Story.56―――決戦、第十二座討伐戦。
―――そして、私の〝源古刀〟九字斬刻兼定が顕現した。
その顕現時の余波は凄まじく、絡まっていたイシナガヒメギクのツルを木っ端微塵に切り刻み、挙句の果てにそのツルを握っていた鬼神(『起源超巡』した『木花咲耶姫』の仮称)の指を切り裂いたのである。
私と鬼神の身長差は一目瞭然で、私の身長と鬼神の顔はだいたい同じぐらいであり、なんなら鬼神の顔のほうが大きまである。
手の大きさはだいたい顔と同じとは、まさにその通りなもので、私の身長と同じぐらいの大きさの手が、私の両手両足を縛っていたイシナガヒメギクのツルを摘んで鬼神の口に運ぼうとしていた。
それを切ったのである。
当然のことながら、重力に従い私の身体は地面へと叩きつけられた。
「ぐッ―――!」
突然背中を襲った衝撃に耐えきれず、声が出る。
しかし、幸いにもそれ以外に外傷はなく、すぐに立ち上がって走る。鬼神から距離を離すように、全速力で逃げる。
それを見逃すはずもなかったが、四足歩行となってしまったがゆえに欠けた指が無視できなかったらしい。その指を修復するのに時間がかかり、私とは結構な距離ができた。
(気分がいい。
―――何でもできそうな気がする)
〈根底刀剣〉が顕現してから、私は万能感と多幸感に包まれていた。おそらく、〈根底刀剣〉の発現、というのは呪術師にとって特別で、何かしらの成長を及ぼすものであるからだろう。
一種のランナーズハイのような状態で、私はみんなのもとに向かった。
「おーい!」
「……え、クロム?!」
「何?! 帰ってきたのか? どうやってあの状況から……」
「クロムちゃん!」
ん? この声は……。
突然誰かが抱きついてきた。それは銀髪の聖女見習い―――もとい、アリス・アーゾット・パラケルスス。
「良かった……本当に、良かった……」
「あーほら、泣かないでよ。私はまだ死ぬつもりないし」
頭を撫でながら、私はそう言った。
それに安心したのか、さらに抱きしめる力が強くなる。ちょ、ま、それ以上は痛い。
しかしそんなことが言えるはずもなく、抱きしめられるがままの状態が続いた。なにげに彼女のこれほど強い自己主張は初めてかも知れない。
―――そんな時だ。
ドスン、と音が聞こえた。
それは紛れもなく―――
「鬼神、か」
「あれがキジンとやらか。カナリア・エクソスから聞いてはいたが、これほどまでに大きいとはな」
「せやな……でっかいな」
「クロムヲ、ヨコセ」
グルオオオオオオオオ! と獣のような咆哮を上げる鬼神。
そして、右手を振るう。
「―――〝悲聖弓〟『喜劇』の原理!」
ポロン、と音がする。
―――〝砕け、―――ろ〟
途中、激しいノイズが入りつつも、竪琴の小気味よい音に紛れて今にも沈みそうな小さな声が聞こえた。
〝矢〟は鬼神に向かって進み―――無数の宇宙となって砕けた。
「風穴を開けれた―――」
いや、このパターンは絶対に違う。
……ほら。
「アァ……」
ね。まだ穴を開けられていない。
多分、なにか呪術的な結界が張られているのだろう。それか魔力障壁が。
「チッ、今の最大火力がトリスタンだと言うのに……それでも無理か」
だけどまあ。
「私が行きます」
一番可能性が高いのは〈根底刀剣〉を使うことだ。
全能感に満ちている今の私のブレインは、普段ならばありえない決断を下した。
「どういうことだクロム! 今のお前であいつに立ち向かえるわけ……」
「先生。私は、鬼神―――『木花咲耶姫』と同じ力を手に入れました」
そう言って私は握っている〝源古刀〟九字斬刻兼定を見せる。
それを見て、ニコラ先生は息を呑む。
「……これなら、あの魔力障壁を打ち破れるかもしれません」
「―――教師としてなら止めるべきなんだろうな。だけど……そう言ってもお前は行くんだろう?」
「はい」
「なら、行って来い。そして―――人類の敵を殺して、必ず生きて帰ってこい」
「ニコラ教諭! それはどういうことだ! クロムをアレにぶつけるというのか?! それなら私も行く。私が今持っている『心貫くは我が血朱』なら魔力障壁を破れるかもしれないだろう!」
