根底刀剣〉を顕現させたときの呪力量は体感で半分だったから。


「大丈夫じゃないじゃない! クロム、ちょっとこっち来て。手当してあげる」

「いや、大丈―――」

「だってもなにもないの! ほら、早く」

「……はい」


 そうニーナに言われて、私は黙ることしかできなかった。

 だってさ。

 あんな鬼の形相で言われたら、誰だって従うでしょ。普通。

 もちろん、心配してくれるのはありがたいけど……こればっかりは、私の問題だからさ。


「……はい。一応、結構やばめなところには包帯とか巻いといたから」

「ありがとう」

「どういたしまして。けど不思議ね。あまりそんな重症なところがなかったから、早く手当がすんじゃった」

「あ、それは……私です」


 おずおずと手を上げたのは、アリスだった。

 ―――あ、そうか。


「私に抱きついた時……」

「そ、そうです! あのときにこっそり『神聖魔術・至高天に見る癒光を(ハイエスト・ヒール)』をかけておきました。けど、あまりにひどい怪我で魔術的な妨害もあったので、完全には治せませんでしたが……」

「良いの良いの! ありがと、アリス」


 そう言って私はアリスの頭を撫でた。


「ふぇ?! は、はい、こちらこそ……」


 アリスはそう言って顔を赤らめて俯いた。ふふふ、可愛い奴め。

 そうしているうちに。


「よし。クロムも戻ってきたことだし、出発するか。―――〝理想郷アヴァロン〟へ」

『はい!』


 上機嫌となった私達は、〈理想郷アヴァロン〉へ向かうため、〈神聖郷ケルト〉の中の氷の城にあるという〝越聖の閂〟を目指して、旅を再開したのである。

 そんなとき、極寒であるはずの〈神聖郷ケルト〉から、花の匂いがした。

 それは、あの時。

 初等学校卒業式の日に嗅いだ、あの桜みたいな匂い。

 ―――この花咲くや。

 あの美しい花のような魔族を、私は思い出していた。

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