カナリアは私が行くことに反発した。
……心配してくれるのは嬉しい。
「そもそも、クロムは呪術師だ。魔術師の系統に連なるクラスだから、後方支援が本来の役割のはず! 前線はいつだって勇者の仕事だ! だから―――私が!」
「カナリアちゃん」
私は、その目を見据える。
震えている。思えば、魔族と遭遇したことはあれど、カナリアにとっては〝魔祖十三傑〟との遭遇はこれが初めてだ。話を聞いた限りでは、ランスロットはカナリアが到着したときにはもう消滅していたらしいし。
私も、ランスロットと戦ったときは、半ば冷静じゃなかった。
いや、今もそうだ。冷静じゃない。ハイな状態ではないと、私は敵と向き合うこともできない。
それに比べてカナリアはいつだって冷静だ。冷静に、物事を俯瞰して見て、戦況を把握し、その圧倒的な力で蹂躙する。これが色々な噂で広まっているカナリアの戦闘スタイルだ。だからこそ―――本当の人類の敵というものに会ったときに恐怖するのが、誰よりも強い。
だからこそ言わなきゃ。―――
「―――私を信じて」
「―――ッ!」
少し戸惑ったが―――カナリアは口を開いてくれた。
「……わかった。私はクロムを信じる。だけど―――無事に、私のとこに帰ってきて」
「先生と同じようなこと言わないの。けどまあ―――
―――うん。必ず、帰ってくるよ」
私はカナリアを抱きしめて言った。
正直、こんなキザなセリフを言うのは相当恥ずかしかった。けど―――不思議と、カナリアになら言ってもいいと思った。
そうしてカナリアを離す。そのときに見た顔は、昔と変わらない―――夏目鏡花が初めてクロム・アカシックとして彼女に会った時の泣いていたあの顔だった。
私は、振り返らず走り出す。
腰には鞘に収めたままの〝源古刀〟九字斬刻兼定を提げながら。
「……クロム。クロム・アカシック……!」
「……鬼神!」
鬼神は、私を視ると口を大きく開け―――鋭い牙をのぞかせながら呪力を一点に集めていた。その様子はさながら怪獣が熱線を放つときのよう。
その予想は正しかった。
鬼神は、それを私へと放射した。
近づいてくる光と熱量。
普通なら諦めるその状況でも、私は退かなかった。
なぜならば、私の〈根底刀剣〉である〝源古刀〟九字斬刻兼定の持つ性質は―――
「―――〝源古刀〟九字斬刻兼定、『起源解放』―――九字斬刻兼定幻亡骸童子切!」
新たな力の奔流が生まれる。
その力の奔流は、前から迫ってくるもう一つの力を流すように斬る。
―――この刀の持つ性質は、「幻想」というものへの絶対的優位性。つまり、幻想殺しの刀である。流石は、日本での幻想の代名詞とも言える「鬼」を斬った刀の銘を持つ〈根底刀剣〉である。
名は体を表す、とはまさにこのことで―――この〈根底刀剣〉の前では幻―――つまり「幻想」というものはカラに過ぎない。どれだけの呪力や魔力が込められていようとも、これの守りを突破することは困難であるに違いない。
私は、跳躍する。
熱線が斬られ、視界が良好になったので、私はいよいよ本丸を狙うこととする。
跳躍して―――鬼神のもっともらしい弱点である「首」を狙う。
相手もそれに気づいたのか、こちらへ熱線を放射する。
―――無駄だ!
私は刀を振るい、そして―――
―――鬼神の首を落とした。
「ふう」
ため息を吐く。
そうして着地した後に振り返ってみると、そこには鬼神の、怪獣のごとき姿はなかった。
ただ、一人の少女が首から血を流してこちらを睨んでいたのである。
それは紛れもなく―――ハシヒメ・イチジョウだった。
「……人類め、人類め! この私を虚仮にするなんて……許せない! 呪う。呪ってやるわ……絶対に!
いや、言っているだけじゃダメ。ちゃんと行動に移さないと―――」
その時、不思議なことに、少量の呪力を感じた。
呪力の感覚は瞬間に大きくなり―――彼女が、最後に一矢報いようとしていることはわかった。だけど……
「よし、気合は十分……! 来い、ハシヒメ・イチジョウ!」
迎え撃つくぐらいは、できそうだ。




